自分も立派な大人となり、生活していく大変さを身に沁みて感じている。
かつてアツミが幼き頃、母はいくつかの内職をしたが、アツミが一番興味を持ってみていたのが、反物の刺繍の内職。
反物の決められた場所に、指定の色の糸、指定の縫い方で刺繍を施していく。それはお花や蝶々、花びら、鶴、いろいろあった。
何週間かに一度、反物を持った業者さんが家にやってきて、デザインがデッサンされ、糸の種類が書かれた紙を見ながら、刺繍の説明を行って、母は指定の期日までにそのデッサンに合わせて反物に刺繍をした。
アツミが学校から帰ると、母はたいがい玄関横の部屋で、着物に刺繍をしていた。
反物用の大きな刺繍の枠をデザインの部分にはめて、その枠の上におもしを乗せてずれないようにして、針を動かし縫い上げていく。
横で見ていると、針が着物を通るときに「プツ」という独特の小さな音がして、花びらなんかを一枚一枚ちょっとずつ縫っていく。気が遠くなるような細かい作業。
その「プツ」という音は、今でも鮮明に思い出せる。
反物一枚を縫い上げると、今度は枠からその反物をはずし、縫った部分の裏側からアイロンと専用の糊で留めて仕上げる。
糊で留め終わって、母が反物を巻いているときのあの感じが好きだったなぁ。なんてたって、母の縫った柄を反物がまとって、実に綺麗だった。
あの反物をどこかの誰かが着物にして、今でも着ているのかもしれない。自分で着たかったなぁ。あまりに幼すぎて当時その発想がなかった。
祖父母の仕事、父の仕事、そういう母の1針すべてが生活の糧の一部となり、アツミきょうだいは無事成長した。感謝の気持ちでいっぱいだ。
そんな両親の思いを無駄にしないよう、自分も一生懸命、生きるのだ。
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