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OLの日常をざっくばらんに綴っていきます🌸

希望。

2023-01-22 16:17:59 | 日記
こんにちは、今日もOLです。

みなさま、あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い致します。

つい先日新年を迎えたばかりですが、あっという間に1月も終わりが見えてきました。
今年もこうして1日1日が急ぎ足で過ぎていくような気がします。

さて、私は1月8日が誕生日なのですが、今年25歳になりました。
これまでと違って年齢により重みを感じますし、両親にも「もうそんなに大きくなったのか」なんて言われました。
当たり前ですが、両親も年を取るはずですね。
特に大きな病気もなく元気に暮らしてくれていてよかったです。

もう一つ、これまでと違ったことといえば
今年の誕生日は一緒に過ごしてくれる彼氏がいたことです。
よくよく考えると、誕生日当日に彼氏が居たのは5年ぶり…?
毎年クリスマスぐらいになると別れてしまって
年末年始も誕生日も独りぼっちだったここ数年だったので
誕生日がかなりトラウマになっていました。

一緒に居てくれるだけで嬉しかったですが
誕生日のことを考えてくれたり
プレゼントを用意してくれたり
毎日忙しい中で事前にそういった時間を取ってくれたことにも感謝でいっぱいでした。

そして何より、同棲の話をしてくれたときは
嬉しいを越えて感極まり
泣かずにはいられませんでした。
この情景を思い出しながらブログを書いている今も目の前が涙でぼやけます。

彼は、
「10歳も年下でまだ若くて、色々考えることもあるだろうから
もう少し待ってほしいということならもちろん待つけど、
俺は一緒に住みたいと思ってる。

まだ付き合って4カ月くらいしか経っていないけど、
今ここから例えば2年待つ意味はないと思うし、
今俺が一緒に居たいと思ったから伝えてる。」

そう言ってくれました。

同じ気持ちだったこと、先のことを考えていてくれたこと
それがただただ嬉しかったです。
やっと、こんな幸せな話が自分に降りかかってきたんだと思うと
これまでの様々な過去を思い出して
涙が止まりませんでした。

彼は彼なりに葛藤があったと思いますし、
私も彼以外のところで壁があったので
私たち2人が好き同士でうまくいっている、それだけでは手放しに喜べなかったのですが
今は気がかりだった壁も乗り越え、心底彼との未来を楽しみに待つ毎日です。

今はお互いの家を行ったり来たりですが
同棲をすると毎日同じ家に帰れるようになって
同じ布団で寝れるようになって
彼のためにご飯を作ることができるようになって
・・

いろんなことを想像するだけで心が温かくなります。

改めてこんな希望をくれた彼に感謝したいです。

今日もお忙しいなかご覧いただきありがとうございました。

今日もOL。









心躍る恋愛。

2022-09-25 14:38:59 | 日記
こんにちは、今日もOLです。

あっという間に9月下旬を迎え、日が落ちるのが早くなった夕方の空を見ていると、季節の変わり目をより感じるようになります。

そして今年もあと118日だそうで、毎年言っている気がしますが
今年やり残したことはないかな
そんな事をボソッと呟く頃になりました。😂 

今年を振り返るのはまだ早いですが、
ここ半年は専ら仕事に熱中していて
プライベートで楽しいことって何かあったかな、、?
と寂しい毎日だった私ですが

つい最近、彼氏が出来ました。♡

仕事に熱中していたのでは!?と
矛盾しているように感じる方もいらっしゃるかもしれませんが
彼とは仕事で出会った方で
実はお取引先様です・・😖 

ただ、もともと私の上司に
プライベートが充実していないことや
なかなか好きと思える人に出会えないことを相談していたときに

「知り合いに良いやつがいるから紹介するよ」

と言われたのがきっかけで、

さらに偶然ですが
今度私が担当する案件の取引先様が今の彼氏だったこともあって
その挨拶も兼ねて上司が食事会を開いてくれたのが出会いでした。

上司は仕事を越えた関係を望んで紹介してくれていますが
もし恋愛に発展しなくても
3年目の私にとっては顔を覚えてもらって
人脈が増えることが嬉しかったので
ダメでも落ち込むことはないと強気な気持ちで当日を迎えました。

なのに、彼の印象がとっても良くて
気付けば自然と惹かれていたのです。

私は結婚して家庭を持つことに憧れがあるので
現状の仕事と家の往復の毎日を続けていては
婚期どころか恋愛さえできないまま
何を生きがいとして仕事をしているのか
途方に暮れる日が来るのが目に見えていたので

