古代バビロニアとギルガメッシュの関係って?、FGO第七章の前に軽く書いておこう
FGO第七章が始まりますね!舞台は紀元前2566年のバビロニア!
しかし、ちょっと待って欲しい、バビロニアってどこだ?
そもそも、ギルガメッシュってどんな英霊なのか調べてみました!
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古代バビロニアとは?
メソポタミア文明と言われる時代現在のイラク南部にあったのがバビロニア、シュメール人が支配していた土地。
紀元前3500~3100年くらいに都市をバビロニアに建設しウルク文化が花開いた時期。
円筒印章やプラノ・コンヴェクス煉瓦などの発明、紀元前3200年にはウルク古拙文字が開発されている。
紀元前3000年前には銅と錫を混ぜた青銅も開発されているようです。
ギルガメッシュが登場した時代は紀元前2600年頃と言われています。
メソポタミア文明のおおよその場所はこんな感じ トルコやシリア、イラクにエジプト、サウジアラビア、オマーン、イエメンなどの地域、バビロニアはこの南部にあったとされています。
時間や角度に使われる60進法はこの時代に発明されている
現代でも時間や角度は60進法が使われています。
つまり世界最古の数学は60進法だったのかもしれませんね。
意外な部分でメソポタミア文明の知識に触れてしまった感じです。
ギルガメッシュは世界初、物語に描かれた王様
ギルガメッシュはFateでは世界最古の英雄王となっていますが
考古学的に言えば世界最古の王はエンメバラゲシだと言われています。
ギルガメッシュは現在の考古学上でもっとも古い時代の物語に登場した王様なんです。
楔形文字で粘土版に記された『ギルガメシュ叙事詩』の断片が最初に見つかったのは1872年
その物語が書かれた粘土板を見つけた学者は狂喜乱舞したんじゃないかと勝手に思っています。
それくらいの世紀の大発見ですからね。
世界最古の文学、ギルガメッシュの叙事詩は日本語版もあるので詳しい内容が知りたい方は買って読んでみてください。
ギルガメッシュの叙事詩あらすじ
まずはギルガメッシュの設定を紹介します。
ウルク第1王朝の伝説的な王ルガルバンダを父に、女神リマト・ニンスン(英語版)を母に持ち、
シュメールの最高神(天空神)アヌ・主神(大気神)エンリル・水神エアから知恵を授かる。
その体は3分の2が神、3分の1が人間という半神半人であった。シュメール王名表や神話『ギルガメシュとアッガ』では「クラバのエン」と記される
ついでにギルガメッシュの父、ルガルバンダにも叙事詩があるが英雄と言える程、波乱万丈な事はしていない。
堅実にリスクを取らずに王様を目指していく感じですね。
ギルガメッシュは最初から暴君として登場します。
ギルガメッシュの叙事詩は粘土板1~12までがある
- 粘土板1 ギルガメッシュの設定が書かれている、、後半は大気の神、エンリルの妹、アルルがギルガメッシュのライバルにと粘土からエンキドゥを作る。神聖娼婦シャムハトとエンキドゥが出会う。
- 粘土板2 シャムハトはエンキドゥに人間の食物を与えたりと人間らしさを培った。シャムハトに連れられエンキドゥはウルクを訪れる。ギルガメシュとの格闘の後、エンキドゥとギルガメシュは互いの力を認め友だちになる。
- 粘土板3 ギルガメシュは杉を持ち帰るため、杉の森に住む怪物フンババを倒すことをエンキドゥに提案。ギルガメシュは母である女神ニンスンを訪問すると、ニンスンは太陽神シャマシュに2人の加護を祈り、エンキドゥを養子に迎え入れウルクの民は彼らを祝福して送り出す
- 粘土板4 2人は45日分に及ぶ距離(1500㎞)を3日間で歩いた。更に歩き進め森の入口に到着すると、フンババの手下がいて見張りをしていた。それを見たギルガメシュは怖気づくが、エンキドゥとシャマシュの励ましを受け、見張りの者たちと戦う。エンキドゥは呪いの掛かった門に触れて手に思わぬ痛手を負うも、今度はギルガメシュが励まし、2人は森へ入って行く。
- 粘土板5 森の怪物 フンババと戦い勝利、見事と杉の木をゲットする。
