小説西寺物語 48話 空海従六位文章博士に復活、妻椿御前従六位に 鯖街道・小説鯖街道⑤完
嵯峨天皇は空海の新妻椿と母親の松を中納言従三位藤原忠克に引き合わようと侍女に忠克と松をここにお連れしなさいと命じていた。侍女は二組に別れて忠克の座敷と松が働いているという神護寺の台所に向った。忠克は同じ宿坊もみじ亭にいるのですぐに天皇の玉の間で天皇と拝謁していた。一方の松を探していた侍女は台所で松姫はどこにいるかと同じ若狭高浜、小浜から手伝いに来ている約80名の魚師の女性たちに聞くが、突然、若くてきらびやかな侍女が台所に入って来たので全員目を丸くしていた。
その女性の一人に、
「松姫はどこに居られます」
と聞くが、その聞かれた女性も周りの女性も顔を横に振っている。そこで僧侶を見つけて事情を話したところどうやら椿の母親の松と分かった。侍女は松に再度空海大僧正さまの正妻の椿姫さまの母上かと確認したが、松は、
「正妻?、椿はたしかに空海さまのお世話係りですが…」
これを聞いた侍女は松を神護寺の別室に案内して椿の教育係りの元侍女とともに松の着ている木綿の着物を剥ぎ取るようにして裸にしていた。そして松の絹の着物に着替えさせながらも別の侍女は松の髪を結、化粧をしていた。
松はあれよあれよというまに着せ替えられて侍女は松に、
「今から天皇に拝謁しますが、まず、玉の間に私が先に入りますから松姫は私について来てください。私が止まった場所にそのままお座りになって手をついて頭を下げたままにして下さい。すると天皇が、「松、おもてを上げよ」とおっしゃいますから、その時に頭を上げて天皇を見て下さい。さらに天皇がニ、三質問をされますが、それに正直に答えて下さい。分からない時は私がすぐ後ろに控えていますから安心して下さい」
一方の忠克は先に天皇から査問を受けていた。天皇は忠克に、
「若狭国に赴任している折に梅という侍女に忠克の子を宿らせたのは事実か?」
「はい、梅は私の子供を産むために若狭高浜に帰り無事娘を産んだという知らせで私が梅の娘なら松だと命名しました。その後、長岡京から平安京への遷都が急遽決まり私は長岡京に帰らされました。それから5年後に平安京に遷都され私の屋敷が決まり梅を愛妾として都に迎えようと準備していましたが、梅から都へは行けないという返事がありそのままにしていました」
「そか、それなら松を忠克の子と認めるが、本日のこの大法要の主催者の空海の正妻の椿は忠克の孫姫だということを知っているのか?」
忠克は天皇の予期せぬ質問に右側守敏の次に座っている空海を見た。そして左側伊呂具の次に座っている椿を見たが、二人して忠克に深々と頭を下げている。そして椿に、
「孫姫ということは松の娘になるのか…そういえば梅に良く似ているが、母の松は元気か?」
その時に侍女に連れられて松姫が玉の間に入り、松は侍女の合図で忠克の左横に座り頭を深々と下げていた。椿は侍女の後ろの豪華な着物を着た女性がまさか母とは思えず2度見をしていた。天皇が松に、
「松…おもてを上げなさい」
と、同時に松の後ろに控えていた侍女が松のお尻を指で突いた、それと同時に顔を上げると松にすれば色白で派手な衣装を着た男が座っているしか見えない、その色白男が、
「松は若狭高浜の梅の娘に間違いはないのか?」
「はい、梅の一人娘の松になります」
「そか、では松の父親は梅から誰と聞いている?」
「はい、都のお役人さまと昔に聞いたことがあります」
「そか、そちの隣にいる中納言従三位藤原忠克が松の父親になる」
松は恐恐隣に座っている男を見るが、まだ、もう一つ意味が呑み込めず忠克に軽く頭を下げていた。それよりなにより椿は松の変身に驚き、松は椿が竜宮城のお姫さまの様な変身ぶりに驚き二人は顔を見合わせてこの場の父娘の涙の対面の美談など考えずに母娘と衣装や化粧のことを思い切り朝まで語り合いたいと思っていた。しかし、この話しを隣の座敷で聞いていた皇后や左大臣、右大臣の正妻などは涙なしでは語れない朝廷の美談として話がまたまた膨らみ都の町衆までこの椿母娘の物語に涙していた。
こうして空海の神護寺再興大法要というより空海と椿の結婚披露宴は大成功してからは高雄神護寺のもみじ狩りが皇族や貴族まで大流行して宿坊もみじ亭は紅葉ばかりか月見の宴、雪見の宴まで予約が殺到していた。また神護寺前の鯖街道も東北や北陸からの商人の荷車が昼夜の区別なく都へ年貢や物資を運ぶ国の大動脈となり、橋の掛け替えや峠の整備なども朝廷から金がでるようになったが、そうなればさらに鯖街道は通行量が増えて旅人が神護寺の長い階段を上がらずとも神護寺にお参り出来るお堂と茶店を清滝川をまたぐ高雄橋の街道脇に建てていた。お堂では「同行二人道中安全」のお守りが売られていたが、これは空海が同行して旅の安全を守るという意味として椿が発案したもので、これが京の都を代表するお土産になり茶店、宿坊もみじ亭の儲けとともにこれらの資金で空海は全国から弟子1000名を大募集していた。
