心の持ちよう、という言葉があります。
その言葉を適切でない解釈をすると、
なんか体調が良くないな~と感じていても、そんなの気の持ちようだと、それを無視していたら病気が悪化してしまった
なんてことになってしまうんですけど
そうじゃなくて、自分のものの味方で、同じ現実でも感じ方が変わり、いくらでも自分にとって幸せな捉え方ができるのではないか、という話です。
なんだか回りくどい言い方になりました。
なんでも、自分の見方、受け止め方次第で、物事は全く違うものになる、ということです。
若い頃、ほんとに私は生意気だったなーなんて思うんですけど
自分の力だけで生きていると思っていました。
人間は、自力だけで生きてるわけないんですけどね。そんな人いないです。
当時は、周りへの感謝もしていなかったし、親に対しても、ろくに感謝していなかったと思います。
ある程度、自分で頑張れば何とかなっていたし、生きていけてたので、そんな風に思っていたのでしょう。
人に頼るくらいなら、面倒だから、自分で無理すればいいと思っていました。
しかし、赤ちゃんを連れて離婚したとき、どうやったって私は「助けて欲しい」と人に助けを求めなければ生きていけなくなりました。
自分の体も健康でないし、1歳の子供を育てなくてはいけないし、仕事はないし、子供の預け先もないし
住むところも探さなくてはいけないし、引っ越さないといけない。
やらなくてはいけないことが山積みでしたし、お金だって、あまり余裕がなかったです。
けれど、とにかく子供と自分のために生きていかなくてはいけない、その決意だけは強く、覚悟がありました。
両親に頼んで、用事に長く時間がかかるときは子供を預かってもらったり、役所でいろいろな手続きをしたり
不動産屋さんは、こんな私のために親身になって、物件探しに協力してくれました。
そうしたら、同じく離婚経験のある大家さんのアパートが見つかり、仕事のない私に貸してくれました。
役所の方は、シングルマザーとなった私のために、5時を過ぎても、次から次へと手続きができるように、先回りして、できるだけスムーズに手続きができるように取り計らってくれました。
たくさんの人にありがとうと伝え、たくさんの人に協力してもらい、
私は、なんて多くの人たちに支えられていたのだろうと、その時、やっと実感しました。
なんてありがたいんだろう。
何の得もないのに、みんなすごく親切で、色んなことを教えてくれて。
そうしたら、あれ?私はもともとたくさんの人に支えられ、助けられながら生きてきたのか…
と気が付きました。
そう思ったら、本当にありがたくてありがたくて。
世の中にはたくさんの親切な人がいることに気づき、色んなことがうまく進んで行きました。
それに、うまくいかないことがあっても、私と子供が笑っていたら、それでいいやと思ったら
悲観することもなくなりました。
なるようになるだろう、子供が楽しそうなんだからそれでいい、今は二人で笑って生きていたらそれでいい。
お金のことも気にしないで、そんなふうに毎日過ごしました。
離婚するのは大変でしたが、私はそこから、見える世界が変わりました。
実は素晴らしい世界に生きていたんだなと。
すごく視野が狭くなっていると、不幸だ、ついてないなんて思いがちだけど
実はそんなことないかもしれないよ、見てないだけでね😊
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