自分磨きも恋活も
休日の空き時間を使って地道に努力をしていました。

24歳ですが、何回婚活パーティーに行き
何回マッチングアプリを利用しただろうと思います😂 

それでも中々好きになれる人に出会えなくて
このままずっと1人だとしても
好きなことをして暮らしていけばいいか・・と
だいぶ諦めモードになっていたこともあったので

今回のご縁は私にとって奇跡で
仕事を頑張って良かったと心から思えた瞬間でした。

彼とは11歳離れていますが、
人柄に惹かれたので
歳の差やタイプなど細かいことは気にもなりません。

そして何より
自分が好きだと思える相手に出会えたのが本当に久しぶりで
これが恋だな、愛だなと
恋愛の楽しさを思い出す毎日で

より仕事にも邁進したいと思えたり
自分磨きも頑張りたいと思えて
モチベーションがグンと上がりました。

これから彼の上司や友人と会うのもとっても楽しみです。

私は自分に自信が持てなくて、
だから恋愛もうまくいかないのかなと
ネガティブになって落ち込む日もたくさんあったのですが

こんな私を彼女にしてくれた彼に感謝し、
ずっと大切にしたいなと思います。

私と同じように、恋活を頑張っているのに
中々うまくいかない。
良い人に巡り合えない。
と不安に思っていらっしゃる方がいたとしたら

自分では予想もしていない形の出会いがあるということと
その機会を増やすためには
社交的になって物怖じせず生活することが
遠回りのようで近道だったりするのではないかなと
感じたこの気持ちをシェアしたいです。

そして何より
自分が1番好きな自分で居れる人生であることが
幸せだと感じました。

今日もお忙しいなかご覧いただきありがとうございました。

今日もOL。





コロナウイルスに感染しました。

2022-08-21 15:03:50 | 日記
こんにちは、今日もOL。です。

題名の通り、実は先日コロナウイルスに感染してしまい
自宅療養しておりました。

今日は実体験に基づくリアルなお話を共有させていただけたらと思いますので、
お辛い方は閲覧をお控えください。

順を追ってお話していきますと
まず症状が発症するまでについては
発熱する直前まで体調に違和感はなく
いつも通り元気に生活をしていました。

私の勤めている会社は、在宅でも出社でも日々自由に選択できる環境なので
発熱があった前日は出社、発熱した当日は在宅で仕事をしていたのですが
出社をする際は抗原検査を実施しているため
もちろん前日時点では陰性で全く感染を疑う余地がない状態でした。

ですが、発熱当日はいきなり体温が上がり始め
38℃、39℃・・と、あっという間に高熱になり
次第に喉の痛みも出始めて数時間前からは想像できないほどに
体調が悪化していきました。

私はモデルナのワクチンを3回接種していましたが、
熱は最高で39.5℃、
唾を飲み込むことが難しいくらいの喉の痛み、
頭痛、
主に上記の症状が強く出ました。

高熱でありながら、喉の痛みがひどく水分が取れない、
一人暮らしで病院に連れて行ってくれる人もいない、
公共交通機関は使用できない、
絶望的な状況で不安が大きくなり
人生で初めて#7119に電話をしました。

#7119とは、病院へ行くか救急車を呼ぶか迷ったときに相談できる
救急安心センター事業で
医師もしくは看護師が電話に出てくれるので
迅速かつ適切な判断で対応をしてくれます。

正直電話をかけるまで相当悩みましたが
そのくらい史上最高につらかったので電話をしたことは後悔していませんが

呼吸困難で息苦しくなっていないこと、
トイレにも行けないくらい横たわった状態から動けない状態ではないことから
救急搬送対象にはならず、発熱外来を受診してくださいとの事でした。

正直病院を探すことすら困難な状態でしたので
今度は都の発熱相談センターに電話をし
(最後の気力を振り絞る思いでしたw)
受診可能な病院を教えてもらいました。

対応してくれた方は深夜にもかかわらず、とても優しく対応してくださって
ホッとしましたが、肝心の教えてくれた病院が空いていなかったり電車を使わないと行けない場所だったりで結果的には活用出来ませんでした・・😂 
皆さんも最終決定は自己判断で、自分の目で見て確かめた方が良いかと思います。

私の感染時期が運悪く、祝日かつお盆シーズンだったので
病院探しにはかなり苦戦しましたが
本当にたまたま歩いて行ける範囲の小児科が空いていて
PCR検査が受けられるとのことだったので
予約をして受診し、PCR検査を受けました。

PCR検査は鼻に棒を突っ込む方法でしたが
即陽性の結果が出たため、すぐに病院から保健所へ陽性者登録の連絡がいき、
薬をもらって帰宅しました。
※ご存知の方も多いと思いますが、コロナウイルス陽性だった場合の薬は公費負担になるので無料です。

