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『日本歯技』9月号特集
杉岡範明新会長就任インタビュー
~新体制となった日技の未来へのビジョン~
信条は「初心・感謝・思いやり」
―― まずは読者の皆さんに自己紹介をいただけますか。
杉岡会長(以下、杉岡) 私は昭和30年生まれで、現在59歳です。これまで日技の副会長を2期務めていました。所属する北海道歯科技工士会では現在、会長を4期務めています。
私は、高校を卒業した後、どうしてもなりたい職業があったのですが、結局、自分の努力が足りなくて3年間浪人していました。その時に母親から「歯科技工士という職業があるけど、そっちに進んでみたら」と勧められて、当時は歯科技工士という仕事も全く知りませんでしたし、歯が何本あるのかも知らないほどでしたが、たまたま見た教育雑誌で現在の岩手医科大学医療専門学校を知り、この道に進むことにしました。
当時は、長い浪人生活で親に負担をかけたことを申し訳なく感じていましたし、高校時代の同級生はあと1年で大学を卒業するという状況でしたので、自分の人生に失望していました。もしあの時、歯科技工士という職業に出会わなかったら、本当に大変なことになっていたのではないかと思います。
歯科技工士学校卒業後は、同校で7年間、教員を務めました。教員をしていると卒業生から仕事のことでいろいろな相談をされるのですが、自分は教員として「頑張れ」としか言えませんでした。外で働いた経験がない自分が「頑張れ」ということに次第に疑問を感じるようになり、これでは自分自身も向上しないという思いもあって、地元の北海道に戻り、平成元年に同窓の妻と歯科技工所を開業し、現在に至っています。
「歯科技工所を開業しながら、なぜ時間を割いてまで歯科技工士会の会務にも携わっているのか」ということをよく聞かれるのですが、今お話ししたように、自分はこの仕事に出会えて本当に助けられたと思っているのです。だからこそ、自分ができるうちに、この業界の環境を少しでも良くして次の世代に渡したいと思っています。そんな想いで会務を続けてきました。
―― 教員時代の教え子の皆さんは、現在各地で中堅・責任世代としてご活躍と思いますが、現在のお付き合いはいかがですか。
杉岡 25歳で教員になりましたので、学生と年齢が近いこともあり、「共に学び、共に遊ぶ」をモットーに、夜の10時ごろまで補習や歯型彫刻をしたこともあります。また、東北旅行や岩手山の登山、三陸海岸での海水浴、八幡平のスキーなど、年中一緒に楽しんでいました。今振り返っても楽しい思い出ばかりです。
今でも当時の教え子が北海道に来ると寄ってくれますし、著名な歯科技工士として活躍している者もおり、私の人生の大切な一時です。
―― 信条といいますか、生きる上で拠り所としているものはありますか。
杉岡 今年は50歳代最後の年になりましたので、それなりに様々な経験をしてきました。そこで気付いたことは、一人の人間として、やはり「何ごとにも最善を尽くすこと」が大切だということです。
人は、とかく損得を判断して行動する弱いところがありますが、大切なことは、何ごとにも最善を尽くすことだと思っています。自分自身にいかなる不利益や圧力があっても、やるべきことはやるという信念を持たなければ、人としての信頼を得ることはできません。
また、社会人としては、「初心を忘れないこと」、「支えて貰っていることに感謝すること」、「人を思いやること」の三つを信条としています。社会の中で、人は一人では生きていけません。この世に生を受け生きた証として、1つでも社会のためになることをしたいと思っていますので、そのために、この3つの信条を心に刻み生きてきました。
―― 「尊敬する人」と言ってしまっては硬くなりますが、興味のある人、生きる上で参考にした先人などがいましたら教えてください。
杉岡 根が単純なので、自分に無い物を持っている人は皆さん私にとっては「尊敬する人」です。本を読んでも、映画を見ても先人の偉大さには感動しますし、自分もそうなりたいと思いますが、すぐに忘れてしまいます。ですから、最近はその感動する心を忘れないことにしています。
あえて言えば、エブラハム・リンカーンやジョン・F・ケネディの名言は素晴らしいと思います。まさに人間倫理の基礎を教わるのに相応しい尊敬する人物です。
『7』プランの実現により、活力ある組織の実現を目指す
―― 本誌2011年2月号のサイエンス欄に「データから読み取れる歯科技工士の現状~歯科医療を支える責任を果たすための考察~」と題する論文を発表されています。執筆動機と概要をお聞かせください。
