このページの画像は、故あって表示されませんが、
連続性を担保する意味合いからも、そのままで公開し、
別途、新しく作り直すことにしました。
同じ内容ですが、画像はその限りではありません。
新たなページは、
(以下、本文)
現在、地球上には絶滅の危機に瀕して
いる野生動物が数多くいますが、様々な
理由によって、自然保護や生物の保全と
いった「種の保存」に関する環境が
整わないのが現状のように感じています。
絶えず変化・変動し変遷し続ける環境下
にあるのが生物種や生態系が持つ宿命で
あるとはいっても、
ここ数世紀の間における人類が及ぼす
強大なる影響力は「神」でなくとも危険
な領域を侵していると判断せざるをえない
状況下にあって、「何とかせねば」
と気ばかりがあせるだけでなにもできない
のが現状なのですが ・・・
しかしながら、すでに、そのことを、
500年前に察知していたのが、他ならぬ
レオナルド・ダ・ヴィンチだったのです。
また何を、
唐突に言い始めるのかと訝(いぶか)る
向きもあろうかとは思いますが、
要は、「継承」及び「後継者」の
資質(使命感)の問題なのです。
とは言っても、
ダ・ヴィンチが問題にしたのは地球
の「管理者」として「神」なるもの
から人間に付与されていた使命(責務)
とその人間たちを監視し、管理・監督
しようとするカトリックなる組織による
弊害(悪害)を対象にしていたのです。
現代風には グローバリストたちの集団
や闇の政府とされるディープ・ステート
(国家内国家)なる存在ですかね
なんだか「陰謀論」臭いですが ・・・
自然保護や生物保全が思うに任せない
理由に 政治的な意図や経済的側面から
の問題があることは言うに及びませんが
半面においては、
「種の保存」、それ自体の是非が
問われるような事態の発生があります。
端的に言えば、
絶滅が自然の摂理にもかかわらず
絶滅することさえ許されない生物たち
の形而上学的問題です。
絶滅の危機にある動物を安全な環境
のもとで保護繁殖させたり、生体組織や
精子・卵子の冷凍保存、さらに保存した
標本から多能性幹細胞を人工的に作り
出すIPS細胞やゲノム編集などの技術
を駆使して、絶滅の淵に追いやられた
動物や過去に絶滅してしまった動物、
たとえば、恐竜やマンモス・・・
果ては、ネアンデルタール人に
ネアンデルタール人 出典:webry.info
至るまでの「復活・再生」を虎視
眈々と目論むプロジェクトさえも
始動しているとのことですが
こうした絶滅回避のための科学は、
同時に復活に関する哲学、言わば
形而上の問題を孕んでいるわけで、
ひとたび「動植物」が絶滅すれば、
取り返しがつかないことは自明ですが、
最先端の技術を使って、あの手この手
で復活させた場合、それは本来的な
「種」と本質的に同じものであると、
果たして、
言い切ることが出来るのでしょうか
この「種」なる概念の元となるのが
旧約聖書『創世記』での記述です。
第1章で述べられている
『創造の日』 出典:blog.goo.ne.jp
「創造の六日間」において、
「種」(種類)にしたがって、動植物が
創造されたと繰り返し綴られています。
海の動物と空を飛ぶ鳥の創造について
は、それぞれ1回ずつで、家畜や野の獣、
地を這うものに関しては、何と繰り返して
5回も綴られ、植物に関しても、3回 ・・・
つまり、
親の形質が遺伝される動植物に関して
合計で10回も「種」(種類)にしたがって
創造されたとしています。
そして、「産めよ、増えよ」と祝福し、
同じ本質をもつものが代々子孫を増やす、
即ち、種類にしたがって繁殖することが
(管理者の側にいる)人間を含めて重要
であるとしているわけですが、
「産めよ、増えよ」では無尽蔵に
増殖するだけ増殖してしまうわけで、
ホモ・エレクトス 出典:webry.info
そこには、
適度に制御(バランス・コントロール)
する術(すべ)が必要になります。
その意味では絶滅という非常事態も
大本となる「種」の消滅でなければ
許される範疇の事件(出来事)であり、
その目安が「地に満ちよ」であって、
それが許容量としてのリミット(限界)
ということなのかもしれません
要するに、
本質的な遺伝情報にしたがって、
それらを維持・継承しながらも、
決して リミット・オーバーをしない
ような繁殖を繰り返す環境を「神」
なるものは「後継者」たちに対して
求めていたというわけですね
「神」なるものからすれば、遺伝子
