後世において色々と論じられる「謎」に満ちた絵画
(壁画)は他にはないでしょう。
「万能の天才」がゆえの気まぐれなのか、彼には、
未完とされる作品が非常に多く、数少ない完成品のひとつ
とされるこの壁画も、例外ではなく完全に描き終えていない
のでは … と訝(いぶか)られる始末です
なにしろ、ダ・ヴィンチを今風に紹介すれば、彼は科学者
であり、芸術家であり、音楽家であり、舞台演出家であり、
発明家であり、デザイナーであり、エッセイストであり …
さらに医者というか、解剖学者でもあり、なんにでも挑戦
する「経験の弟子=ダ・ヴィンチ」は彼のキャッチコピーで
あって実践こそが彼のメイン・スタンスだったのでしょう
ダ・ヴィンチが何を意図して、どんな暗号を絵画のなかに
秘めたのかをあれこれ詮索しても余り意味はありません。
というのも、何が面白いのか … って、
予測がつかないことほどワクワクするものはありません。
彼自身でも想像がつき難いほどの展開が未来の世界で
ドタバタ劇を演じてくれるのならば、それに優(まさ)る喜び
が稀代のペテン師にして詐欺的なミステリーの仕掛け人と
してのダ・ヴィンチにあるのでしょうか
それこそが彼の仕掛けた罠であり、観た者が観たままに
感じて、そこにその人なりの「謎」をみつけてトラップに
嵌ってくれればそれで満足なわけです。
当時の壁画で通常に用いられていたフレスコ画法(壁面
に漆喰を塗り、乾かないうちに不透明の水溶液の顔料で絵
を定着させる技法)ではなく、油彩とテンペラ(顔料を卵白と
混合させる)技法によって 『最後の晩餐』を描いた
のには特筆すべき理由があったのではないでしょうか
フレスコ画法は、漆喰に絵の具が染み込むので定着性が
高いのですが、制作には時間的な制約があって漆喰が乾く
までに仕上げなくてはなりませんが …
時間的な制約のない油彩やテンペラでは、絵の具の塗り
重ねや重厚な質感などの描写力に優れ、より完成度の
高い作品が期待される半面で、絵の具の剥離など定着性
に難があり、クオリティ・リスクの大きい技法なわけです。
それにもかかわらず、ダ・ヴィンチがミラノのドメニコ教会
のパトロン、ロドヴィコ・スフォルツァの注文により 描かれた
『最後の晩餐』は発注を受けたのが1495年で完成が
1498年2月ということで、遅筆で有名な彼にしては異例
のスピードで仕上げられているのです。
テンペラという描き急ぐ必要性のない技法を用いながらに
しては、疑問と言うほかはありません。
当時の記録に、彼は日の出から日没まで描き続けたかと
思うと、数日間手をつけず、時には数時間以上、ただじっと
、作品を眺めていたり、別の仕事現場から突然やってきて、
わずかに筆を加えてみたかと思うと、また突然去って行って
しまったそうで … それはテンペラ画法を採用していたから
こそ可能であった逸話ですが、そこに何か特別な想い
でもあったのでしょうか
案の定、完成後まもなく絵の具の剥離や色落ちが見られ
始めるわけで、制作後数十年で剥離が相当に酷くなり遜色
の度合いは甚だしいと、ダ・ヴィンチの没後(半世紀程のち)
のイタリアの美術史家ヴァザーリは記述しています。
その後、幾度か修復が行なわれていますが、いい加減な
修復のためオリジナルとは異なって描かれた部分も
いくつかあるような気がしてなりません むぅぅ
と、いうよりも、むしろ、そう仕向けたと言った方が正しい
のかもしれませんが …
さらに、
第二次大戦では爆撃で建物の多くが破壊されるも、壁画
は奇跡的に損傷を免れますが、その後、3年間屋根のない
まま風雨にさらされるなど、その保存は極めて劣悪な状態
にありました。
16世紀~19世紀に行なわれた度重なる欠落部分の補筆
や加筆によって、ダ・ヴィンチがおよそ3年の歳月をかけて
完成させた壁画の原型は、もはや想像に頼る以外
には真の姿を知ることはできない状況なのです
そのため、この傑作は制作当時の面影をわずかに残す
のみの状態で、近年になって大々的な修復(洗浄)作業が
行なわれ、1999年に漸(ようや)く終了したのでした。
この時には和紙が役立ったようで、洗浄により、イエスの
口が開いていたこと、魚料理(うなぎ等)が並んでいたこと、
タペストリーが掛かっていたなどの新事実が判明しました。
これらを元にNHKがCGで復元したのが下の画像
ですが …
このシモン・ペトロ(ペテロ)と使徒ヨハネ
の耳打ちが難問を解くカギとなります。
使徒ヨハネは、マグダラのマリア では
ないか、と巷で噂される人物ですが …
まずは、その前に、
バルトロマイ 小ヤコブ アンデレ ユダ ペテロ ヨハネ イエス トマス 大ヤコブ フィリポ マタイ タダイ シモン
CGでの復元当初にはペテロが握ったナイフの下にグラス
があったのですが、その後なぜか消えてしまうという「謎」
のミステリーとアンデレとユダの間に置かれた大皿の上の
魚料理(グリルうなぎのオレンジスライス添え)が肉料理
に変えられるという加工・修正…がなされるのです
(魚の切り身の盛り合わせ もも肉のローストへ)
あくまで個人的見解であって根拠はありませんが
不自然なかたちで握られているナイフとその下にある
グラスと皿の上の料理に注目してください。
ねっ、修復前にはあったはずのグラスが消されて料理も
変わっている感じがするでしょう
NHK復元CG版
そもそも『最後の晩餐』は未完成だったのでは …
