尚雲堂のはしら暦

尚雲堂からのお知らせ。業務連絡とも言う。

縁起物

2017-01-06 08:34:35 | 落書き

縁起物



お詣りはよく行くほうだと思うが、神仏への信仰が厚いからではない。それが長いことここに座すことをよく知った上で出向くことが多い。願掛けというより、してみた・してきたことに対する感謝と報告。素性のわからない人から願掛けされても困るだけだろうと思うからだ。
そうしてみるとかなり罰当たりなことをして来ているのかもしれない。うまくいかないことは全て自分のせいだと言い聞かせてきた。誰のせいでも無く、自分のせいだと。然し昨年はそれがひっくり返る事態があった。どう考えても何らかの邪魔が挟まれているとしか思えない。

そんな時、ふと目の前に現れたのは友人の一言。大切な方からの身につけていてほしいと請われたもの。それが数珠だった。
法事の時などでしか縁もゆかりもないものと思ってきたが、常時身につけておくことに、当初は迷いを覚えた。身につけると脊柱がすっと立つのだと説明を受けるのだが、身体の感覚が変わってしまって帰国してきた時だったので、そうなのかな?と正直感じる程度だった。
帰宅して、頭から説明が消えないうちにその数珠の珠を調べてみた。貴重なインドボダイジュのこの大きさものは自然と長く連ねるもの。なるほど、修行に欠かせないものであるようだ。
生きているうちは全て修行だと思ってきたので、良き相棒をいただいたのだと心底感謝できる。修行は己自身にするもので、いわば内側に働きかける。法事の時のものなどは訳がわからなくてもそれを持つ外観の一つと思ってきた。いわば外側へのアピールと思てたので、今まで身につけなかったのかと了解できた。

脊柱がすっと立つ説明は未だにこの身体にはわからないが、骨盤の向きが変わり、ともすれば反り腰になりやすかったのが、いい位置に納まってるところをみると御蔭を感じる。
しばらく隠して身につけてみたい。すると珠の色が変わるという。その変化は、我が身の変化と思い楽しみの一つとしたい。

濱口昭宏先生、年の瀬の忙しい時にありがとうございました。
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