の改変(遺伝子組み換えやゲノム編集
及び外来性の遺伝子導入技術など)は
言語道断なる所業であって、断じて
許されない行為(悪行)かもしれないし、
ひょっとすると、
IPS細胞(人工多能性幹細胞)にしても
快く思っていないのかもしれません
そもそも人間という「種」そのものが
地球にとって嫌われ者の外来種
だと考えるようなダ・ヴィンチですから
言わずもがなのことですが ・・・
意味不明の方は、
『ダ・ヴィンチの罠 外来種』
を参照してみてください。
さて、前回の
『ダ・ヴィンチの罠 救世主』
の続きに話題を戻せば、
イエスではなく、洗礼者聖ヨハネ
こそが、ダ・ヴィンチにとってのキリスト
(救世主)であるとはどういうことなのか
それはイエスを否定するものではなく、
本来、洗礼者ヨハネの「後継者」
となるべき人物こそがイエスであったと
いうことです。
四福音書で 最初に執筆されたのは
『マルコの福音書』で、マタイとルカ
の福音書は『マルコの福音書』を
下敷きに編纂されたと考えられています。
『Q資料解説図 』 Wikipedia
ですがマタイとルカによる福音書には
『マルコの福音書』以外の資料も
使われていました。
それが『Q資料』とされるものです。
『三福音書(占有率)解説図 』
『Q資料』とは、
『マタイの福音書』及び『ルカの福音書』
の執筆の際に、両福音書に共通の源泉と
なったと考えられるイエスの言葉資料で
あり、仮説上の資料ではあるのですが、
この中でイエスは、洗礼者ヨハネ
が「メシア」だと述べているそうです。
実に驚きの内容ですが ・・・
であるからこそ、イエスはヨハネから
洗礼を授かったわけで、当時のユダヤの
人たちは洗礼を施したヨハネをイエス
よりも上位に見て、より高位に置いていた
ことは疑う余地のない事実のようです。
『キリストの洗礼』 ヴェロッキオ工房作
だからと言って、
ダ・ヴィンチの思うキリスト(救世主)が
洗礼者ヨハネであると言い切るには、
もう一歩二歩も踏み込んだエビデンス
(証拠)が必要になります。。
ダ・ヴィンチが『Q資料』を知っていた
わけもなく 幼少期に彼が洞窟の中で見た
「幻」に現れた半人半魚(半神人)
の「オアンネス」を洗礼者ヨハネ
だと思い込んだからに他なりませんが・・・
言い換えれば、
「オアンネス」が洗礼者ヨハネと
してダ・ヴィンチの「幻」に現れたという
ことだったのかもしれませんね
この辺りの内容については、
『ダ・ヴィンチの罠 天邪鬼』
『ダ・ヴィンチの罠 半神人』
などを参考にしてください。
それでは、さらに
一歩二歩、踏み込んで考えてみましょう。
1947年以降に次々に発見されることに
なる『死海文書』(死海写本)には、
『死海写本』Wikipedia
「二人の救世主」なる言葉が
綴られている文書があるそうです。
ひとりは「アロンのメシア」と
呼ばれていて、もうひとりの救世主は
第一洞窟から見つかったイザヤ書の第二写本
「イスラエルのメシア」と
呼ばれています。
解釈は種々様々にあって、一説では
「アロンのメシア」は、クムラン
教団の末裔から出現し、もうひとりの
「イスラエルのメシア」の方
は、なんと日本人であるというトンデモ
な話まで聞かれるありさまです
そりゃあ、すげえ話とは思うけど・・・
諸説紛々ある中の都市伝説だよな。
まったく
「とんだヨタ話だぜ」
ところで、
ダ・ヴィンチの絵画のほとんどは宗教画
(キリスト教絵画)であって、他は肖像画と
される一部の作品と、
『音楽家の肖像』(1485年頃)
ギリシャ神話に因む『レダと白鳥』や
『レダと白鳥』チェザーレ・ダ・セスト模写
幾何学的な着想(黄金比)が誘発される
『ウィトルウィウス的人体図』、
『ウィトルウィウス的人体図』(1487年頃)
あるいはまた、
壁画『アンギアーリの戦い』と
いった一見、何の脈絡もないような単発の
作品があるだけですが、
『アンギアーリの戦い』ルーベンス模写
これらはすべて「罠」につながる重要
なる方程式を「解」くための「変数」と
なり得るものなのです。
宗教画にしても、ダ・ヴィンチは旧約聖書
の物語をまったく描いていないだけでなく、
『聖ヒエロニムス』(1480-1482年頃)
新約聖書にしても荒野で苦闘・苦悶する
『聖ヒエロニムス』を除けば、
聖家族(主に聖母子と聖アンナ)及び
洗礼者聖ヨハネに関する事柄のみ
が対象であり、他は眼中はおろか、意識
にすら上らなかったようなのです。
『洗礼者聖ヨハネ』 1513-1516年
