時のつれづれ(北多摩の爺さん)

下り坂を歩き始めたら
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解散請求に腹を括ったかも?

2022年10月19日 | 時のつれづれ・神無月

多摩爺の「時のつれづれ(神無月の31)」
解散請求に腹を括ったかも?(宗教法人法に基づく質問)

元総理の銃撃事件から3ヶ月・・・ いま、ある宗教団体への対応について、
永田町(衆議院予算委員会)での論戦が熱い。

注目すべきは、既にリークされていたので、さほど驚きはなかったが、
予算委員会の初っぱな、質問に立った与党議員の問いに対して、
宗教法人法に規定されている質問権を、当該宗教団体に向けて行使するように、
担当する大臣に指示したと・・・ 総理が答弁したことだろう。

当該宗教団体は、銃撃事件からいままでワイドショーの餌食になっていて、
その理不尽すぎる活動に、多くの国民は苛立ちを覚えていたことを踏まえると、
総理の決断は、遅きに失した感は否めないものの、
まずは一歩前進したと評価しても・・・ 良いんじゃなかろうか?

さらに指示を受けた担当の大臣は・・・ 一問一答の質疑のなかで、
情報収集や、質問の手続きの途中であっても、
解散命令を請求するに足る、事実関係を把握した場合には、
司法に対して、速やかに解散命令を請求すると・・・ ハッキリとした口調で答弁していた。

質問に立った野党は、スピードが勝負だという。
確かにその通りだと思うが、教団トップや幹部が逮捕されているわけじゃないので、
教団の内部で対策に知恵を絞る幹部が残っており・・・ そんなに簡単に行くとも思えない。

一般的には金額の多寡を問わず、信者が寄付や布施を行うことに違法性はなく、
マインドコントロールされて寄付や布施をしていたとしても、それを実証することは厳しく、
さらには、返金請求に応じている場合もあったりして、訴訟も民事の域を出てないので、
国民感情的には解散請求だが、そこに至るのは、かなり厳しいとの見方も出ている。

とはいえ・・・ 総理が自ら口火を切った案件だと捉えたら、
なにがなんでも、解散請求までは行くと考えるのが普通だが・・・ 問題はその先で
絶対に負けられない戦いに、最後の砦でもある司法が、期待する判断を下してくれるのか?
実はそこのところが、一番大きなポイントになるかもしれない。

基本的に司法は、過去の判例に乗っ取って判断を下すのが常だが、
過去に解散命令を受けた二つの団体は、殺人や詐欺事件を起こして、教団のトップが逮捕されたが、
いま注目されている教団は、多くのトラブルを抱えてはいるものの、
末端の信者がしでかしたトラブル(民事訴訟)であって、
教団のトップや幹部が逮捕されたり、刑事罰を受けるまでには至ってない。

危惧するのは・・・ もし、司法が過去の判例を基準に、解散命令を下さなかったとしたら、
それは即、教団の活動に対して「問題なし!」との、お墨付きを与えたことになり、
結果的に「大山鳴動して鼠一匹」になりかねいことも、覚悟しておかねばならないのだろう。

ポイントは・・・ 司法が解散命令を下す要件に、民法の違反が入るのか否かの一点であって、

それが否であれば、この国の宗教法人は、民法上の違法行為を繰り返しながら、
信者からいくらお金を集めても、それが詐欺や脅迫などの犯罪(刑事事件)でない限り、
課税されないことを、公に認めてしまうことになってしまうのだ。


勿論、こんなことがあって良いわけがないのは、だれにでも分ることだが、
司法が、望んだ判断を下さなかったとしたら、
頭の上まで振り上げた拳を、いったいどうやって下ろせば良いのだろうか?
残念ながら・・・ その方法が私には分らない。

おそらく、野党やメディアは、司法が下した判断であるにも拘わらず、
政府に責任を転嫁して・・・ 担当した官庁の力不足を責めたてるんだと思うが、
いったい、どこに、どうやって落としどころを求めるのだろうか?
申し訳ないが・・・ 想像がつかない。

メディアによく出ておられる、弁護士さんの見立てでは、
今後のスケジュールは、年内には質問を受けての回答が揃い、それを見極めた上で、
その詳細が国会に報告されるかどうかまでは分らないが、
年明け早々に解散請求を行い、来年中には司法の判断がでるのでは?・・・ と言われていた。

そして、その後は・・・ 司法の判断がどうであろうと、
否定された側は必ず不満を示して、控訴すると思われることから、
最終的には・・・ 最高裁まで行くことも、覚悟しておかねばならないのだろう。

まっ、それはそれで致し方ないこととしても、
野党議員が求めるような、スピード決着になることが、まずもってないことは、
残念だが・・・ すでにハッキリしてしまった。

よって・・・ いまから国会で議論しなきゃならないのは、
解散請求の段取りや内容ではなく、被害者の方々を救済する法律の見直しであって、
そちらにフォーカスすべきではなかろうか?

予算委員会の質疑を見ていて、なに気に思ったのは、
総理は、遠回しな言葉を繋いで、分りづらい答弁を繰り返していたが、
既に解散請求に向けて・・・ 腹を括ったのではなかろうか?

メディアのMCやコメンテーターは、総理の覚悟の問題だと言っていたが、
普通に考えてみれば、解散の申請は、行政の仕事だが、
解散を命令するか否かは、司法の仕事であり、
そもそも政治の仕事は、セットアッパーであって、クローザーではないことはハッキリしている。

であるならば・・・ 餅は餅屋というか、三権分立の妙だとして、
どちらに転んでも、それは司法が下した判断であり、
総理が腹を括って事態を前に進めることに、
もはや悩むことはないと思うが・・・ 如何なものだろうか?

対応が遅すぎる、緩すぎるといった意見が多いことも承知しているし、
寄付に執着する、あまりにも理不尽すぎる活動は頭にくるし、苛立ちも覚えるが、
この国では・・・ 民事不介入が基本である。

心の問題も、お金の問題も・・・ 民事の域を出ない限り、
慎重に進めなければならないことも、ある程度は覚悟しておかねばならない。
兎にも角にも一歩前に進んだことを注視しつつ、
その顛末を見守るしかないと思うが・・・ 如何なものだろうか?

なお、前もって触れることを怠ってしまったが、本件はあくまでも個人的な思いであって、
コメントをいただいても、勝手ながら議論するつもりはないので、
申し訳ないが、ご理解をいただきたい。

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