1日170トン増える「原発汚染水」は海に流すしかないのか 次の世代にツケを回さないために
週刊現代
我々が何気なく過ごしている間にも、福島第一原発では「毎秒約2ℓ」という大量の原発処理水が溢れ出していることをご存知だろうか。タイムリミットまで、あと3年。もう見て見ぬふりはできない。発売中の『週刊現代』で特集している。
2022年夏がリミット
福島・双葉郡にある福島第一原発の敷地の南側には、かつて「野鳥の森」と呼ばれた森林があった。今は切り拓かれたその広大な土地には、異様な光景が広がっている。
日本人だけが知らない!日本の野菜は海外で「汚染物」扱いされている
青色や灰色の巨大な円筒型のタンクがズラリと並ぶ。ちょうど4号機の西側だ。高さは10m以上、容量は1基1000~1200トン。その数は実に977基、合計115万トンに届こうとしている。
私は昨年10月に環境相に就任し、最初の頃に福島第一原発を視察に行きました。そこで、広大な敷地に、処理水を貯めるための大量のタンクが並んでいる光景を見たのです。
しかし、今後どうするかはまったく決まっていない。『処理水は本当にこのままでいいのか』と感じたのです」
本誌記者にそう話すのは、原田義昭・前環境相だ。
今でも1日約170トンのペースで増える汚染水は、わずか1週間から10日でタンク1基を埋めていき、果てなき増殖を続けている。
大震災から8年半が過ぎた今、このタンクに眠る「原発汚染水」の処理がにわかにクローズアップされている。これまで皆が見て見ぬふりをしてきたパンドラの箱を開けたのが、この原田氏だ。
9月10日、環境相の退任会見で福島第一原発の処理水を「海洋放出するしかない」と、突然発言したのである。
これに対し、慌てたのが小泉進次郎・新環境相だ。12日に福島県知事や県漁連を訪問し、「(原田)前大臣の発言は国の方針ではない」「傷ついた県民に大変申し訳ない」などと火消しに終始した。つまり、これまで通りの結論先送りである。
すると、今度は大阪の松井一郎市長が首を突っ込んだ。「海洋放出する決断をすべきだ」「(処理水を大阪湾に)持ってきて流すなら、(協力の余地は)ある」と過激な「海洋放出論」を展開したのだ。
そもそも処理水とは何か。福島第一原発では原子炉内部にある燃料デブリ(溶けて固まってしまった燃料)を冷却するための水や、原発建屋に流れ込む雨水、地下水は、いずれも放射性物質によって汚染されてしまっている。
こうした水から特殊な装置を使って放射性物質を除去した水こそが「処理水」だ。しかし、この処理水には、現在の技術では取り除くのが困難な「トリチウム」という物質が残存してしまう。
そのため、この処理水は外に流すことなく、原発敷地内にあるタンクに貯め続けているのである。
しかし、冒頭のタンクは、このままでは2022年夏には満杯になってしまう。なぜ、「原発汚染水」問題が放置されてきたのか。一番の理由が風評被害による、漁業への影響である。
「福島県の漁獲量は、いまだに震災前の2割以下にとどまっています。韓国などの5ヵ国では、今も福島県産水産物の禁輸が続いているのです。それでも、今年5月にはフィリピンが福島県産水産物の禁輸解除を決定するなど、徐々に規制は緩くなっている。
しかし、処理水を海に流すと、また風評被害が広がる。禁輸国が再び拡大すれば、立ち直り始めた福島の漁業が壊滅する可能性があるのです」(農水省担当記者)
安全性を巡る対立
もうひとつの理由が、トリチウムの安全性に対する懸念だ。ジャーナリストの田原総一朗氏は、「汚染水に含まれるトリチウムを有害だと主張する人たちがいる」と話す。
「放射線治療の第一人者である北海道がんセンター名誉院長の西尾正道医師が、トリチウムを大量に放出しているカナダのピッカリング原発周辺で、子どもたちを中心に小児白血病などの健康被害が報告されていると主張しています。
