[図表]スワローズの捕手達_2010(←別窓で開きます) に登場する選手の略歴をまとめてみました。
NPBのHPとWikipedia、書籍が主な情報源です。
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◆ちなみに、セリーグ各球団捕手を年齢順に一覧化したこんな表もあります。
2010年セリーグ在籍の捕手達(←別窓で開きます)
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【目次】12球団の捕手達(2010年終了時点)(←リンク先の記事に移動します)
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【目次】12球団の捕手達(←リンク先の記事に移動します)
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※【 】内数字は現在の背番号。他球団に移籍した選手は【移】、引退した選手は【引】と記載しました。
【引】古田 敦也(1965年8月6日生)1990ヤクルト~2007
・1989年 ドラフト2位
・1軍初出場は1990年。この年から106試合に出場し、ゴールデングラブ賞も受賞。
翌1991年は打率.340を記録し、首位打者になっている。
・1992年はオールスターでMVPを獲得。この年も打率.316を記録し、攻守にわたる活躍で、
チームをリーグ優勝に導いている。翌1993年は日本一に。
・1994年は負傷による長期離脱となり、76試合の出場にとどまっている。
・1995年、1997年は日本シリーズを制覇。
・1998年は通算1000試合出場を達成。この年に選手会会長にも就任している。
・1999年はふたたび打率.302を達成。2000年は盗塁阻止率.630を記録するも、チームは4位に終わる。
2001年は打率.324を記録し、チームもリーグ優勝を果たしている。2002~2004年も多数の試合に出場。・2005年は故障により戦線を離脱したこともあり、試合出場数は96試合にとどまった。
同年オフ、若松監督の退任にともない、選手権監督に就任。
・2006年はチームはリーグ3位の成績。捕手として出場したのは21試合だった。
2007年、チームの成績不振の責任をとって引退を発表。この年の出場試合数は6試合だった。
・退団後は、コメンテーターや解説者として活躍。
【引】小野 公誠(1974年7月11日生)1997ヤクルト~2008
・1996年ドラフト4位
・1軍初出場は1997年。
・2004年までは、古田選手の控え捕手として役割を果たす。
・2005年、古田選手の故障もあり、自己最多の54試合に出場。
しかし2006年は故障により、1試合の出場にとどまる。翌2007年は捕手としての試合出場は
なかった(1塁手として4試合に出場)。
・2008年に引退を発表。最終打席で本塁打を放った。
・引退後はスワローズのスコアラーに就任。
【移】米野 智人(1982年1月21日生)2000ヤクルト,2010西武~
・1999年ドラフト3位
・1軍初出場は2001年
・2005年までは、低打率、リードの不安定さもあり出場機会が少なかった。
翌2006年には打撃面の成長もあり、115試合に出場している。
・2007年、2008年は打力のある福川選手にスタメンマスクを譲ることも多く、川本選手の台頭もあって
二人に次ぐチーム3番目の出場にとどまった。
・2009年は相川選手の入団もあり、出場試合数は8試合のみと、厳しい状況に置かれた。
・2010年シーズン中に、山岸穣投手との交換トレードでライオンズに移籍。
【37】福川 将和(1976年12月29日生)2002ヤクルト~
・2001年ドラフト5巡目
・1軍初出場は2003年。
・2006年は長打力をアピールし、スタメン定着を目指すが、打率の低さや守備面の課題もあり、
米野選手に次ぐ出場試合数にとどまった。
・2007年はグライシンガー投手とのバッテリーで躍進。
しかし後半は故障等もあり、川本選手との併用起用となった。
・2008年は正捕手として105試合に出場。.400とリーグトップの盗塁阻止率を記録したが、
守備率・打率の低さは課題として残った。
・2009年は、相川選手の入団により試合出場数は激減。自身の故障もあり、試合出場数は11試合に
とどまった。
・2010年の出場試合数は、代打出場を含めても15試合であった。
【28】川本 良平(1982年4月28日生)2005ヤクルト~
・2004年ドラフト4巡目
・1軍初出場は2007年。
7月7日に初出場初スタメン、初本塁打を放ち、リードでは完封リレーに貢献した。
この年は最終的に51試合に出場している。
・2008年前半は3割という高打率もあり、正捕手として有力視されたが、捕球ミスなどで定着
しきれず、福川選手との併用となった。