- 粘土板6 愛と美の女神イシュタルに求婚されるギルガメッシュ、イシュタルの愛人、ドゥムジの悲惨な末路(身代わり)などを理由に求婚を断る。イシュタルは怒り、父アヌに聖牛グガランナを脅して作らせる。愛と美の女神とはなんだったのか?聖牛グガランナを何とか倒したギルガメッシュとエンキドゥ、怒り狂ったイシュタルの呪いを吐いた、エンキドゥがグガランナの腿を引きちぎりイシュタルを脅して撃退する。その夜、エンキドゥは不吉な夢を見た。その内容をギルガメシュに語り出す。「何故、大神は会議を開いているのか
- 粘土板7 森番フンババと聖牛グガランナを倒したために、2人のうち1人が死なねばならぬとアヌは言った。エンリルはギルガメシュの死を望まず、「エンキドゥが死ぬべきだ」と言った。エンキドゥが死ぬエピソード
- 粘土板8 夜明けの光とともに、ギルガメシュはエンキドゥを哀悼する。ラピスラズリや金で出来た立派な像を作り、紅玉石の入れ物に蜜を詰め、青玉石の入れ物にはバターを詰め、これらを飾った物を奉納した。様々な副葬品を用意してそれらが「彼(エンキドゥ)の傍に行くように…」とシャマシュに祈り、ウルクの民たちと共に手厚く葬儀を行った。
- 粘土板9 ギルガメッシュは荒野を彷徨いながらエンキドゥを失った悲しみで泣いていた。死を恐れたギルガメッシュは永遠の命を手に入れる旅に出た、最果ての地マシュ山に入っていく
- 粘土板10 変わり果てた姿になったギルガメッシュ、永遠の命を手に入れたというウトナビシュテイムを知り会いにいく、死の海を漕ぎ出した。船がウトナピシュティムの島に着くと、ギルガメシュは旅の目的をウトナピシュティムに話した。訳を聞いたウトナピシュティムは、ギルガメシュに「神々に創られし者であるならば、そこに必ず命は定められるのだ」と語る。
- 粘土板11 ギルガメシュは更に教えを請うと、ウトナピシュティムはどのようにして不死を手に入れたか、その秘事を明かし始めた。 ギルガメッシュは若返りの植物「シーブ・イッサヒルアメル」を手に入れるが水浴びの最中に蛇に食べられてしまう、この蛇がfateで言うところの最初に脱皮した蛇。
- 粘土板12 外伝的なストーリー
ギルガメシュ叙事詩から二ケア信条までより
https://blog.goo.ne.jp/0345525onodera/e/120d2df5979b904d314f0ec5d8bab8b8
簡単にまとめると
- 暴君ギルガメッシュがいた、ライバルとして神がエンキドゥを作った、シャムハトがエンキドゥと合う
- ギルガメッシュとエンキドゥが合う
- フンババを倒して杉を手に入れる旅に出る。
- 長い旅の果てに森に到着
- フンババ倒す
- イシュタルに求婚されるも断る、逆恨みでグガランナをけしかけられるも撃退、イシュタルに呪いを吐かれる
- フンババとグガランナを倒したせいでエンキドゥが死ぬ
- エンキドゥのお葬式
- 死を恐れたギルガメッシュは旅に出た、最果ての地マシュ山を超える
- 変わり果てた姿のギルガメッシュは不老不死のウトナビシュテイムの噂を聞き会いにいく
- ウトナビシュテイムから不老不死の秘密を聞き出すも自分には実現できない方法だと知る。若返りの植物「シーブ・イッサヒルアメル」を手に入れるが水浴びの最中に蛇に食べられてしまう
- 外伝
あらすじだけ読んでもギルガメッシュとエンキドゥの友情物語であるのは確かです。
更に言えば神様たちに振り回されていると言ってもいいくらいですね。
ギルガメッシュの叙事詩に登場する、フンババやグガランナは全て神様が作ったものです。
Fateでも神様を嫌っているような感じのギルガメッシュですがある意味なっとくですね。
どうなるFGO第七章、勝手に予想
FGOでは人類史が歪められてしまうわけだけど、どういう風になるのか?
この場合、一番効果的なのはエンキドゥが神聖娼婦シャムハトと出会っていないというパターン
エンキドゥが人型になっておらず、純粋な敵として登場。
イシュタルもギルガメッシュに偏執的に迫るストーカーっぽくなってしまうじゃなかろうか?
フンババやグガランナに加えてイシュタルやエンキドゥが敵になってしまう展開。
更にソロモン王が召喚した魔神柱などが敵として登場するならかなりハードな戦いになんじゃないかな?