また、'03年には、ノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊さんがトリチウムを燃料とする核融合炉は安全性と環境汚染の観点から極めて危険だという嘆願書を当時の小泉純一郎総理に提出しています。
今回問題提起をした原田前環境相は、この二人の主張を踏まえたうえで発言しているわけではないでしょう」
安全性に疑問を呈する声があり、なおかつ風評被害が懸念される。答えが出ないまま、処理水の問題は放置されてきた。
しかし、貯蔵量が限界を迎えるタイムリミットは刻々と迫っているのも事実。現実的に考えれば、処理水の処分については、松井市長のように「海洋放出賛成派」が多数派だ。嘉悦大学教授の高橋洋一氏はこう語る。
「トリチウムの海洋放出は世界中で行われているんです。トリチウムが放出するβ線のエネルギーは小さく、被曝のリスクも極めて小さい。
トリチウムの人体への影響は、他の放射性物質に比べて非常に小さいため、国際的に、海洋放出しても問題ないとされています」
元経産官僚で、『日本中枢の狂謀』などの著書がある古賀茂明氏は東電の発表内容を慎重に受け止めるべきだと言う。
「処理水は海洋放出すればよいという計画は'11年の震災直後からありました。トリチウム自体を問題視する専門家は少ないでしょう。
しかし、実は処理水にはトリチウム以外の放射性物質も含まれています。東電はその放射性物質は『検出限界以下』と言うが、本当なのか。その濃度や総量の第三者による再検証が必要です。東電や政府はウソを重ねてきましたから」
今すぐでなくても、タンクの数を増やし、一定期間が経過した後に海洋放出するという選択肢もある。NPO法人原子力資料情報室・事務局長の松久保肇氏が語る。
「トリチウムは約12年で半減期を迎えます。例えば120年間処理水を貯めておくと、その中のトリチウムは1000分の1程度にまで減少する。そこまで長期間ではなくても、ある程度保管すれば、だいぶ減るのです。
タンクの数を増やすことも可能でしょう。福島第一原発の周囲にある中間貯蔵施設用地や、サイトの中の土捨場などは、やり方によっては処理水の保管場所として使用することができる可能性があります」
地元・福島の思い
「海洋放出賛成派」の意見がこれまであまり表に出てこなかったのは、なにより福島の漁業関係者への配慮のためだ。
その重要さを、元東芝の原子力事業部の技術者であり、元衆院議員で『汚染水との闘い―福島第一原発・危機の深層』の著者・空本誠喜氏が話す。
「私はロンドン条約などの国際基準(トリチウムの濃度が1ℓに6万ベクレル以下であれば海洋放出が認められる)に合致したやり方で、相当希釈して海洋放出するというのが最善の方法だと考えています。
しかし、同時にステークホルダーである福島の漁業関係者の方々への説明、同意は絶対に得なくてはいけません。
このプロセスを経ずに、簡単に政治決断でやってしまうのは問題だと思います。国際社会への丁寧な説明も不可欠だと思います」
9月16日、IAEA(国際原子力機関)の総会で、韓国の科学技術情報通信省の文美玉第一次官は「海に放出されれば、日本の国内問題ではなく、世界の海洋の環境に影響を及ぼす深刻な国際問題になる」と警告した。国際社会への対応も急務になっている。
処理水の貯蔵が限界を迎えるまで、3年も残されていない。これは、決断を先送りするばかりの進次郎氏に任せず、子や孫の代がツケを払わずに済むように、日本人誰もが考えるべき問題だ。
「松井市長の『大阪湾に放出する』という発言は、確かに荒唐無稽だと思います。現在、115万トンある処理水を、大阪までどう運搬するというのか。
しかし、この『福島にだけ犠牲を押し付けない』という観点は非常に大切なことだと思います」(前出・松久保氏)
決断までに残された時間はそう多くない。こうしている今も、行き場所の決まらない処理水は溜まり続けている。
発売中の『週刊現代』ではこのほかにも、「2022年からの日本経済、その残酷な現実」「野菜中心の食生活が『脳卒中』の原因だった」などを特集している。