という疑いもさることながら、500年もの間の損傷や汚れで、
晩餐のメインディッシュがどんな料理であったのか
も判然としませんでしたが、くすんでいて識別できなかった
取り皿の上に魚の切り身が、また大皿には何尾かの魚が
盛られているのが判り、前述のように、それがグリルうなぎ
のオレンジスライス添えであったことが判明したのですが、
イエスと弟子たちとの最後の晩餐は“過ぎ越しの祭り”を
行なおうとする直前の夕食と取るのが自然で、一般的には
子羊などの料理がテーブルに並ぶのが普通ですし、パンも
平べったいかたちの「種なしパン」でなければいけないよう
なのですが、それにしてもNHKの復元画像ではうなぎとは
ほど遠いものに見えますね
ちなみに、
「イエス」・「キリスト」・「神の」・「子」・「救世主」をあらわす
ギリシャ語の頭文字をつづり合わせると、「ΙΧΘΥΣ」と
なり さかなを意味する「イクトゥス」と同音になります。
何かそうしたしたことさえも、ダ・ヴィンチはイメージをして
想像(妄想)を逞しくしていた気がしてならないのです
つまり、「ひとり悦に入る」というやつです。
先に、
ダ・ヴィンチの意図や暗号を詮索することは余り
意味がないと申しましたが、推理することに価値が
ないとは言っていません。
仮に、
現実世界での出来事として、ダ・ヴィンチの想像を遥かに
超えるかたちで「謎」がさらなる「謎」を呼ぶという展開
になっているとしましょう。
… であるならば、なおさらにこそ、
せっせと種蒔きをする人や、水をやり肥やしをかける人
よりも、結果的に収穫(謎)を刈り取る人の方が価値
(収益)や悦(よろこ)びを得ることができるわけです
もちろん一番望ましいことは、それが同じ人間であれば、
なお結構なのですが、世の中とは不条理極まりないところ
でなにごとにも偏重するベクトルが働く世界なのです
ですから、
ダ・ヴィンチがどんな種(暗号)を蒔いた(仕掛けた)のか
をあれこれと詮索するのは、専門のWebサイトに
お任せするとして、『最初で最後のモナリザ』
のなかで5号が予告したように、1号さんの推理構想を
リメイクするエントリーを次回にお送りする予定でいます。
http://sun.ap.teacup.com/japan-aid/397.html(参照)
ダ・ヴィンチについて言えば、初めて彼の自画像を見た
時の「怖っ」という印象は5号と同じですが、個人的
な趣味や好みの点からは、苦手な部類に属すると言った
彼の意見とは違い、大いに興味を抱かせる人物です。
自分ですら、拙(つたな)い文面にトラップを仕掛けたり、
暗号をフレーズ内に散りばめてみたり、幾通りにも解釈が
できるように文脈を構成したりすることがあるというのに、
ましてや ダ・ヴィンチならば、いわずもがなのトリックが
あちらこちらに仕掛けられているとしても不思議ではなく、
単に聖書に書かれている「主の晩餐」の一場面を
切り取ったとする2次元の絵画の世界から 3次元空間を
通り越して4次元世界にまで時空を広げた奥行きと時間
の流れを感じさせる描写で時間(とき)を誘導し操作する
試みに挑戦したパノラマ・タイムやパラレルワールド的な
壁画であるとの解釈が1号さんの推理の骨子であって、
ダ・ヴィンチの超絶的テクニックをそこに見た思いがする
と結んでいたのですが、何を思ったのか そのほとんど
の文章を本人自らが消し去ってしまったのです
果たして、
消去された1号さんの労作にどこまで報いることが
できるのかわかりませんが、リメイクを買って出たのは、
一読した際のハッっとした閃(ひらめ)きです。
その瞬間に、
拙稿『裏切り者ユダの福音書』のなかで
伝えたかった内容に通底する思いがダ・ヴィンチ自身にも
あったのではないか、というインスピレーションが
脳髄から身体を駆け抜けて行ったというわけです
あらたに発見・解読された『ユダの福音書』
http://sun.ap.teacup.com/japan-aid/378.html(参照)
さて、
ワインが注がれた13個のグラスが1つ減って12個になり
、一部の皿の魚料理が肉料理(子羊の料理)に修正された
裏には、一体どんな意図や思惑があったのか
ダ・ヴィンチの与り知らぬところで暗躍する謎の数々 …
13人の人物がいてグラスが12個ということは …
とっ、透明人間 !!!
そんなアホな、消えたのはワインの入ったグラスですよ
それに透明人間2号ならば、ここにいますけど …
えっ、見えない!! そっか、トウメイだもんね。
はてさて、この壁画を、どうしても
『☆☆の晩餐』としてトドメておきたい一団と
『〇〇の宴』ではないかと訝(いぶか)る人との
“せめぎ合い”は、この世界(地球)が続く限り
「永遠の謎」として語り継がれる
ことになるのでしょうか
『最後の晩餐』の予備知識として下記の動画を
見ておくと次回の内容が理解しやすいかもしれません。
但し、それが、
1号さんの推理と同じだとの誤解のなきように …
また、
最後の件(くだり)は、トンデモ系のニオイがプンプンの
荒唐無稽なオチだとしてご理解ください
http://www.youtube.com/watch?v=TYIPUdGz9wY
もちろん、この「名画の謎」は、それほど単純な
話ではありませんから ・・・ むむぅ …
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