・2009年は、この年から入団した相川選手が正捕手として起用されるが、控え捕手としての役割
を果たし、特にシーズン終盤では打撃でもチームの勝利に貢献した。
・2010年も2番手捕手として25試合、代打出場も含めると42試合に出場している。
【38】衣川 篤史(1981年3月20日生)2007ヤクルト~
・2006年大学生・社会人ドラフト4巡目
・1軍初出場は2008年
・2007年は2軍の正捕手として定着し、打率.274、本塁打5の成績を残している。
・2008年は福川選手の負傷により1軍に登録され、初安打を放つが、右肘の故障のため1軍定着は
果たせなかった。
翌2009年はシーズン終盤に1軍に昇格。CSでもベンチ入りするが新型インフルエンザにかかり、
チームに貢献は出来なかった。
・2010年は途中出場も含めると13試合に出場。
【 2】相川 亮二(1976年7月11日生)1995横浜,2009ヤクルト~
・1994年ドラフト5位
・1軍初出場は1999年
・2000年、2001年は正捕手の谷繁選手の控え、代打で活躍した。
2002年は谷繁選手の移籍により正捕手候補として期待されたが、同時にドラゴンズから
移籍してきた中村武志選手がレギュラーとなる。
・2004年は中村選手の不調により102試合に出場。この年、五輪代表にも選出されている。
・2005年には全試合でスタメン出場。翌2006年はWBC日本代表に選出される。
・2007年は高打率も残すが、2008年は故障の為、若手捕手に出場機会を譲ることも多く、
出場試合数は101試合にとどまった。
・2008年オフ、FA宣言してメジャーリーグを目指すが、契約にはいたらず、スワローズへの
入団が決定した。
・2009年は正捕手として122試合に出場。
盗塁阻止率はリーグトップの.400を残し、チームの勝利に貢献した。
・2010年も正捕手として120試合に出場。リード面ではリーグ2位となる3.85を残し、一方の打撃面でも
本塁打11本、打率.293とチームに貢献した。
【52】中村 悠平(1990年6月17日生)2009ヤクルト~
・2008年ドラフト3位
・1軍初出場は2009年。
・相川選手の負傷、登録抹消に伴い1軍に登録される。出場した3試合の計10回2/3イニングは無失点。
安打は打てなかったものの、盗塁阻止も記録している。
・2010年の出場試合数は途中出場も含めると3試合。この年、インターコンチネンタルカップの日本代表
に選出された。
【32】新田 玄気(1982年08月22生)2009ヤクルト~
・2008年ドラフト5位
・1軍初出場は2010年。対ベイスターズ戦9回裏に代打で出場し、プロ入り後初ヒットの二塁打を
放った。
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長いです。古田選手の分は大分端折ったんですが。
今年は球団ごとに写真記事も作ってリンク貼りたいです。出来れば…
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※【 】内数字は現在の背番号。他球団に移籍した選手は【移】、引退した選手は【引】と記載しました。
【引】古田 敦也(1965年8月6日生)1990ヤクルト~2007
・1989年 ドラフト2位
・1軍初出場は1990年。この年から106試合に出場し、ゴールデングラブ賞も受賞。
翌1991年は打率.340を記録し、首位打者になっている。
・1992年はオールスターでMVPを獲得。この年も打率.316を記録し、攻守にわたる活躍で、
チームをリーグ優勝に導いている。翌1993年は日本一に。
・1994年は負傷による長期離脱となり、76試合の出場にとどまっている。
・1995年、1997年は日本シリーズを制覇。
・1998年は通算1000試合出場を達成。この年に選手会会長にも就任している。
・1999年はふたたび打率.302を達成。2000年は盗塁阻止率.630を記録するも、チームは4位に終わる。
2001年は打率.324を記録し、チームもリーグ優勝を果たしている。2002~2004年も多数の試合に出場。・2005年は故障により戦線を離脱したこともあり、試合出場数は96試合にとどまった。
同年オフ、若松監督の退任にともない、選手権監督に就任。
・2006年はチームはリーグ3位の成績。捕手として出場したのは21試合だった。
2007年、チームの成績不振の責任をとって引退を発表。この年の出場試合数は6試合だった。
・退団後は、コメンテーターや解説者として活躍。
【引】小野 公誠(1974年7月11日生)1997ヤクルト~2008
・1996年ドラフト4位
・1軍初出場は1997年。
・2004年までは、古田選手の控え捕手として役割を果たす。
・2005年、古田選手の故障もあり、自己最多の54試合に出場。
しかし2006年は故障により、1試合の出場にとどまる。翌2007年は捕手としての試合出場は