杉岡 少し古いデータになりましたが、歯科技工士の政策を立案するためには現状分析は欠かせないとの信念で取り組んだものです。日技は継続的に「歯科技工士実態調査報告書」を纏めていますので重なるところも多々ありましたが、『日本歯技』を通して会員に現状を知っていただくことも必要であると思い執筆しました。当時は結構反響があり、県行政にデータを示して対策を迫ったとの話も聞きました。
データからも歯科技工士の厳しい環境が明らかになり、この改善を図らなければ、ますます歯科技工士が減少することに警鐘を促したつもりです。
―― その上で、現在の歯科技工士を取り巻く状況についてどのような認識をお持ちですか。
杉岡 これまで歴代の日技リーダーがその折々の状況を判断して、最善を尽くしていただいているので、私が歯科技工士になった35~6年前と比べると、医療関係従事者としての環境は整いつつあると思います。
一方、就業歯科技工士の高齢化、特に若年歯科技工士の減少傾向は、今後の歯科医療にとって危惧すべき状況です。歯科医療が歯科医師と歯科衛生士、そして歯科技工士のチーム医療であることを考えると、私たちだけの問題ではなく、チームとしての様々な取り組みが必要であると思っています。
また、CAD/CAM装置に代表される新たな歯科技工機材の広がりを視野に、歯科企業を含めた適正な秩序作りについても対応していくことが必要です。さらに、歯科技工士養成教育についても、積極的に発言していかなければなりません。18歳人口の減少社会で、いかに優秀な次世代の歯科技工士を育てるかは、歯科医療の発展に欠かせない要件です。そのためには、歯科技工士養成教育の質の向上と年限の延長によって、調和のとれた付加価値の高い人材育成に積極的に取り組んでいかなければなりません。
―― 本誌2013年4月号では書評欄において、歯科医師会からの提言「食べる―生きる力を支える」3部作の第1巻『生活の医療』をご紹介いただきましたが、歯科医療の変化、今後の方向性について、お考えをお聞かせください。
杉岡 医療の中で医科と歯科の果たす役割について、それぞれの立場で突っ込んだ話がされていて興味深い内容でした。特に、生活を意識しない医学の専門家が増え、治すこと、長く生きさせることこそが目的であるかのような、今日の医療の潮流に警鐘を促していることは考えさせられました。
歯科医療は食べられることを通して、その人の生活と人生を支える医療である。まさしく、人々が生きがいのある生活を過ごすことができるように支えるのが歯科医療であり、歯科技工士は、その一分野を担っている重要な職業なのだという想いを強くしました。
―― CAD/CAM装置や3Dプリンターなどの導入の時代を迎え、歯科技工士のあり方にも変化があると思いますが、変わること、変わらないこと、変えてはいけないことなど、お考えをお聞かせください。
杉岡 4月1日からのCAD/CAM冠の新たな保険導入により、歯科診療と歯科技工に様々な憶測が広がったようですが、そもそもは先進医療として国民の選択肢を広げ利便性を向上させるという趣旨から導入されたものですので、すべての該当部位がCAD/CAM冠になるわけではありません。あくまでも歯科医療として歯科医師が診断して歯科技工士が業務として行うものです。したがって、今後も歯科技工士が歯科技工のすべての工程を行うことに変わりはありません。
CAD/CAM装置等は歯科技工機材であり、歯科技工業務の合理化には役立つかもしれませんが、歯科技工士に代わるものではないことをしっかりと認識しなければなりません。
―― 日技では昨年度、杉岡委員長の下で日技新発展『7』プランを策定してきました。今後は会長としてそれを実行する段階を迎えるわけですが、抱負をお聞かせください。
杉岡 私は、この策定にあたって二つのことを考えました。
1つは、歯科技工士のナショナルセンターである組織事業は、単年度の事業計画の積み重ねではなく、中長期に亘る事業計画を立てて、それに沿った単年度の事業計画を立てるという合理性を重んじるべきであるということ。
もう1つは、私も15年ほど組織の最高決議機関である代議員会に参加してきましたが、同様の要望が一定期間を経て繰り返し上程されます。しかし、それがなかなか組織事業に反映されないということです。
これらのことを考えて、しっかりとした中長期総合計画を立案して、工程表を作り、期限を決めて実行しようとの強い想いを抱いて取り組んできました。