他にも召喚される別時代のサーヴァントたちもいる。
こうなると本当にカオスな感じになってきそうです。
まとめ
- バビロニアとはメソポタミア文明の時代にあった、現在のイラク南部
- ギルガメッシュの出典はギルガメッシュの叙事詩
紀元前2600年前って言うと4616年前(2016年現在)だけど意外と文化的な生活してたんだろうな
鉄はなかったけど、青銅はあったみたいだし。
調べてみると既に麦酒は作られていたみたいです。
パンを焼いてそれを発酵させていたみたいです。
おまけ
https://goddess.wakujewelry.com/?page=1445267802
氷川神社の境内より、かなりの事が解ってきました。しかし、肝心なことが問われていません。1.「門客人神社」は誰を祭っているのか?2.なぜバラモン教の影響があるのか?なぜバラモン僧はインドを離れたのか?バラモン教の隆盛期はBC12世紀 からで、この時代にインドを離れる理由とは何か?「門客人神社」は「アラハバキ・荒吐神」と関係があるとされています。客人となった「アラハバキ」とは誰なか?1.2.の疑問は「誰が磐船に乗って来たのか?」のようです。BC15世紀~BC13世紀「磐船」はどこから来たのか?今まで見てきた事柄から、江南・良渚文化、インド、地中海文化圏がぼんやりと見えていますが、時間軸はこのルートを繋ぐのでしょうか?始めましょう。
まず「磐船」と同じ時間軸で現れた「形而下の石・ミミズク土偶」が推理の入り口になるでしょう。頭にある「三個の突起」は生殖表象「チューリップの女神」からの変容を示しています。カプサ文化がレバント地方に出て変容した「生殖表象」です。カプサ文化のイタリア半島ルートは、もう一つの「大地」の表象から「ゴルゴン」が生まれました。それならレバント地方ルートの「大地」の表象はどんな変容をしたのでしょうか。この地方は「生殖」・「大地」両方の表象を併せ持つ「大地母神」が多く語られます。しかし、「生殖表象」が「チューリップの女神」に変容した時には、「大地」の表象は、別に存在したはずです。「チューリップの女神」と「大地母神」を繋ぐ存在が「初期のクババ」であるなら、同じ様な呼名を持つシリア・北メソポタミアの神「フンババ」がどうにも気になります。
(1)フンババ;BC1,700頃を見て下さい。(4)大正11年尖石遺跡で発見された土偶と同じような「頭の芋」があります。つまり、「Chevron(Cheveron仏古語)」を持つ、「石刃」由来の「豊饒の大地神」なのです。(4)の土偶は更に翼、乳房、誇張された女性器、妊娠線など「生殖表象」を併せ持っているので「豊饒の大地の女神=大地母神」になります。(1)フンババの全身はわかりませんが、顔はすべて「一筆書き」になっています。
(4)尖石;宮坂英弌著:画家宮坂春三氏、大正11年尖石遺跡で発見;東京大学理学部研究室所蔵
つまり、シリア・北メソポタミアの「蛇に守られた大地」変容は、「大地」を「蛇」で埋め尽くすことになったようです。「大地を蛇で埋め尽くすといえば、氷川神社の「御神紋」は「円盤石刃=丸い大地」を埋め尽くす蛇です。(6)「Grotta of Porto Bdisco・Italia]の洞窟壁画(BC6,000)に描かれた蛇によく似ています。
(5)氷川神社
(6)「Grotta of Porto Bdisco・Italia]の洞窟壁画(BC6,000)
そういえば、日本にも「ミミズク土偶」と時を同じくして出現した、大きな体を「Chevron(Cheveron仏古語)」で埋め尽くす土偶がありました「中空大土偶」や「超大型土偶」、「合掌土偶」と呼ばれている土偶です。「円盤石刃」のような丸い頭、一本になった眉や「Chevron(Cheveron仏古語)」された口の表現が「ミミズク土偶」と同じ文化を感じさせます。また「合掌」とは、手を合わせることではなくて、「白川郷・合掌造り」の様に、V字の「石刃打欠き痕」・「Chevron(Cheveron仏古語)」を両腕で作ることです。
