歯科技工管理学研究

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歯科技工士・岩澤 毅

第一報 低歯科技工料の何故?-法律と構造問題-

2006年12月20日 | 日本歯科技工学会雑誌
vol.27 No.2 Dec.2006
第27巻 第2号 平成18年12月

第28回学術大会事後抄録

低歯科技工料金脱却への科学的論証
第一報 低歯科技工料の何故?-法律と構造問題-

Scientific proof to low cost getting rid of dental technology charges.
The first report. Why of low dental technology charges? - A law and the issue of structure-


岩澤 毅(いわさわ つよし)* 加藤雅司(かとう まさし) 中込敏男(なかごみ としお) 大畠一成(おおはた かずなり) 大岡博英(おおおか ひろひで) 牧野 新(まきの しん)

*秋田県歯科技工士会
東京都歯科技工士会

A.目的

 多くの歯科技工士の願いであり懸案に長年に亘る慢性的な経済困窮問題の解決がある.困窮状況を表す例として委託歯科技工料金が30年以上前と比較し現在の方が安価になっていることが多く垣間見られる現実と,長時間労働低賃金を原因とする若年層歯科技工士の高い離職率があげられる.これらを単なる過当競争と捉えたり,保険制度の問題と捉えて来たが,その認識は正しいのであろうか?
 私たちは業界に横たわる保険制度や世代間において現状に対する認識の差が大きくあり複雑に見える諸問題を整理し明瞭な分析をおこない,歯科界が共有すべきコンセンサス作りを試みたい.正確な分析を行えなければ病気で言えば正しい処方箋を出せずに誤った治療を施し続け,業界の健全性の回復が手遅れになってしまうからだ.

B.考察

 1.法律と経済構造からの分析

 歯科技工士全体から言えば8割ともそれ以上とも言われる比率で社会保険歯科診療により給付される範囲の歯科技工をおこなっていると言われる.それ故長年保険制度自体を問題の本質と捉え解決策をそこに求めてきた.そもそもその出発点は正しかったのか?我々は制度を作る法律の側面と,市場経済としての歯科補綴物流通の経済構造の側面から分析をおこなった.

 2.保険点数のおおむね7割は歯科技工士のものか?

 保険と自費と言う分類が歯科技工士には耳慣れた言葉として存在する.『保険の仕事だから安く,自費だから保険より高く取れる』このような日常の会話に潜む思い込みは,健康保険制度にあたかも歯科技工士が組み込まれているとの認識の存在をしめすものである.昭和63年に出された大臣告示通則5のいわゆる「7:3」を分配拘束論と捉え,保険点数の中で歯科技工士がおおむね7割の取り分があるという考えがいまだに歯科技工業界では「定説」となっている感がある.運動論の経緯から我々に7割の権利があると言う恣意的解釈をすることにこれまで技工業界では大きな声で異を唱えることもなく来た.しかし健康保険法は支払先を同法76条「保険医療機関または保険薬局」と明記している.健康保険法では歯科技工士に支払う義務も歯科技工士の請求権も認めていない.残念ながら法律体系を理解しないままに技工業界の中では根拠なき誤った解釈を固定化してきたことは否めない事実であろう.

 3.保険点数のおおむね7割しか取れないのか?

 一方歯科技工士法は歯科技工に保険と自費という分類をしていない.この観点からも歯科技工所は制度的にも健康保険制度内に存在せず,歯科技工物には保険も自費も区別無く自由経済として,二つが法的には区分される根拠がないことを知らねばならない.保険技工と言うものが法的に存在していない中,パラのクラウンだから7割しか取れない,あるいは保険点数内でしか取れない理由すら存在しないのが法律の意味するところである.

 4.低技工料金は保険制度でなく補綴物流通の構造問題

 保険制度内に存在しない歯科技工士が保険点数に縛られているように考えるのは見誤りと明言せざるを得ない.しかしこの見誤りは歯科技工士の共同幻想を形成しあたかも真実のように技工士の思考を呪縛し業界のスタンダードとさえなっている.保険制度と無関係な自費と言われる技工物でさえその実勢価格は旧来から変わらない.つまり末端価格が保険制度により,決められているかの誤解を疑うことなく,それを前提として問題解決を図ろうとしたことが,構造問題と言う本質を見抜けず改善が進まない原因のひとつと言わざるを得ない.国民・患者から閉鎖的故不透明なため,絶えず安い技工料金が生き残るこの構造は歯科技工が正しく評価されない構造であることに他ならない.本質的解決策は歯科の業界構造を歯科技工士の技術を適正に評価される透明性の高い構造に変えることで患者の不利益を生む構造の改革に着手しなければならない.さもなければ歯科技工の正当な評価はあり得ない.

C.結果

 この歯科技工物の製造原価から適正な売価設定ができないからくりは,経済学的には既に論証されている.依頼人(患者)に不利益を起こすエージェンシー問題に起因する.補綴物に係わる情報を歯科医師が窓口として一切を知る立場にあり,患者は素人故知る由もない.実はこの情報格差が悪くても安いものを選択するアドバースセレクション(逆選択)を起こす.これは不健全市場の形成を意味し原価計算からの売価設定を困難とする.歯科医療が国民の信頼を得るためにも,歯科技工士は法律の正しい解釈と,経済学上のエージェンシー問題を知ることから新たな対策が見えてくる.従来とは一線を画した処方箋が書かれることになる.

日本歯科技工学会雑誌 第27巻 第2号

発行平成18年12月20日
発行者 阪 秀樹
編集 日本歯科技工学会

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