バイクタクシーだった。
プノンペンの空港を出ると、ワァーっと
バイクタクシー運転手が群がってきて、
「乗っていってくれ」と、
カンボジア語、英語、日本語でワァーっと言ってくる。。。。
太川店長は、その中から
「英語」「日本語」が話せる運転手をひとり、
「カンボジア語」しか話すことの出来ない運転手をひとり選んで、
「一日いくらで」と交渉し、カンボジア滞在中、彼らと共に移動をすることとなった。
食事代なども日本円にすると
大した金額にはならないため、
彼らにもご馳走しながら、移動を共にするうちに
いろいろな話を聞くのだった。
「カンボジア語」
「英語」
「日本語」
のトリリンガルの彼は、
「大家族を自分一人で養っていかなければならない。」という。
「今の英語力、日本語力ではお客様獲得には不十分、もっと上手になって
お客様をたくさん獲得して家族を養う必要がある。だから、だから、語学学校へ通いたいんだ!
しかし、語学学校へ通うためにもお金が必要なんだ!」と熱弁する。
恵之助は思わずお金を差し出しそうになると、
太川店長は「やめておけ、助。キリがない。それに、営業トークのひとつだ。気にするな。」と。
それ以降、運転手がこの類の営業トークをすることはなかった。
つづく。