また、いつも言われることに「組織に入るメリットがない」論があります。これについては、一言申し上げたいところですが、良識のある皆さんはご理解いただいていることと思いますので、ここでは省略しますが、そうであるならば「入れて貰いたくなる組織」を実現しようという逆転の発想がありました。つまり、充実した新たな価値を見出される組織を実現しようということです。
『7』プランについては、既に『日本歯技』で詳細な関連情報は掲載していますが、7つの基本戦略と38の具体的施策に纏められています。8名の委員のうち6名が現役の県技会長ですし、歯科技工士の偏った意見に終始しないように事務局からも2名の職員に加わっていただきました。そして、6地域で行われたタウンミーティングや1カ月かけたパブリックコメントの意見も反映させたものを成案として、6月に開催された第3回社員総会に上程し承認されました。計画終了年の6年後の活力ある組織の実現を目指しています。
―― 新執行部として「若い世代を育てる責任」が大きなテーマとして挙げられているようですが、その必要性と抱負をお聞かせください。
杉岡 歯科医療に歯科技工士は欠かせない職種です。しかし、その歯科技工士を志す若者が減少している。歯科技工士養成機関の定員充足率も60%台と、この現象は顕著になっています。『7』プランの立案に向けて開催したタウンミーティングでも、『7』プラン委員の年齢構成自体が若い世代の意見を反映するようになっていない等のご意見もありました。確かに耳の痛い話でした。
少なくなったとは言え、全国には優秀な若い世代が存在します。今後、その意見を反映させるシステムを構築して、組織に活力をみなぎらせることが必要であると思っています。
余談ですが、新執行部自らこの「若い世代を育てる責任」を実践するために、役員構成に腐心しまして、業務執行理事に女性も2名加えて平均年齢は少し下がったようです。
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―― 対外的な事柄などお聞きします。まず、日本歯科技工学会との関係に変化がありましたが、それについての説明と今後の相互の関係についてお聞かせください。
杉岡 日本歯科技工学会が平成25年4月から一般社団法人としてスタートしたことから、法人格をもった組織として活動していくことになりました。よって、日技とは別法人としてその決定を尊重しなければなりません。
もちろん、歯科技工学の発展に日本歯科技工学会の果たす役割は重要であり、歯科技工士の日常の業務も常に「臨学一体」でなければならないと思っています。今後は、多くの会員の皆さまが新たな手続きを経て日本歯科技工学会会員になることを望んでいます。
―― 北海道には、北海道医療技術者団体連絡協議会という組織があるそうですが、この概要と活動について教えてください。
杉岡 そもそもは30年ほど前に、北海道歯科技工士会、北海道歯科衛生士会、北海道放射線技師会、北海道作業療法士会、北海道臨床衛生検査技師会、全国病院理学療法協会北海道支部、北海道理学療法士会、北海道柔道整復師会、日本義肢協会北海道支部、北海道鍼灸師会、北海道臨床工学士会の11団体が共有する会館を建てることを目的に設立されたと聞いています。
その後、今日まで年2回の会議と懇親会を開催して情報交換をしています。また、事業としては、各団体を紹介するパネル展を年に1回実施しています。これだけの医療関係従事者が一同に会することは少ないので、とても有意義な活動を行っていますし、今回の公益法人改革にあたっても合同の勉強会を開き、11団体中7団体が公益法人、4団体が一般法人に移行しました。
―― この多職種との交流の経験は、今後、日技でも生きるものと思いますが、いかがでしょうか。
杉岡 中央と地方では温度差があると思いますが、国民医療の充実に医療関係従事者の連携は不可欠だと思いますので、生かしていきたいと思っています。具体的には、『7』プランの外部組織交流戦略の中で展開を図っていきたいと思います。
―― 先の3月15日の日本歯科技工士連盟の評議員会においても会長に選出されておりますが、歯科技工士に係る政策を立案・推進する上での連盟との協働・関係についてお聞かせください。
杉岡 言うまでもなく、歯科技工士の懸案を解決するためには日本歯科技工士連盟と連携して活動することが有効な手段です。
