私は大好きな人から嫌われてしまって独身のままで、
大好きな人との子供を妊娠していましたが、私は当時学生で彼は卒業していましたが収入が低かったり、父親は無職が続いて新しい家族を迎える準備ができなかったので、本当にはじめの段階で子供を諦めました。私以外に特に何もありません。
子供に関しては、とても悲しくしっかり向き合うのに10年ほどかかりました。水子供養はしています。やっと名前をつけてあげることができました。
10年ほど前からずっと男の子が夢に現れたりします。今でもものすごく悔いていますが、当時は本当にアルバイトも決まらなかったので、出産できても養子に出すことになっていたと思います。
養子に出すことを望まなく、許されるなら育てたい気持ちでいました。将来、、と思いますが、もし授からないのならそれも仕方がないです、子供であっても立派な人の人生なので私が決めることではないです。
今はインターナショナルプランで女の子のための支援でアフリカにいる女の子のことで寄付していますが、その女の子が私が諦めてしまった子と年齢が同じで心が辛いですが、ここまでやってこれたのも周りの人達が支えてくれたからなので次は私の番だから仕方がないと思っています。
大学時代の女友達はいなく悲惨で、女友達集団や女友達の後輩、教授、大学の女性カウンセラーからボロボロにされました。
カウセラーに相談した内容は教授達に筒抜けでした。
大学1年生の時に私が大学でシアトルの海外研修に行くことになって、誘ってきた友人は行けませんでした。そこからこじれて友人関係で悩んでいると話し、担任の先生にすすめられてカウンセラーと話してから、大地獄が待っていました。
あなたには判断する能力がないから、あなたはみんなより全てのことに劣っているから、私があなたの全ての選択や将来のことを判断しますと大学の女性カウンセラーから繰り返し言われて、
頭がパニックを起こして本当に何も考えられなくなってしばらくの間、何も考えることができなくなって不登校になりました。
教授からは、なぜあなたがアメリカに行けて私のお気に入りの研究室の子はいけないんだと言われました。
私にとってアメリカは海外ではなくて自国です。アメリカと日本は自国です。父はアメリカ人、母は日本人で私は国籍を2つもっていますし、どちらの国も大好きです。だからとても傷つきました。
私はアメリカで学生生活を送りたくてやっと叶ったのに皆から否定されたのがつらくて、私の父がアメリカ出身なのをわかって皆んなから言われたのが辛くてたまりませんでした。
家族に相談するとうまくいかない娘を叱りつけて、祖母からは怒鳴られて弟からもけなされました。
彼に話そうとすると彼は大学院まで行けた身なので私を理解してくれずに嫌われました。身体をたくさんもとめてきて将来をちらつかせて、3年半ほどで他の女性がいい、家族と合わない内容のお別れのメール…心がズタズタです。ズタズタにされても相手に対する温かな想いは変わることがありません、本心はずっと強固で変わらないです。
心地よいことを言ってくれたり、不安をあおいで行動させる占いしか信じられなくなった時もありますが、神様を信じていればよかったと反省しています。神様を信じていれば例えどんなに立場が有利な人に何を言われても怖くないですよね。でも、そこまで考えることもできなくて、生きていくのも限界でした。
留年してから大学在籍中から卒業するまで巫女さんのアルバイトをお正月や通年の土日することがあり、そこで友達ができましたがコロナ関連でほとんど疎遠です。
実家でそばにいてくれるのは、ヨークシャーテリアのるなちゃん。卒業後に内定が決まって、るなちゃんに出会いました。るなちゃんが優しくて賢いので正直焦っています。人の心に敏感です。
るなちゃんは認知症気味の祖母から引っ越さないでほしいと言われてしまい、自宅に引っ越すことができていません。でも家族は世話をしないので私は頻繁に実家にいます。自宅にあまりいれません。
幼少期からの過去を思い返せば結構きついですね。心がつらいとかばってしまう私もいます。
自分を変えるための講座で、
素直になろう、心と言葉を一致させましょうと。
ただ機会があってその機会に甘んじることく、積極的にならないといけないとか…私が苦手なことだらけです。嫌われたくなくて積極的になれないです。
私が書いたメモでは、
素直になりたくても、家庭や職場などでは難しい…と書きたかったのに、
私は素直になりたくなくても、家庭や職場などでは難しい…と無意識に、素直になりたくなくてもと入力していました。
本当は素直になりたくないことがわかって、納得した気分です。
きっと、傷つきたくないから素直になりたくない気持ちがどこかにあるんだなと。
でも、素直にならないで誰にも理解されないほうが悲しいのでゆっくり変えていきたく思います。
デジタルメモのポメラとスマホでこれからもどんどん文章を書いていきます。