将校や指揮官の中には、戦功に走り、徒に兵を損傷する者もいる。そして「其ノ為メニ兵ヲ多ク損傷シ却ツテ人ヨリ怨ヲ買フコトモ起ル。」(51頁)として、そのような人物は「自己一人ヲ認メラレントシテ部下ヲシテ無理ヲ敢行セシメ己一人後方ニ居ル如キ言動ハ真ノ将校ナリト言ヘナイ。」(51頁)とある。
このような将校や指揮官に対しては「抗命」を行う兵士が出てくる。つまり命令に従わないということである。
「抗命」だけではなく中には、「或ル部隊デ如此隊長ガ兵ニ怨ヲ受ケ後方ヨリ狙撃セラレテ死ンデ居ル。」(51頁)
とか、「従ツテ最悪ノ場合ハ前方ヘ立ツ上官ヲ狙撃スルコトモ起リ得ルノデアル。」(51頁)という事件が起きることもあるのである。
なぜ戦功に走る将校・指揮官が出るのか。「抗命」を行う兵士が出るのか。早尾はその理由として二点挙げている。
第一点目として「思想ノ変遷」を挙げている。
これは「時代ノ思想ハ日露戦争当時トハ大変ニチガツテ来タ。上官ノ命ヲ鵜呑ニスル今日デハナイ。」(51頁)、
あるいは「今ノ兵ハ幹部ノ一挙一動ヲ細カニ観察ヲシテル。若シ其ノ幹部ノ行為ニ不道徳ナコトヲ発見スレバ兵ハ最早其ノ命ニ従フコトヲ潔トシナイ。是ダケ兵ノ頭ガ一進シタノデアル。」(52頁)として、かつてと比べて兵士の
教育程度が上がってきていることにその原因の一つを求めている。
第二点目は、第一点目と関連するが、将校・指揮官の態度である。
「俺ハ将校ダカラトイフ心持ヲ捨テヽ兵ノ気持ニ融和セネハナラナイ。ソシテ将校タル品格ヲ保存セネバナラナイ。」(52頁)、あるいは「要ハ部隊長ノ徳望ト正シキ行為トガ大切デ野心ガアツテハナラナイ。」(55頁)とし、課題として「余ハ今回ノ事変ニテ痛感シタ。今後ニ処スルニハ幹部ノ人格ノ向上デアルコトヲ。」(52頁)と指摘している。
また早尾は、軍医や衛生隊・衛生兵が戦功に走り、前線に出ることを戒めている。それは、軍医・衛生隊・衛生兵の任務は傷ついた兵士を後方へ送り手当てすることだからである。
「余ハ実戦ニ参加セヌカラ是ニ関スル功績心理ヲ論ズルコトヲ成ルベク避ケタイ。衛生部隊就中衛生隊ニアツテハ迅速ニ死傷者ヲ後方ヘ運ビ繃帯所ニテ治療ヲ加ヘルノガ任務デアリ徒ラニ軍医ガ前線ヘ出テ為メニ弾丸ニアタリ戦死シテモ功績ニハナラヌ。治療能力ヲ失フコトハ重大ナルモノデアル。衛生隊ノ衛生兵ガ戦死傷ニヨツテ其ノ数ヲ減ズルヲ見ルヤ兵ノ士気ハ萎縮スル。是ヲ考ヘテモ危険ヲ出来ルダケ避ケテ衛生隊員ニ損害ナカラシムルガ隊長ノ重大責務デアル。」(55頁)
早尾は、戦場において自分、あるいは自分の所属する部隊の戦功のみを意識し、不必要な無理をしたり、無意味に兵士を消耗することをするべきではないとしている。しかしそれは、実際にはそのような戦功争いによる兵士の消耗が出ているからであり、このことを今後の課題として提起している。