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透明人間たちのひとりごと

ダ・ヴィンチの罠 相転移(改)

 「相転移」、まさに、そんなブログの引っ越し作業の結果、

100を超える記事の画像が表示できなくなり、非公開としました。

記憶を呼び起こしつつ、漸次、復活・再生させるつもりですが、

正直、皆目見当のつかない画像も多々あります。

ダ・ヴィンチの罠 相転移 - 透明人間たちのひとりごと

ダ・ヴィンチの罠 相転移 - 透明人間たちのひとりごと

このページの画像は、故あって表示されませんが、連続性を担保する意味合いからも、そのままで公開し、別途、新しく作り直すことにしました。同じ内容ですが、画像はその限...

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 『ダ・ヴィンチの罠 相転移』

 上記のように、連続性を維持することは、このシリーズの

重要なファクターですので、時間がかかっても復活・再生を

果たさなければならないのですが、これが最初の1作目です。

 さてと、それでは、ここからが、

『ダ・ヴィンチの罠 相転移(改)』

 の記事になります。

 (以下、本文)

 

 問題は金額の多寡ではなく、その精神にあると思われた
のが、某、元東京都知事の政治資金、私的流用疑惑
(公金横領・虚偽申請)でした。

 政治資金の流用によって自らの資産を増やすという
何ともさもしい行為に、その精神の卑しさ、汚さ、貧しさが
如実に顕れているというわけですが ・・・

 ダ・ヴィンチの言う貧乏人には、こういう人物も含まれる
のでしょうねnose7

 「私を軽蔑するな。 私は貧乏ではないからな。
  やたらに沢山のものを欲しがる者こそ貧乏なのだ」

          (レオナルド・ダ・ヴィンチ)

 同様に、

 タックスヘイブン(租税回避地)に関する問題でも
「パナマ文書」に名を連ねるような人々は税金逃れと
いう卑しくもさもしい行為を行なっていたわけで、拝金病
に蝕まれた精神的な堕落には、ダ・ヴィンチの失望
にも似た悲痛な嘆きが聞こえて来るようです。


 ところが、一方では、


   ダ・ヴィンチが書いた鏡文字

 鏡文字にせよ、隠し絵や騙し絵の類にしても、



 反転や鏡像を駆使したミラーイメージでも、
誰もが容易にその内容を知ることが可能となる時代 ・・・




 言わば、



 現代に至るまでの時間(とき)の流れを経て、漸(ようや)く


      画像元:tel.co.jp

 手にすることのできるテクノロジー(技術)があって、


        画像元:tel.co.jp

 初めて「罠」の本質が透けて見えてくるわけで、

 古今東西の如何なる名探偵をもってしても時代
の要請がない限り解くことが不可能だったと思われる


 謎が『ダ・ヴィンチの罠』なのです。



 もちろん、かの有名なシャーロック・ホームズや
ワトソン氏をしても、それは然(しか)りでしょう



 拝金主義が蔓延するこの時代になって、仕掛けた
「罠」の封印が計らずも解かれることになる皮肉を

  

 ダ・ヴィンチ自身はどのように思っているのでしょうかquestion2



 ところで、

 「罠」の封印が解かれるに従って、物理的法則の
色彩がなぜか色濃く現れてきます。

 ビッグバンやブラックホールなどの用語を
ダ・ヴィンチは当然のことに知る由もありません。

 
       出典:ameblo.jp

 ただ、それらと同じような作用をもたらす物理的な現象の
存在を想定していたということであって、

     
     出典:xn-29sob.net

 具体的な計算などによる理論的なものではなく、あくまで
そうした現象が過去に作用し、未来においては反作用する
というインスピレーションが働いていたのです。

   
      出典:xn-29sob.net

 「ブラックホール同士が衝突を繰り返すと、小さい方が
大きい方に飲み込まれて、巨大なブラックホールが形成
されます。  そうして次第に巨大化したブラックホールが
さらに超巨大化して、やがては宇宙の全部を飲み込んで
しまい、この宇宙は消えなくなります」

   

 「一旦は消滅しますがその反動(反作用または反現象)
として、また新たなビッグバン(逆噴射)が起こり、宇宙は
再復活を果たします」

 
      出典:blogs.yahoo.co.jp

 ダ・ヴィンチが受けた天啓は、こうしたビッグバン
の真逆(反現象)としてのビッグクランチとは違い、


        ビッグクランチ理論

 再生可能なビッグバウンスの方に近いのですが、


             ビッグバウンス www.imart.co.jp

 宇宙は膨張から収縮に向かい、ビッグクランチを

経て、超高密度特異点から再びビッグバン(中央)

を迎え、膨張と収縮を反復する宇宙を創造する。

 要は、

 異空間や別宇宙への逆向きのビッグバンであると

     
       出典:mixi.jp

 いう点がホワイトホールを連想させます。


           出典:blogs.yahoo.co.jp


 例えて言えば、

 そんなイメージをもったヒラメキだったのです。

 そのことを表現しようとして試行錯誤したデッサンが
『聖アンナと聖母子と幼児聖ヨハネ』 で、

 ダ・ヴィンチが生涯にわたり手もとに置いて離さずにいた

 『聖アンナと聖母子』    『モナ・リザ』     『洗礼者聖ヨハネ』

 3枚の油彩画のなかでは最大のサイズとなる



 『聖アンナと聖母子』の下絵となった作品です。

 しかしながら、

 この宇宙規模のチャレンジは下絵の段階で一時中断した
か、あるいは仕上げる途中で身の危険を感じて、やむなく
廃棄したか、上塗りして描き直したものと思われます。

 というのも、

 『ダ・ヴィンチの罠 聖と邪』にも書きましたが、

 1517年に、フランソワ1世のもとを訪問したアラゴン家の
ルイジ・ダラゴーナ枢機卿が帰途にクルーの館を訪れた際
に、秘書のアントニオ・デ・ベアーティスが「3枚の絵を見た」
という証言を残しているのです。