BC1,500年頃の(2)「フンババ」を遠藤孝秀氏がルーブル美術館で撮影をしています。そして(3)「フンババ」はBC10世紀・新ヒッタイトのレリーフを大英博物館で撮影です。きわめて面白い写真です。(1)フンババ;BC1,700頃は「ミミズク土偶」より以前からの、むしろ「チューリップの女神」に近い時代からの姿だと思います。それが、BC1,700~BC1,500年の間に何があったのでしょうか、見るものを石化させる、「ゴルゴン」と同じ特性を持つ「蛇に守られた大地」の「クババ」が人型の「レバノン杉の番人」にされているのです。もちろん、シュメルの「ギルガメッシュ叙事詩」はBC2,500年頃のものですが、「アッカド語」に書き直されたものはシリア・北メソポタミアがヒッタイト帝國に支配された頃のものだと思います。シュメルではこの地で生まれた、「合成獣(出産の女神の聖獣を合成した獣)」として描かれたはずです。ホルヘ・ルイス・ボルヘスの「前足が獅子、全身に固いうろこ、足は禿鷹の爪、顔には野牛の角、尾と男根は蛇」は全て聖獣の特性で、納得が出来ます。そして、「ギルガメッシュ叙事詩」のなかで「口は火、息は炎」と描写されているのは「荒吐」に通じませんか?なぜ「フンババ」の姿は変ったのか?、それはこの神がこの地を離れる理由にもなります。
http://kusagakubow.livedoor.blog/archives/23086386.html
隠された天皇ニギハヤヒ
https://blog.goo.ne.jp/0345525onodera/e/5ea001d7527271358af976646688bcb6
https://blog.goo.ne.jp/0345525onodera/e/a9322b5be782ee579ca04278f66b3ff1
筆者は落合(井口)莞爾の純心を深く愛して、その史観設計に取り組む努力に多大の敬意を表するも共振は得られない。なぜ落合を引き合いに出すかというと、善くも悪くも、落合ほどの大仕事を成し得た生き証人はおらず、ニギリ・ホテン・トバシの渦中で純心を失わず、自ら稼ぎ出す多額資金に溺れず、歴史の焼き直しに献身的努力を怠らないからである。
惜しむらくは最高学府に巣くう性癖を拭いきれず、思考回路が構造不全のまま情知が先んじるため、実証現場の意を整えきれず、共時性を伴う統一場を形成できない。
しかし筆者は井口に期待している。人の本能的属性は純心を失わなければ、必ず瞬時の閃きによって覚醒したうえ、積み上げた素養が役立つ時が必ず訪れよう。それが純心の本義だからである。落合が誤る還元論を改めたとき、筆者も井口と場の共時性を保ちながら意の共振状態を形成するに違いないと期待している。
本稿では落合説を根幹から揺るがす因子の不全を時に指摘するかもしれないが、現行下の状況では落合説の誤謬を質す次元ではない。
さて、大江山系シャーマニズムの留意点であるが、出口家また大本教幹部の編む史料も所詮はオカルトロマンであり、落合説も含め密教を解くような文法では、迷路を彷徨う仮説を重ねるしかあるまい。
●大江山系シャーマニズムとは
大江山系霊媒衆がなにゆえに近代に出現したのか。その要諦を禊祓(みそぎ・はらい)すれば、役行者は時空の伝道師であって、その託宣は上古の代に使い古された言質を繰り返して、場の非時性を訴えるだけの求道にすぎないことが分かる。
つまり、新開を啓くものなどは何もなく古語を新語に置き換えて、単なる時代的徒花にも均しい亜流の増殖を拡散させるだけの存在にすぎないと言わざるをえない。
落合が解読した『吉薗周蔵手記』は労作であり、生ける屍が政官業言に跳梁していく近現代史を描いており、大江山系シャーマニズムを解く仮説では出色の著作と言えよう。
むろん、詮ない個人情報には限界があり歴史の真事に通じないが、大江山系シャーマニズムの問題提起としては、他に類例のない設計パーツを揃えていると評価することができる。
大江山系シャーマニズムの本質は、本筋を外した亜流であるところにあり、政策に綾なす徒花として咲きほころぶ現象にすぎない。
光格天皇の神変大菩薩は純血皇統に立脚する聖地(結界)に根ざすのだが、亜流の大江山系霊媒衆は混血の統御に立脚するため、更地(俗界)を紡いで繕う版図(ロードマップ)に重点を注ぐことになる。
人類文明最古の皇紀暦を刻む日本史が何ゆえもっとも遅れて記紀を編んだのか。それは人類の知を剌激して已まない問題であるが、捉え方を誤ると、記紀も単なる物語でしかなくなる。
つまり、大江山系シャーマニズムのような亜流は須佐之男命(すさのおのみこと)を尊崇するが、スサノオは総じて神話の主役であり、ワンワールドを企んで勇躍するコスモボリタンたちが奉ずる似非の神に共通する。
記紀がスサノオを主神とするのではなく、そのスサノオを窄(たしな)める天照大神を中心に定めるのは深い理由あってのことであり、最古を刻む皇紀暦が記紀編纂を遅らせた理由でもある。