武弘・Takehiroの部屋

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“書痙”に苦しむ

2024年04月23日 03時19分15秒 | エッセイ・私事など

<以下の文を一部修正して再録します。>

現役時代は恥ずかしくて言えなかったが、私は一時期、書痙(しょけい)という神経症に悩まされたことがある。書痙とは、明鏡国語辞典によると「文字を書くことを仕事とする人に多い職業神経症で、手に痙攣や麻痺(まひ)、疼痛(とうつう)などが起こり、書字が困難になる」とある。したがって、文筆家や速記者、代書人らに多く見られるそうだ。
現役時代、私は主にテレビ局の報道記者の仕事をしていたからか、この書痙に悩まされた。30代の終わり頃のある日、外勤記者の原稿を電話で受けようとしたら、突然 右手が震え出し、原稿を取ることができなくなった。傍にいた同僚が見かねて、私と代わってくれたのが始まりである。
誰かが腱鞘炎(けんしょうえん)だろうと言っていたが、その晩、みんなと酒を飲みに行っても憂鬱だった。当時は書痙とは分からず、ただ疲れが溜まって起きた症状だろうと思っていた。
それで しばらく過ぎたが、40代の始め頃、私はある省庁担当の外勤記者になった。そして、大臣やら役人の会見を聞いて原稿を書いていたが、ある日、メモを取っている最中に突然 右手が震え出した。うまくメモることができずに終わったが、私はあの最初の体験を思い出しゾッとしたのである。
それから不安と恐怖の日々が続いた。メモを取る時に、また手が震えるのではないかと思ってしまうのである。そして、その不安が高じれば高じるほど、震えの頻度が増えるような気がした。ついに「どうにでもなれっ!」と投げやりになったが、神経症は治まらない。
私は要点だけをメモし、あとは記憶に頼ることにした。幸いなことに、大事な会見やレクチャーの時は小型の録音テープを持ち込めたので、なんとか事無きを得ることができた。ただし、時間がなくて追い込みの原稿を書く時は苦痛だった。いい加減なメモで済ましたのである。
不安が高じたり、他の記者に気付かれるのではと余計な心配をすると、ますます手が震えるような気がした。とうとう私は、上司に“告白”して外勤記者を辞めさせてもらおうかと考えたが、その都度、絶対に告白してはならないと思いとどまった。記者は私の“天職”であり、それを辞めたら「敗北」だけが残ると思ったからである。

こうして書痙に苦しみながら外勤記者を続けたが、幸いにもそれからしばらくして、私は「内勤デスク」に配属された。正直言ってほっと一安心したのである。内勤になっても、追い込みの時に2、3度 書痙の症状が出たが、同僚に助けられなんとかその場を凌いだ。そのうちに、いつのまにか症状は治まったのである。
本当は現役時代に医学書などを読み、書痙のことに気がつくべきだったが、ずぼらな私はそれをしなかった。この神経症が分かったのは数年前である。ネットで偶然知ったが、もっと早く気がつくべきだったと反省した。別に特殊な病気、いや神経症ではなく、文字を書く職業の人に多い当たり前の症状だと知った。
あの大作家・松本清張氏も書痙に苦しんだという。ごく普通の神経症なのだ。それを知った頃には私の書痙もほとんど治り、今では、指先を使うゲームをする時にたまに手が震える程度だ。そうは言っても、現役時代の不安・恐怖というのは忘れられないもので、ごくたまにそういう“悪夢”を見ることがある。(完)


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2 コメント

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私も書痙です。最近、治療に通い始めました。 (星野ケイ子)
2016-02-16 00:14:11
私も書痙で長年悩んでいます。ネットで書痙という病気と知り、私以外にも大勢の方この病気で苦しんでいる事を知り、驚いています。最近"カイロプラクティスで、書痙が治る"とネットで見つけ、治療に通い始めました。字を書こうとすると、一度失敗した記憶が神経回路に誤作動を起こして、震えたり、飛んだりするのだそうです。本当に治るかどうかは治療を始めて8回目なので分かりませんが、治療が終わった後は字が書きやすい様な気がします。もしこの病気が治ったら、今まで一人では行けなかった外国へ行ったり、字が書けない事で行動を制限されていた事が出来るようになったら、どれだけ幸せだろうと思います。
八嶋先生の書痙は自然と治ったのでしょうか?
記憶、緊張、プレッシャー (矢嶋武弘)
2016-02-16 07:52:04
私の方が勉強になりました。
一度失敗した「記憶」が神経回路に誤作動を起こすということですね。たしかにそうです。
意外に多くの人が書痙に苦しんでいると知り、自分だけではないと気が楽になりました。いずれ治ると楽観的に見た方がよいと思います。
書痙を治さねばと焦ったり、急いだりしない方がよいと思います。焦ると必ず緊張感が出たり、プレッシャー(圧迫感など)が生じたりして、かえって良くないでしょう。
つまり、俗に言って“神経質”にならないことです。
私も自然に治ったと思いますが、過去の「記憶」を忘れることが最も大切だと思います。
以上、素人の見解ですが、もう一点、疲労がたまるのが良くないと考えています。
できるだけ楽観的に、気を楽にしていった方が良いと思います。

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