なかった(1塁手として4試合に出場)。
・2008年に引退を発表。最終打席で本塁打を放った。
・引退後はスワローズのスコアラーに就任。
【移】米野 智人(1982年1月21日生)2000ヤクルト,2010西武~
・1999年ドラフト3位
・1軍初出場は2001年
・2005年までは、低打率、リードの不安定さもあり出場機会が少なかった。
翌2006年には打撃面の成長もあり、115試合に出場している。
・2007年、2008年は打力のある福川選手にスタメンマスクを譲ることも多く、川本選手の台頭もあって
二人に次ぐチーム3番目の出場にとどまった。
・2009年は相川選手の入団もあり、出場試合数は8試合のみと、厳しい状況に置かれた。
・2010年シーズン中に、山岸穣投手との交換トレードでライオンズに移籍。
【37】福川 将和(1976年12月29日生)2002ヤクルト~
・2001年ドラフト5巡目
・1軍初出場は2003年。
・2006年は長打力をアピールし、スタメン定着を目指すが、打率の低さや守備面の課題もあり、
米野選手に次ぐ出場試合数にとどまった。
・2007年はグライシンガー投手とのバッテリーで躍進。
しかし後半は故障等もあり、川本選手との併用起用となった。
・2008年は正捕手として105試合に出場。.400とリーグトップの盗塁阻止率を記録したが、
守備率・打率の低さは課題として残った。
・2009年は、相川選手の入団により試合出場数は激減。自身の故障もあり、試合出場数は11試合に
とどまった。
・2010年の出場試合数は、代打出場を含めても15試合であった。
【28】川本 良平(1982年4月28日生)2005ヤクルト~
・2004年ドラフト4巡目
・1軍初出場は2007年。
7月7日に初出場初スタメン、初本塁打を放ち、リードでは完封リレーに貢献した。
この年は最終的に51試合に出場している。
・2008年前半は3割という高打率もあり、正捕手として有力視されたが、捕球ミスなどで定着
しきれず、福川選手との併用となった。
・2009年は、この年から入団した相川選手が正捕手として起用されるが、控え捕手としての役割
を果たし、特にシーズン終盤では打撃でもチームの勝利に貢献した。
・2010年も2番手捕手として25試合、代打出場も含めると42試合に出場している。
【38】衣川 篤史(1981年3月20日生)2007ヤクルト~
・2006年大学生・社会人ドラフト4巡目
・1軍初出場は2008年
・2007年は2軍の正捕手として定着し、打率.274、本塁打5の成績を残している。
・2008年は福川選手の負傷により1軍に登録され、初安打を放つが、右肘の故障のため1軍定着は
果たせなかった。
翌2009年はシーズン終盤に1軍に昇格。CSでもベンチ入りするが新型インフルエンザにかかり、
チームに貢献は出来なかった。
・2010年は途中出場も含めると13試合に出場。
【 2】相川 亮二(1976年7月11日生)1995横浜,2009ヤクルト~
・1994年ドラフト5位
・1軍初出場は1999年
・2000年、2001年は正捕手の谷繁選手の控え、代打で活躍した。
2002年は谷繁選手の移籍により正捕手候補として期待されたが、同時にドラゴンズから
移籍してきた中村武志選手がレギュラーとなる。
・2004年は中村選手の不調により102試合に出場。この年、五輪代表にも選出されている。
・2005年には全試合でスタメン出場。翌2006年はWBC日本代表に選出される。
・2007年は高打率も残すが、2008年は故障の為、若手捕手に出場機会を譲ることも多く、
出場試合数は101試合にとどまった。
・2008年オフ、FA宣言してメジャーリーグを目指すが、契約にはいたらず、スワローズへの
入団が決定した。
・2009年は正捕手として122試合に出場。
盗塁阻止率はリーグトップの.400を残し、チームの勝利に貢献した。
・2010年も正捕手として120試合に出場。リード面ではリーグ2位となる3.85を残し、一方の打撃面でも
本塁打11本、打率.293とチームに貢献した。
【52】中村 悠平(1990年6月17日生)2009ヤクルト~
・2008年ドラフト3位
・1軍初出場は2009年。
・相川選手の負傷、登録抹消に伴い1軍に登録される。出場した3試合の計10回2/3イニングは無失点。
安打は打てなかったものの、盗塁阻止も記録している。
・2010年の出場試合数は途中出場も含めると3試合。この年、インターコンチネンタルカップの日本代表
に選出された。
【32】新田 玄気(1982年08月22生)2009ヤクルト~
・2008年ドラフト5位
・1軍初出場は2010年。対ベイスターズ戦9回裏に代打で出場し、プロ入り後初ヒットの二塁打を
放った。
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