地震や津波や原発や停電。
次々と起こる事態に、私たちが日々を必死に過ごしている間に、いつの間にか桜が咲いていました。
東北の被災地では、まだ寒いところも多いと思いますが、春は もうすぐそこまで来ています。
この桜が、あたたかくて 平和な日々への イントロダクションでありますように。。。
昨日は、藤沢のベックで、毎週水曜日恒例のジャズライブがありました。
私は演奏のメンバーには入っていなかったのですが、元々ベックでリハーサルの予定が入っていたので、それも兼ねてお店へ行き、みなの無事を喜び合いながら、音を出し、夜のライブに飛び入りさせて頂きました!
メンバーは
澤田一範(as)
高橋康廣(ts)
小林航太朗(b)
小林新作(pf)
今関和彦(ds)
の豪華な2管編成☆
超々、憧れの澤田さんと高橋さんのお二方と、同時に共演できるなんて、本当に幸せでした!!
我が家でも停電の影響があって、家に一人でこもって、停電でなくても節電とか考えると何をするのも躊躇してしまって、本当に発狂しそうになってしまいます。
そんな中、外に出て人と関わり合い、さらに一緒に音楽を奏で、それを楽しみにお店に足を運んでくださるお客さまにお会いする。
今まで、当たり前だと思っていたそういう事柄の一つ一つが、どんなに幸せで、かけがえがなくて、素敵なことだったか…!!
身をもって日々実感しています。
「当たり前」といえば、日々、当たり前のように供給されていた電力。
福島原発の問題ですが、
各報道などで、東京電力の対応や情報公開について、不安や不満の声を聞くこともありますが、
当たり前に電気に頼った私たちの生活を支えていたのは、紛れもなく原発で作られていた電力です。
そのことだけは、決して忘れてはいけないと思っています。
今までの、素晴らしい生活を棚にあげて、批判するのは筋が違うと思うのです。
起きてしまった爆発などの事故。それを今、自らの危険も顧みずに一刻も早く収束させようとしてくれている方々がいます。
知識も技術も持っていない私たちにできるのは、その方たちを励まし、応援し、支えてあげることだけです。
批判なんてできる道理はどこにもないはずです。
そして、今現在も、日々の生活に必要な電気を作り続けてくれている各地の原発をどうするのか。
稼働停止を訴える方もいますが、停止するとして、今必要としている電力はどうまかなうのか。停電などの対策をこれ以上取れるのか。
電気を使わない生活を考えることができるのか。
電気に代わるエネルギーはあるのか…等々。
考えなくてはならないことが山ほどあります。
そんなことを考えていましたら、昨日音楽仲間から「素敵な文章を見つけた」とのことで、メールをもらいました。
賛否両論あると思いますし、どう感じるかは人それぞれだと思うのですが、私はこの文章のピュアな気持ちにとても感銘を受けました。
以下に転載させていただきます。
『原発が泣いている』
原発が泣いています。
人々のために一生懸命今まで動いてきたのに、
地震で、津波で、負傷して辛い思いをしているのに、
みんなから恐れられ、非難され、攻撃され、
悲しい、辛いって泣いています。
だれも自分の応援をしてくれていない、
自分はひとりぽっちだと泣いています。
どうか原発に向けているあなたの拒絶のエネルギーを止めてください。
人々から突き刺すようなエネルギーを受けて、
原発が悲しみで破裂しそうです。
人々の恐れと悲しみと嫌悪と怒りと不安と拒絶のエネルギーを受け、
とても寂しく、縮こまっています。
原発は(少なくとも今の福島原発は)「風の谷のナウシカ」のマンガで出てきた巨神兵と似ています。
恐るべき破壊力をもっていますが、心は子供のよう。
痛んだ身体を背負いながら泣きながら母を捜している幼子のようです。
どうぞ、あなたが原発に向けている否定のエネルギーを感謝のエネルギーに代えてください。
原発があったから今まで私たちは豊かに暮らしてこれたのです。
原発を作ったのは私たち人間です。
要するに原発の親は私たち人間です。
原発が負傷をおって放射能を出しているからといって、原発が悪いわけではありません。
問題は危険を承知でそれを作った人間にあります。
私たちは原発の親であるのに、子が負傷して危険になったら悪者扱いをしてすごい否定のエネルギーを送っています。
原発は自分の存在を親に否定された傷ついた子供のようになっています。
人間に例えて想像してみてください。それがどんなにつらいことか。
どうぞ愛のエネルギーを注いであげてください。
感謝の気持ちを原発に伝えてください。
愛の波動で満たしてください。
恐れる前に、嫌う前に、感謝の気持ちを伝えてください。
よろしくお願いします。
ブログ「たまむすひ」より
次々と起こる事態に、私たちが日々を必死に過ごしている間に、いつの間にか桜が咲いていました。
東北の被災地では、まだ寒いところも多いと思いますが、春は もうすぐそこまで来ています。
この桜が、あたたかくて 平和な日々への イントロダクションでありますように。。。
昨日は、藤沢のベックで、毎週水曜日恒例のジャズライブがありました。
私は演奏のメンバーには入っていなかったのですが、元々ベックでリハーサルの予定が入っていたので、それも兼ねてお店へ行き、みなの無事を喜び合いながら、音を出し、夜のライブに飛び入りさせて頂きました!