「罠」の核心にして人類の通史で
もある『最後の晩餐』以外は ・・・
ダ・ヴィンチの宗教画(キリスト教絵画)
に描かれる人物は第一義的にはすべて
『新約聖書』に登場する人物ですが、
それを以って、
ダ・ヴィンチが『旧約聖書』の物語
に無関心だとするのは余りに早計です。
第一義的とは『旧約聖書』に登場
する人物たちも構図や配置上において
出演を期待されている何者かのメタファ
として投影されていたり兼任されている
からに他ならならず、
むしろ ダ・ヴィンチは『旧約聖書』
の方を重視していて 『新約聖書』は
後世、弟子たちによって捏造編纂された
眉唾なる文書だと看破していたのです。
つまり、
『新約聖書』の記述には何ら信頼
に足る材料もなければ、信用に値する
根拠にも欠けると感じていたわけです。
その『新約聖書』に、ファリサイ派
とサドカイ派の記述は見つかるものの、
それらと並んで当時、主要なグループ
(一派)であったエッセネ派についての
記載が一片のかけらも見つからないと
いうことは洗礼者ヨハネとイエス
がエッセネ派に属していたか関係する
グループ内にいたものと推察されます。
そして当時、民衆に人気だったのは
エッセネ派で、彼らはこの世界に終末
が訪れると考え、メシアによる救済
を待ち望んでいたわけです。
さらに、
彼らは 自らを新たなる契約の民と
称し、この世界の終わりに浄化されて
携挙されるイスラエル(ユダヤ)の
選民であると固く信じていました。
畢竟、
待望されていた「二人のメシア」の
出現はエッセネ派にとっての宿願であり、
成就されなくてはならない「預言」でも
あったわけです。
ひとりは聖別される大祭司アロンの
子孫として、そして、もうひとりは聖別
されたダビデ王の子孫として ・・・
つまり、
アロンの子孫である洗礼者ヨハネ
は預言者にして膏(あぶら)注がれた
待望の「アロンのメシア」であり、
その洗礼者ヨハネから授けられた
洗礼の御力によりイエスがイスラエル
(ユダヤ)の王にしてダビデ王の再来と
しての「イスラエルのメシア」
であるという筋書き(シナリオ)だったと
思われるわけです。
ところが、
『洗礼者ヨハネの斬首』 カラヴァッジョ1608年
洗礼者ヨハネは、イスラエル領主
ヘロデ・アンティパスに捕らえられ投獄
の末にサロメの奸言で斬首となります。
「サロメ』 ベルナルディーノ・ルイーニ
狂ったシナリオのゆえにイエスは
洗礼者ヨハネの「後継者」として、
またダビデ王の再来するメシアとして、
ロバに乗ってエルサレムに入城
するのです。
その姿を見た多くのユダヤの民衆は
道に上着や枝を敷き、主に遣わされた
メシア(ユダヤの王)の到来を歓喜の
声で迎えたといいますが ・・・
来たるべき未来への道を整えるべく
咆哮し続ける洗礼者聖ヨハネの
「後継者」を自認していたイエス
は『旧約聖書』にある預言に従い、
「シオンの娘よ、大いに喜べ、
エルサレムの娘よ、喜び叫べ、
見よ、あなたの王があなたの
もとに来られる。
この方は正しい方で、救いを
賜り、柔和でロバに乗られる。
雌ロバの子である子ロバに」
(ゼカリヤ書9章9節)
こうしてイエスはダビデ王の再来と
してロバにまたがり、エルサレム神殿
の東門から颯爽と入城したわけです。
(マルコの福音書11章)
(マタイの福音書21章)
(ルカの福音書19章)
(ヨハネの福音書12章)
この後に起こった出来事については、
皆さんの知るところの話でしょうが、
次回では師弟関係にあったとされる
洗礼者ヨハネとイエスの目指す
方向性の違いが招いた悲劇と骨肉の
裏切りをテーマに、
「裏切ったのはユダではない」
『サルバトール・ムンディ(救世主)』
わたしなのだ !!
いや !!
わたしの方だ !!
ええっ、どういうこと ・・・
というわけで、さらなる推理と考察を
深めてみたいと考えています。
サブ・タイトルを付けるとすれば、
葛藤と軋轢の果てに ・・・ かなぁ
何じゃ、なんじゃ、
「やけに勿体ぶるのぅ」
そだねー!
ふむ。
何々。
むむ !!
… to be continue !!
『サルバドール・ダリの騙し絵』
『Christ of Saint John of the Cross』
『十字架の聖ヨハネのキリスト』
サルバドール・ダリ
十字架のヨハネと洗礼者ヨハネは別人です。
なんだか、
縺(もつ)れるだけ縺れさせているように
しか思えないんですけど ・・・
出典:blog.livedoor.jp この要領ですね。
・・・ って、おいおい、