戦場において自ら弾丸に当たりにいく者は少ない。これは生命を温存・保持したいという本能的なものである。だから、次のようなことを行うものもいる。
「戦場ノ実況カラ見ルト実際ハ屡々遺憾ナル本能的行為ガアゲラレル。例ヘバ担架兵ガ戦傷者ヲ担架ニ乗セテ後方ヘ運バントスルト四名ノ外ニ何人カヾ是ニ付キ添フテ退イテ行ク。是ハ必要ノナイコトデアル。手伝ノ意味デハナク其ノ時ニ一寸デモ退イテ弾丸ノ注グ点カラ離レテ見タイトイフ気持ガ手伝フノデナイカ。彼等ハ亦戦闘ニ参加スベクヤツテ来ル。恐ロシイカラデナク暫クデモ危険カラ逃レテ居タテイトイフ心理カラダト思ハレル。」(63-64頁)
「遺憾」とあるが、これが生命を保持せんがための本能的な自然の行動なのかもしれない。
しかし、突撃や白兵戦になるとそういっておられない。この突撃や白兵戦での将兵の心理状態を早尾は次のように分析している。
「然シ突撃ノ場合ハ何レノ兵ニ聞イテモ夢中ダツタト言ヒ敵ニ肉迫シテ白兵戦ヲ演ズル際ハ全ク興奮ノ絶頂ニ達シ其ノ有様ハ狂躁状態(トーブズツト)ト異ル所ガナイ。此処ニ絶大ナル力ノ「エネルギー」ガ働イテ十人斬リヲヤツタリ突キ殺シタリスルコトガ出来ルノデアル。」(64頁)
このような勇猛果敢な将兵であるが、負傷、あるいは病気になった場合どのような心理状態となるのか。どのような行動をとるのか。早尾は二つのパターに分けて考察している。 第一は、戦闘中での負傷である。
「重傷ヲ負ヒツヽ後退ヲ拒ミ尚戦闘ニ従ツタトイフコトハ美談トシテ数ク伝ヘラレル。傷クト共ニ益々憤ニ燃エ立ツ場合ノ現象デアル。即チ突撃中ノ「マニー」状態ニ見ル所デアル。興奮ハ其ノ傷ケルコトモ知ラザルカ如キ状態ニアラシメル。如此精神状態ニハ自己ヲ有ル余裕ナドハ存在シナイ。」(65頁)(注1)
「重傷ヲ負ヒツヽ後退ヲ拒ミ尚戦闘ニ従ツタトイフコトハ美談トシテ数ク伝ヘラレル。傷クト共ニ益々憤ニ燃エ立ツ場合ノ現象デアル。即チ突撃中ノ「マニー」状態ニ見ル所デアル。興奮ハ其ノ傷ケルコトモ知ラザルカ如キ状態ニアラシメル。如此精神状態ニハ自己ヲ有ル余裕ナドハ存在シナイ。」(65頁)(注1)
つまり、戦闘中での負傷は興奮状態を増大させ、なおも戦闘に参加しようとする意識を起こさせる。
これに対し第二は戦闘以外での負傷である。早尾が特に問題であるとして指摘しているのがこのような負傷である。
「反之対峙姿勢ニアツテ塹壕中ニアル時トカ行進中トカニ弾丸ニアタツタリ亦不用意ノ時ニ狙撃セラレタル時トカ或ハ襲撃ヲ受ケタ時トカニ傷ツイタ場合ハ余程ソコニ差違ガアルト考ヘラレル。即チ「マニー」様ノ興奮ガ存シナイカラ直チニ傷ケルコトニ考ヘハ働キ精神力ノ弱ルコトハ免レ難イ。タトヘ僅カノ負傷デモ後退スル気持ニ捕ヘラルヽノハ此ノ時デアル。勿論入院シテ早ク治ツテ再ビ戦闘ニ従事スベキ堅キ心ヲ以テ入ルコトハ当然デアル。然シ収容ニ制限アリ亦治療設備ニモ限リアル前線病院ヨリ後方ニ送ラルヽト共ニ漸次彼等ノ心境ニハ著シイ変化ガ来ル。所謂病ニ捕ハレ、病院ニ親ムト共ニ戦闘戦(ママ)神ハ次第ニ薄ラギ一日モ在院ノ長キヲ欲シ或ハ内地還送ヲ希フ者ガ多クナリ現隊復帰ヲ忌避スル例サヘ見ルノデアル。」(65-66頁)