帰宅後はもらった薬を飲みつつ、ただ横になるだけで
本当に何もできません。
水分を取るために起き上がるのも、トイレに行くのも億劫なくらい
弱りました。

熱が高く、喉も痛いので食欲が湧かず
丸2日は何も食べられなかったですが
さすがに3日目くらいからお腹が空いてきて
解熱剤が効いている間に作ったお粥を食べましたね🍚

コロナウイルスに感染したら、各所に報告が必要になるので
少しでも動けるうちに手続きをしておくことをお勧めします。

例えば、COCOAのアプリをインストールしている方は
アプリで陽性登録をする、
My HER-SYS(厚労省コロナ感染者等状況把握管理システム)に連絡を入れる、
会社に感染を報告をする、などです。

あと私がお勧めしたいのは、
自宅療養サポートセンターの食料品配送で
段ボール2箱分びっしりと食べ物・飲み物を配送してくれるので
食料調達が難しい状況ではとっても助かります。
Webフォームもしくは電話のどちらからでも難しい手続きなく申込めるので
ぜひ頼ってみていいと思います。
※食料のほかに、パルスオキシメーターの無料貸出もできるので
自宅療養の方は日々の健康観察の指標の一つとして持っておくとより安心だと思います。

感染から丸3日は身動きが困難な状態でしたが、
私の場合は4日目あたりで少しずつ回復しだしてお風呂にも入れるようになりました。

喉の痛みと鼻詰まり(3日目あたりから症状に加わりました)が
計7日間程度続きましたが
処方してもらった薬が無くなる頃にはちょうど治りました。

心配される後遺症については、
後遺症なのか正直よく分からないのですが
鼻詰まりはなくなったはずなのに現在もずっと鼻声で
そこだけがちょっと心配ですね💦

私はよく潔癖症と言われるくらい、日ごろから感染対策には
気をつけながら生活をしていました。

少しでも外出した日は、家に入ったらすぐに洋服を脱ぎ
手洗いうがいをして先にお風呂に入るようにしていましたし、
買ってきた物は除菌シートで拭いてから保管して
携帯も出先から帰ってきたら毎回拭いていました。

そこまでしていても感染してしまうコロナウイルスの感染力は
やはり凄まじいものだと
実際に感染して身に染みて感じました。

体感したことのない辛さでしたが、救急搬送対象ではないと知った瞬間、
もっと酷い症状の方がいるのかと思うと
正直ゾッとしましたし
毎日危険と隣り合わせの患者様に寄り添う医療関係者の方も
大変なご苦労だと痛感致しました。

何かの記事で読んだことがありますが、
~毎日休む間もなく一生懸命働いている医療関係者が診療するのは
行動制限せず飲み会などで遊んでいた人たちだ~
という言葉はとても胸に刺さりました。

みんながみんなそうではないことは重々承知していますが
自分中心の考えをせず、思いやりを持った行動こそが
誰かの心を救うのではないかと思います。

現在療養中でお辛い方、
後遺症に苦しまれている方、
感染した家族をサポートする方、
毎日多くの方を助けてくださっている医療従事者の皆様、

多くの方がこのコロナウイルスと闘っていると思います。

今回の私の記事に影響力はないですが、
些細なことでも良いので何かをきっかけに
社会や周囲の人に思いやりを持った生活をする人が
増えてくれると嬉しいなと思います。

本日も、お忙しいなかご覧いただきありがとうございました。

今日もOL。

 











真の友達とは?

2022-08-06 15:47:07 | 日記
こんにちは、今日もOL。です。

今年は梅雨があっという間に終わり、毎日厳しい暑さが続いていますね。
読者の皆様、いかがお過ごしですか?

本日は『真の友達とは?』をテーマに、お話ししていきます。

このテーマに決めた理由としましては、
私自身が現在進行形で友人関係に悩んでいるからです。
私事で恐縮ではございますが、少しだけ、お付き合いいただけますと幸いです。

皆様は『真の友達』と呼べる人がいますか?

