もう20年も前の話だ。
大学1年生の頃、大学に行く道でSonyのウォークマンで爆音で聴いていたDragon Ash「fantasista(ファンタジスタ)」。
体内を駆け巡る若さのはけ口を求めていた。
おそらく、あるご依頼者様は僕がDragon Ashを爆音で聴いていた割とその近くで、DJとして活動していて、毎日レコードが入ったトランクをゴロゴロ転がして過ごしていたそうだ。
また、別のご依頼者様は、関西で一番の最高学府で学問に没頭していたはず。
大人しく上品な顔立ちとは裏腹に高校ではフェルマーの最終定理などにはまりまくったそうだ。
また東北のある別のご依頼者様はこの同時期、一族のプレッシャーに負けず学問と格闘し、医学の道を勝ち取り、生命の神秘に触れていたはずだ。
皆、頭が良すぎて感受性が豊か過ぎたがゆえに生の激しさを消化できず悶々としながら、しかし一方で物凄く強く内面に秘めた自信とともに、青春の日々を過ごしていた。
それから約20年経ち、彼女たちと私とは、依頼者と提供者として巡り合い、運命を共にすることとなった。
精子提供ボランティア活動。
この活動は本当に正解か分からない。
活動開始から10年は超えたが、真価はこれから露呈する。
赤ちゃんだった子たちも皆大きくなっている。
恐怖も伴うが、一提供者としてはこの活動を通して生み出された幸福の方が圧倒的に大きく広いと信じている。