特に今執行部では、日技新発展『7』プランで「総合政策審議会」の設置が提言されていますので、外部委員として日本歯科技工士連盟の役員にも加わっていただき、歯科技工士の社会的地位の向上はもとより、歯科技工士教育の高度化、職能を活かした医療関連技工の研究、歯科技工業界の経済的地位の向上と環境整備などの問題解決に向けた手段と戦略を答申していただきたいと思っています。
懸案事項解決のために、他団体との協力関係のさらなる強化が必要
―― 厚生労働省に設置された「歯科専門職の資質向上検討会」の歯科技工士ワーキンググループの委員を務められましたが、厚生労働行政と直に接触された感想を含め、その経過をお聞かせください。
杉岡 歯科医師臨床研修制度の見直しや、各都道府県で実施されている歯科技工士国家試験の在り方・出題基準等の検討を行う「歯科専門職の資質向上検討会」が厚生労働省医政局長の下に設置され、古橋前会長が委員に就任されました。
その下部組織として「歯科技工士ワーキンググループ」が設置され、私と歯科技工所経営者の立場で時見副会長が委員に就任し、7回に亘る検討会で、①歯科技工士の養成について、②歯科技工士国家試験について、の専門事項を議論して報告書を提出しました。
議論の詳細については厚生労働省ホームページに議事録が掲載されているのでご覧いただければと思いますが、特に歯科技工士の養成について、一貫して修業年限の延長を訴えました。このことは、13年前の「厚生労働科学研究」や「歯科技工士の養成の在り方等に関する検討会」で既に結論が出ていることから、早急に実現すべきであることを主張し、教育体制の見直しの文言に反映すべきであることを強く訴えましたが、実現には至りませんでした。
ただ、私たちの主張の正当性について異論はなく、環境整備に向けた調整の問題であると思っていますので、今後は日本歯科医師会、全国歯科技工士教育協議会と「歯科技工士教育の年限延長について」の要望書の作成に取り組んでいきたいと思います。
皆で一致団結して前進して行きたい
―― 今回当選された理事の皆さんに会長として期待すること、また会長としての理事会の運営方針などをお聞かせください。
杉岡 古橋前会長の英断を受けて、世代交代が進みつつあると思っています。もちろん、健全な組織運営には豊富な経験を有している先輩のご意見も必要ですし、活力のある世代と増加傾向にある女性の力も必要です。これらのバランスを図った役員構成になっていると思います。
特に、業務執行理事には『7』プランに沿った事業に積極的に取り組んで貰うために新たな人材が登用されていますので、臆することなく業務に精励していただきます。また、理事会の実務的な運営については、環境負荷に対する軽減とコミュニケーションの迅速化を目指して、紙媒体資料からタブレット型PCを使用したIT化を進めたいと思います。
―― 歯科技工士組織では、会員と直に接する地域組織の役員の皆さんも重要な役割であると思います。地域組織の役員の皆さんに期待すること、お願いしたいことをお聞かせください。
杉岡 日技はまさに地域組織会員あってのナショナルセンターですので、これからも緊密な連携を図っていかなければなりません。特に今執行部には9名の都道府県技会長に加わっていただいていますので、橋渡し役をしっかりと勤めていただきたいと思っています。
いずれにしても、日技は地域組織から選出された代議員による最高決議機関の民主的な手続きを経て事業を行っていますので、そのこともしっかりと会員の皆さまに伝えて貰わなければなりません。
そして何よりも、ナショナルセンターとしてさらに発展させるために、一人でも多くの歯科技工士に組織の存在意義を理解していただき、組織増強を図らなければなりません。
『7』プランは、日技、地域組織、会員が共有すべき姿勢として「医療関係従事者として国民歯科医療の安全と安心に貢献する」、「歯科技工士一人ひとりが参加して職域を支える」、「今を生きる世代と次の世代の安心を確保する」の3つの基本姿勢(理念)を掲げています。これらを実現することが今を生きる私たちの使命であると思っていますので、皆さまのご支援とご協力を心からお願いいたします。
―― それでは最後に、会員の皆さんに対しメッセージをお願いいたします。
杉岡 現在の歯科技工士を取り巻く状況は依然として満足できる状況ではありません。だからこそ私たちは、歯科技工士のナショナルセンターを作り、改善に向けて努力しているわけです。
進まぬ状況に不満を抱き去っていく仲間もいますが、努力を諦めれば達成はありません。社会人としてこの職業を通して社会に貢献できることはこの上ない喜びです。その誇りと責任を抱き、皆で一致団結して前進していきましょう。
―― 本日はありがとうございました。