私は幼い頃から人間関係の構築が苦手で、
なかなか友達に恵まれずいじめを受けることも多々ありました。

人間関係の構築が苦手と言っても、人と話すことは大好きで
周りの方からは話しやすいと言っていただけることが多く、
私自身も日頃から相手に緊張感を与えないような人でありたいと思っているので、接し方には特に意識をして生活をしています。

ただ中学生の頃はいじめのピーク時で、陰口や無視、ハブられることが日常茶飯事で、教室の机に「死ね」と書かれているのを見つけた時は絶望しましたし、確か上靴もなくなったことがあった気がします。

ドラマのような話かもしれませんが、現実にもあるんですよ~😓
(今だから笑って言える話ですが、よく自殺しなかったなと今でも時々当時の自分を褒めたくなりますw)

学年のほとんどの人がこの状況を知っていたので、もちろん私を気にかけると自分にまで飛び火がくると思ったのでしょう、手を差し伸べてくれる子などおらず、理解してくれる先生方が唯一の救いでした。
とにかく部活と勉強、習い事を頑張って、大人たちを味方につけて、
同級生たちを見返すために高校は有名な進学校へ入学しました。

高校では心機一転、いい思い出ができるような学生生活にしたい思いでいっぱいでしたが、現実はそう甘くはなく、周りの子の学習レベルが高いことで私は全然授業についていけませんでした。
そのため授業中は当てられてもいつも答えられなくて先生に呆れられたり、
テストもこれまでに見たことのない点数が続いて補修を受けることも多かったので

『あの子は勉強が苦手』
『どうしてうちの高校に入れたんだろうね』

という目で見られていることに段々と気付き始め、
学校では何をしていても委縮するようになりました。

当時お付き合いしていた彼氏がいたのですが、
その彼氏は私に何一つ嫌な顔をすることなく勉強を教えてくれたり、
部活終わりに話を聞いてくれたり、いつもそばに居てくれた人で、
自分を大切にしてくれる人を大切にしたいと思った私は、
あまり同級生とは連まず1人で過ごすか、その彼氏と一緒に居ることが多い高校生活でした。

なので実質、大学生になるまで1人も友達という友達が出来たことがありません。

ですが、有難いことに大学ではやっと友達が出来ました。
嬉しくて嬉しくて、
ずっと大事にしようと思った当時の記憶は今でも鮮明に覚えています。

そして、ずっと心配をかけてきた両親にも自信を持って
「友達が出来た」と報告できた日には涙が溢れました。

大学からの付き合いなのでもう7年目になりますが
社会人になっても、その友達とは定期的に会っていて
仕事の話、恋愛の話、会うと話が尽きなくてつい夜更かししがちになりますが、その時間さえもとても幸せに感じています。

順風満帆に見えるこの生活に、何の不満があるのだろうと
疑問を感じられた方がいらっしゃると思いますが
ある日をきっかけに少しずつ疎遠になってしまったのです。

その出来事をお話する前に、
少しだけ私の性格についてお話させてください。

なぜ私にこれまで友達が出来なかったのかにも繋がりますが、
私自身かなりの完璧主義でこだわりが強く、曲がったことが大嫌いで
自分にも他人にも厳しいところがあります。

持っている資格やスキルは、好きを追求したうえで獲得したものであって
地位や名誉、競争に勝つためではありません。
特に幼い頃は、関係のない母まで
「教育熱心であれこれさせて、すごいわね」と
嫌味を言われたこともあったようで(大人になってから知りましたw)
俗に言う鼻につく子どもだったのではないかなと思います。

同級生からは妬まれることが多く、
「またあんたなの?」なんて言われることが結構ありましたが
当時はうまくコミュニケーションを取ることが出来なくて
「結果までの過程を知らないくせに」と
尖った考えしか持てなかったのが実際のところです。

ただ、大学で出会った友人は、これまで出会った子たちとは違って
妬むのではなく、努力や真面目さを認めてくれて
それを言葉にして表してくれる子たちだったので
その素直さに心打たれただの友達というよりは尊敬する対象に変わりました。

そして、いつも気が張っている自分の息を抜かせてくれる場所へとも
変化していきました。

こんな過去を持つ私にとっては
大げさでもなんでもなく、本当に大切な存在でした。
こんな自分と友達になってくれて
認めてくれたことに感謝して
どんどん思い入れが強い相手になりました。

嬉しいことは一緒になって喜びたいし、
悲しいことは一緒になって悲しみたいし、
間違っていることは間違っていると伝えたいし、
ただ顔色を伺って同意することばかりが真の友達ではないと信じて
自分にも恥ずかしくないように接してきたつもりでした。

でも何でも言える相手だと甘えてしまっていたせいか
お節介が過ぎたり空気が読めなかったりして
呆れられてしまったのか
会う頻度は減り、連絡もなくなりました。

いい歳でありながら、
友人関係で悩むことになるなんて思ってもいなかったですし
壊れることのない自信があった人たちだからこそ
戻り方が分からなくなってしまいました。
心に穴が空いてしまった感覚です。