一方、娘と孫との奇跡と涙の対面をした中納言従三位藤原忠克は朝廷にこの二人を貴族としての官位の申請書を書いていた。朝廷の慣習では貴族の妻は夫より2階級下の官位、子は3階級下になる。忠克は従三位だから松は正五位で椿は正五位藤原松の子で3階級下の従六位になる。この松の正五位は中級貴族の最高位で位階米(給金)も現在の貨幣価値では1億円になり正五位では200坪程度の屋敷を構えて家来、侍女など約30~50名が雇用できる位階米になる。
高級貴族は従四位からで位階米も跳ね上がり約3億円。さらに1階級上がる度に倍々に増え従三位の忠克は約12億円だが、中納言という役職手当で約20億円にもなる。高級貴族にもなると私兵の武士団を500名ほどを雇い自分と家族の身を守らなくてはならないための資金としての必要性が位階米にあるために莫大な金になっていた。ただこれらの私兵はしばし貴族と貴族の権力争いにも使われていた。(薬子の変、応仁の乱)
この二人への官位申請書を書いてはいるが、この貴族からの申請書を決済する役目が中納言の仕事にもなり自分の娘と孫の官位を申請者本人が決済するのはなにかと誤解を生むと忠克は嵯峨天皇に決済を願った。天皇は忠克に、
「それは、分かったが、私は忠克の娘の松に正五位藤原若狭御前、椿には従六位藤原椿御前と命名したいが忠克はどう思う?」
「それは誠に有り難くございます。しかし、空海の正妻が官位従六位で空海が無位ではと若狭御前も椿御前も案じていますが?」
「ささ、それだが、こないだの大法要で比叡山の最澄が私にぼやいていたが…」
と天皇は忠克に胸の内を語っていた。
もみじ亭での宴会では天皇が空海に謝意を表すためになにかの褒美を授けることは朝廷内では常識でそれは空海の官営東寺官主内定の取り消しを解除して再び東寺の官主に内定して従六位の貴族に復活することだったが、これを最澄に告げると最澄は、
「いや~それが、私の高弟5人組が官営東寺の官主は比叡山仏教から出すもので空海は一度私から破門されてその破門は解かれたもののもはや空海は神護寺が本山で比叡山仏教とは仏教上の敵対関係になる。もし、空海が官営東寺の官主に内定するならば僧兵1000名を再び組織して空海を討つとして今回の大法要ても貴賓客として空海から招待されていたが、5人組は空海に抗議するために無断で欠席している」
そこで松尾神社の酒公が、
「比叡山が僧兵を組織すれば奈良仏教も対抗上同じ数だけ僧兵を組織することになる。それに空海も武器を持ち防衛しなければならない。そうなれば三者が偶発的にでも衝突すればどちらも引くに引けなくなり都は宗教戦争の煽りを受けて火の海になる可能性があるが…」
天皇は、
「そか、比叡山はそんなに荒れているのか?最澄」
「はい、世の中が平和になりますと緊張感がなくなり、人間本来が生まれながらに持っている、妬みや嫉妬が湧いてくるようです。朝廷もかなりの間平和が続いていますからここらで緊張感を持たなくてはなりません」
「そか、それで最澄はこの後、比叡山に帰るのか?」
その最澄の返事を待たずして稲荷神社の伊呂具は、
「最澄が山に帰れば二度と下りては来られないと思うので山に帰らない方が良い。反逆した高弟というが、比叡山に最澄のような指導者がいなくなるとさらに権力争いが起こり僧兵の組織どころか内部崩壊が起こり自滅する。それまで最澄はゆっくり京見物でもしたら?」
そこで酒公が、
「空海夫婦が10日ほど新婚生活をした広隆寺の貴賓室が空いているので使ったら?」
酒公のこの一言で最澄はこの法要に付いてきた僧侶5人とともに広隆寺に入ることになり、空海の官営東寺の内定は一時保留されていた。
この話を忠克に一通り話した後に天皇は忠克に、
「そなたの孫の椿御前の夫の空海に官位を与えるいい方法はないのか?忠克!」
「ささ、それなら空海は都一の筆の達人と聞いていますが、丁度、文章博士の従六位菅原義春が高齢のために文章博士引退の願いが私に届いていますが、その義春の後釜に空海を採用すれば比叡山の坊主どもも文句のつけようがありません」
「そか、忠克でかした。それなら空海を従六位文章博士に任命する」
こうして空海と従六位椿御前夫婦は夫婦揃って貴族になったが、この夫婦の貴族としての位階米は年5000万円にもなりその金のすべても弟子1000人募集の資金となった。一方の比叡山では伊呂具が予想した通りに内部崩壊が起こり比叡山で修行している約500名の僧侶の内200人が山を下りて最澄が籠もる広隆寺に駆け込んできたが、広隆寺は比叡山の幹部を批判して山を追われた僧侶の駆け込み寺となっていた。
🦊鯖街道⑤完 小説西寺物語49話に続きます。⛩️
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