夏休みで北海道に帰省していた昭和43年7月24日、マユさんから一通の手紙が届きました。
渋谷の音楽喫茶ブルボンの6周年記念で、地階のバーに5回出演するオファーがあるのだが、君がいないと出来ないし、弱ってます。勿論、休暇中でもあることだし強制するつもりはないけれど、君がやれぬ場合は、この仕事はキャンセルするつもりだが。」と。
言外に「今すぐ東京に戻って来い!!」と言うマユさんの声が聞こえました。(笑)
現在なら携帯電話で・・・でしょうが、当時は東京で投函した郵便が3日後に着きました。
しかし、東京に戻るとしても、近くの空港からヒトッ飛びして、数時間後には東京にいる時代ではありません。
国鉄(JR)の"準急"つまり"準急行列車"で、東京まで3日かかる時代です。
母には「大学からゼミの研修の連絡があって・・・」などど苦しい嘘を言って汽車賃をもらって、翌朝一路東京へ向かいました・・・
マユさんとハモっている僕。
左にギターのネックが見えているのは英輔さん。ドラムスは吉井さんです。
続きは次回に・・・ネ・・・
渋谷の音楽喫茶ブルボンの6周年記念で、地階のバーに5回出演するオファーがあるのだが、君がいないと出来ないし、弱ってます。勿論、休暇中でもあることだし強制するつもりはないけれど、君がやれぬ場合は、この仕事はキャンセルするつもりだが。」と。
言外に「今すぐ東京に戻って来い!!」と言うマユさんの声が聞こえました。(笑)
現在なら携帯電話で・・・でしょうが、当時は東京で投函した郵便が3日後に着きました。
しかし、東京に戻るとしても、近くの空港からヒトッ飛びして、数時間後には東京にいる時代ではありません。
国鉄(JR)の"準急"つまり"準急行列車"で、東京まで3日かかる時代です。
母には「大学からゼミの研修の連絡があって・・・」などど苦しい嘘を言って汽車賃をもらって、翌朝一路東京へ向かいました・・・
マユさんとハモっている僕。
左にギターのネックが見えているのは英輔さん。ドラムスは吉井さんです。
続きは次回に・・・ネ・・・
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