 彼の記録では、聖母マリアと幼児イエスが「聖アンナの膝
の中にいる」と記されていて、油彩画の構図とは異なること
から、別の下絵か、最初のデッサンではないかとする見方
もありますが、見間違いや勘違いの可能性もあります。

 しかし、そこにはまったく別の絵画があったという可能性
を排除することも当然のことに出来ないわけです。

 1519年5月2日、レオナルド・ダ・ヴィンチはクルーの館で
その生涯を終えるのですが、アントニオ・デ・ベアーティス
が彼の死の2年前に見たという聖アンナの膝の中に

 「聖母マリアと幼児イエスがいた」とは、

 一体どんな目的で何を訴えようとした絵画だったのか
 
 たとえば、

 それは、このようなタッチのデッサン画だったのか



 それとも、こんな感じの油彩画だったのでしょうか



 今はただ、想像をめぐらすことしか出来ませんが ・・・

 ダ・ヴィンチの結論は、

 「自分自身も含めて、我々が存在すると認識している
 この世界のすべての事象は、自分が見ることによって
 自分仕様のものに変化する」 というものです。

 つまり、

 あなたと私や彼と彼女が見ている世界は、厳密には
それぞれに少しずつ違って見えているということです。

 おそらくは、ダ・ヴィンチが描こうとしていた世界は
究極の「永遠なる無限の世界」です。

 2枚の鏡を使えば、なんなく「無限の世界」が
作り出せるように反転の反転(再反転 right ネガポジ)
のループのなかに永遠なる無限が見い出せると
ダ・ヴィンチは考えたのでした。

 彼の残した日記や手稿の数々に鏡文字が使われて
いるのも、「罠」のトリックとして鏡絵や反転に
よるネガポジ的なミラーイメージが多用されるのも、
そうした理由によるものですが、

 
     matome.naver.jp

 それは裏を返せば、創造主たる「神」の存在
を完全に否定することになります。

   

 なぜならば、

 永遠の彼方から無限の彼方へのループには『聖書』
に記されたような「神」の存在も「サタン」の介在
も不要で、全く意味のないものになってしまうからです。

 要は、

 『聖書』は、ありえない話だということになるわけです。

 ミクロ(極小)の過去は永遠の彼方にあって、
 マクロ(極大)な未来も無限の彼方に続いて
 いるわけで、それ自体は同じものです。

 同じ物質が、その物質のおかれた環境(温度や圧力)に
応じて、物質の形態(様態)が変わることを「相転移」
(相転位)といいますが、

  ※ 例:(氷から水、そして水蒸気へと変化すること)

 「相転移」を繰り返すことで物質はリフレッシュされ、
無限にループ right ルネサンス(再生・復活)すると
ダ・ヴィンチは考えていたのです。

 自然界のあらゆる事象は人間が観察するという
行為によって、千変万化し、誰も見ていない時には
「ある」けど「ない」のです。

 要するに、

 人間の意識の集合が、この世界を創造しているわけで、
そこには「神」の存在もなければ「悪魔」の
介在もないということです。

 だから見える人には見えて、見えない人にはいくら説明
を尽くしても見えないのです

 いえ、なに、つまり、そのぉ、「物質世界」での話と
『ダ・ヴィンチの罠』におけるトリックですがase2

 さて、

 symbol2 それを踏まえたうえでの解説です。

『聖アンナと聖母子と幼児聖ヨハネ』では



 リスクヘッジとして、「神」や「サタン」の否定から

 

「人類創世の謎」へと、その「罠」の方向性
を変えて勝負することにしたのです。



 そして、

 ルーブル美術館所蔵の『聖アンナと聖母子』
は、『最後の晩餐』の「罠」の封印を解く
ためのドラゴンレーダーの基盤(ベース)とすべく


   ドラゴンレーダー (プロトタイプ)

 いくつもの伏線を配置した太陽系モデルまたは
銀河系モデルとして描き直されたのですが ・・・


太陽系(銀河系) 地球(太陽系) 他の惑星(他の恒星)



 それは、また後日の解説といたします。

 次回では、



 ウロボロスの口であり、尻尾でもある「特異点」
としての「無」の状態、

 すなわち、固定された物質的な存在などはなく、すべては
変化して実体のない状態としてのカオスを表現した
『東方三博士の礼拝』に残されたいくつか
の「謎」に迫ってみたいと思っていますpeace
 

 「自分の尻尾に咬みつくような
  ウロボロスって、どうなのよ!」

「イヌのおまわりみたいな芸なのか」

 

 「咬んでるんじゃなくて、
   飲み込もうとしているんですよ」


 「ほんと、バカだねぇ」

 

「バカはアンタですョ !!」


 … to be continued !!

 

コメント一覧

小吉
人間の認知には限界があるので人間には「ありのままの世界すべて」を知ることはできない。というテーゼがあって、じゃあ仮にAIが進化したらどうなるのだろうというのが最近思うことです。

でもAIが認知した姿(あるいは理)を人間が認知したらそれはすなわち「人間が認知できる領域の事柄」なのであってやはりそれは「世界のすべて」ではないような気がする。

あるいは、「世界」というものが「在って」それを各々の人間が認知するので多種多様は世界が存在するともいえなくもないけれど、まあなんだか思考がループしそうなのでここらへんでやめておきます。
aidman
マジ草ですか!? 励みになります!
kikokikonoriko19888888
面白いね!(^^!

草、、、バカは私です?
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