一度このような心理状態になった者は、戦闘では役に立たないので「ドンドン内地ヘ帰シテ了ヘトイフ心持ニナツテ来タノデアツタ」(67頁)とある。いくら兵の数を集めても心理的・精神的に戦闘を忌避している状態の兵ばかりであれば戦争には勝てないからだ。そのために「将来是ガ対策ヲ考ヘネバナラヌト思ツタ」(66頁)という課題を提示している。
このような戦闘を忌避するようになった兵の特徴はどのようなものであるか。
一つには欺瞞的態度が挙げられている。
「却ツテ到底再ビ戦闘ニハ堪ヘラレナイ様ナ人ガ帰国ヲ拒ム。ソレデ余ハ日ト共ニ皮肉ナ観察ヲ下ス様ニナツタ。駄目ダカラ帰サルヽコトヲ知リツヽ態(ママ)裁上帰国ヲ拒ムノデ心ノ中ニハ非常ニ内地ヲ恋シガツテ居ルノダト考ヘル。帰リタクナイト言フノハ一種ノ偽(ママ)瞞トシカ考ヘラレナイ。」(67頁)
二つめには詐病がある。
「内地還送ノ言葉ヲキケバ忽チ安眠シ食欲モ進ム。原隊復帰ヲ言ヒ渡サルヽト其処此処ガ痛ムト言ヒ出ス。」(67頁)
「病院ニ居リ夕刻ニナツテ運動場ニ出デ来ル患者ノ中ニハ十分ニ過激ナル運動ヲナシツヽアルヲ目撃スル。アノ体力デ何故原隊復帰ガ出来ナイノダロウトノ疑問ヲ生ズル。受持看護婦ニ尋ネテ見ルト原隊復帰ト聞クト食欲ガ進マナクナツタリ其処此処ガ工合ガ悪イト言ヒ出スシ中ニハ帰セバ亦直キニ入院ヲシテ来ルカラ病院ヘ置イテアルノダト言フ」(68-69頁)
中には次のような者もいるという。「病院ニ居レバ看護婦ノ顔ガ見ラルヽトイフ極テ軍人ラシカラザル考カラ退院ヲ悦バヌ者モ少クナイ。誠ニ美シキ立派ナル兵士ノ居ル側ニ亦唾棄スベキ兵士モ混在シテル。」(69頁)
更に問題なのが、入院中の生活態度であるという。
「病人トシテ輸送セラルヽ間ニ賭博ヲスルモノモアル。病人トシテ入院中ニ私カニ飲酒スル者モアル。或ハ無断外出ヲシテ売笑婦ノモトヘ通フ例モアル。将校ノ服装ニ換ヘ或ハ背広ニ着換エテ衛兵ヲ胡麻化シ遊興ニ出タ病人ノ例モアル。或ハ病院ヲ脱走シタ例モアル。如此ハ何レモ精神ノ欠陥者ニ相違ナイガ其等ノ兵ノ弁解ハ上官(将校、下士)ガヤルカラ自分達モヤルノダトイフ。是ハ将来大イニ考フベキ問題デ将校下士ナル故ニ勝手ナコトヲナシテヨイトイフ考ヲ改メナケレバ思想ノ悪化ハ防グコトガ困難デアロウ。」(70頁)
このように、一度戦意を失い入院をしている将兵は、再度戦場へ送られることを忌避するだけではなく、軍紀・風紀の弛緩をきたし犯罪行為に出る者もいた。そして、やはりその原因は兵を指揮すべき将校の行為にあると早尾は結論づけている。
(注1) 文中にある「マニー状態」とは「軽躁的状態」のこと。