メンバーは
澤田一範(as)
高橋康廣(ts)
小林航太朗(b)
小林新作(pf)
今関和彦(ds)
の豪華な2管編成☆
超々、憧れの澤田さんと高橋さんのお二方と、同時に共演できるなんて、本当に幸せでした!!
我が家でも停電の影響があって、家に一人でこもって、停電でなくても節電とか考えると何をするのも躊躇してしまって、本当に発狂しそうになってしまいます。
そんな中、外に出て人と関わり合い、さらに一緒に音楽を奏で、それを楽しみにお店に足を運んでくださるお客さまにお会いする。
今まで、当たり前だと思っていたそういう事柄の一つ一つが、どんなに幸せで、かけがえがなくて、素敵なことだったか…!!
身をもって日々実感しています。
「当たり前」といえば、日々、当たり前のように供給されていた電力。
福島原発の問題ですが、
各報道などで、東京電力の対応や情報公開について、不安や不満の声を聞くこともありますが、
当たり前に電気に頼った私たちの生活を支えていたのは、紛れもなく原発で作られていた電力です。
そのことだけは、決して忘れてはいけないと思っています。
今までの、素晴らしい生活を棚にあげて、批判するのは筋が違うと思うのです。
起きてしまった爆発などの事故。それを今、自らの危険も顧みずに一刻も早く収束させようとしてくれている方々がいます。
知識も技術も持っていない私たちにできるのは、その方たちを励まし、応援し、支えてあげることだけです。
批判なんてできる道理はどこにもないはずです。
そして、今現在も、日々の生活に必要な電気を作り続けてくれている各地の原発をどうするのか。
稼働停止を訴える方もいますが、停止するとして、今必要としている電力はどうまかなうのか。停電などの対策をこれ以上取れるのか。
電気を使わない生活を考えることができるのか。
電気に代わるエネルギーはあるのか…等々。
考えなくてはならないことが山ほどあります。
そんなことを考えていましたら、昨日音楽仲間から「素敵な文章を見つけた」とのことで、メールをもらいました。
賛否両論あると思いますし、どう感じるかは人それぞれだと思うのですが、私はこの文章のピュアな気持ちにとても感銘を受けました。
以下に転載させていただきます。
『原発が泣いている』
原発が泣いています。
人々のために一生懸命今まで動いてきたのに、
地震で、津波で、負傷して辛い思いをしているのに、
みんなから恐れられ、非難され、攻撃され、
悲しい、辛いって泣いています。
だれも自分の応援をしてくれていない、
自分はひとりぽっちだと泣いています。
どうか原発に向けているあなたの拒絶のエネルギーを止めてください。
人々から突き刺すようなエネルギーを受けて、
原発が悲しみで破裂しそうです。
人々の恐れと悲しみと嫌悪と怒りと不安と拒絶のエネルギーを受け、
とても寂しく、縮こまっています。
原発は(少なくとも今の福島原発は)「風の谷のナウシカ」のマンガで出てきた巨神兵と似ています。
恐るべき破壊力をもっていますが、心は子供のよう。
痛んだ身体を背負いながら泣きながら母を捜している幼子のようです。
どうぞ、あなたが原発に向けている否定のエネルギーを感謝のエネルギーに代えてください。
原発があったから今まで私たちは豊かに暮らしてこれたのです。
原発を作ったのは私たち人間です。
要するに原発の親は私たち人間です。
原発が負傷をおって放射能を出しているからといって、原発が悪いわけではありません。
問題は危険を承知でそれを作った人間にあります。
私たちは原発の親であるのに、子が負傷して危険になったら悪者扱いをしてすごい否定のエネルギーを送っています。
原発は自分の存在を親に否定された傷ついた子供のようになっています。
人間に例えて想像してみてください。それがどんなにつらいことか。
どうぞ愛のエネルギーを注いであげてください。
感謝の気持ちを原発に伝えてください。
愛の波動で満たしてください。
恐れる前に、嫌う前に、感謝の気持ちを伝えてください。
よろしくお願いします。
ブログ「たまむすひ」より