元通りになれるか分からないですが、
戻れなかったとしても
陰からみんなの幸せを願っていたい、
綺麗事に聞こえますがそれでもいいと思える存在です。

このメッセージが友人に届くことはほぼ確でありませんが
もし同じような気持ちになったことがある方や
大切な人の顔が思い浮かんだ方は
例えその想いが本人に届かなくても
その瞬間にきっと意味があると思います。

今日も、お忙しい中ご覧いただきありがとうございました。

今日もOL。







ブログ投稿再開します❁

2022-05-13 16:10:03 | 日記
こんにちは、今日もOL。です。

ブログ開設からはや2年ほど経過してしまいましたが、
本日より投稿を再開したいと思います。

以前投稿していた頃は「22歳大学生」という肩書きで発信していましたが、
本日からは「今日もOL。」という肩書きで頑張っていきたいと思います。笑
またこの投稿をご覧いただける方がいらっしゃいましたら、
どうぞよろしくお願いいたします☺

まずはこの空白の2年間についてお話していきますね。
お仕事の話題がメインになります💻

私は四年生大学卒業後、スポーツ関連のIT業界に就職しました。
第1志望だった会社であり、同期にも恵まれたことで
コロナ禍1期生ではあったものの充実したリモートワークから始まりました。

約2カ月間のリモート研修後本配属になったのですが、
私の頭は想像していたよりも仕事のことでいっぱいの日々に変化していきました。

業務の詳細はお伝え出来ませんが、日に日に退勤時刻が遅くなっていく状況に不安と疲労が蓄積され、食欲不振で体重が一気に減ってしまい生理が止まって婦人科系の病気を患いました。
今はそれなりに耐性がついて息抜きを見つけながら生活していますが、1年目の私には相当きつかったことを今でも時々思い出します。笑

当時お付き合いしていた彼氏は準公務員で、残業などなく毎日17時に退勤していたのですが、彼に非は全くないのに「いつもあの人は気楽でいいな」とやるせない気持ちになってしまったこともありました。
彼氏をそんな風に思ってしまうなんて、私は嫌な奴だなと自己嫌悪になることもありましたね😢

結局その彼氏とは1年弱でお別れしましたが、少しずつ仕事に慣れてきて、少しずつやりがいも感じ始めた頃、私に異動の辞令がありました。本配属から1年が経過した頃の出来事です。

正直やっとチームの人にも仕事にも慣れてきた頃だったので、今なんだ・・とむずがゆい気持ちがありましたが、新しい環境に行けることに正直少しほっとした自分がいたので異動の話はとてもポジティブに受け止めることができました。

ですがそんなポジティブ精神は一瞬にして消えたのです。

なぜなら、新しい異動先の仕事は急に責任が桁違いに大きくなったからです。
イメージとしてはいち店舗の店長・・😓
困りました。私に務まるのか?いや無茶ではないか?

また憂鬱な日々が戻ってきました。
人生ゲームでいう、「スタートに戻る」感じです。笑
私はHSP気質なので、過度に不安を感じとにかく心配だったのだと思います。

幸い異動先の上司にとても恵まれ、有難いことに可愛がっていただけたことで
日々の辛さを紛らわすことができました。
些細なところまで気配りができて、いつも冷静で論理的で
自分もこんな大人を目指したいな、
そう思える上司でした。

組織編成の関係でその上司とは離れてしまいましたが、離れても定期的に連絡をくださるので、その時間が待ち遠しかったりします。

また、今の新しい上司も昔からずっとお世話になっている方で
優しくて温かい人です。

話があちこち逸れてしまいましたが
この2年は本当に仕事に没頭していた日々でした。

仕事がなければこんなにストレスを感じることはないのに
意外と仕事が好きだからとことんのめり込んでしまったりして
自分で自分が理解できないことなんて
まだまだ沢山あるんだなと思いました。

一方で
何より自分を守ることが重要であることも再認識した2年間だったと思います。
仕事がなければ一人暮らしはできません。
オシャレもできません。
友達と遊ぶこともできません。

でもだからと言って私生活や自分を犠牲にするのは意味が違います。

ある程度ストレス耐性がついた今でも
キャパオーバーになり自分をうまくコントロールできなくて
病んでしまうことがあります。
そんなときは決まってネガティブな事ばかり考えてしまいますが、
ちょっとしたことが心を軽くしてくれるということに毎度気付かされます。

その“ちょっとしたこと”が一人でも多くの人の心に
住みついてくれたらいいなと。

怒涛の社会人生活のはじまりでしたが
生きてて良かった時間です。

なので私はこれからも
「生きてて良かった」瞬間を
綴っていきたいと思います。

最後までご覧くださりありがとうございました。

今日もOL。