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亡き父の3億円を兄が全額相続、遺留分を訴え〈5,000万円分の不動産〉を貰うも…「兄が納税したはずじゃ!?」税務署からきた〈一通の照会〉に戦慄したワケ【弁護士が解説】
亡き父の3億円を兄が全額相続したため、遺留分を主張して「5,000万円相当の不動産」を譲渡された相談者。納税は全て兄が済ませていたはずですが、ある日税務署から相続税照会が届いてしまったそうです。本稿では、弁護士・山崎岳人氏らによる著書『相続トラブルにみる 遺産分割後にもめないポイント-予防・回避・対応の実務-』(新日本法規出版株式会社)より一部を抜粋し、「遺留分を代物弁済した場合の納税の行方」について解説します。
兄が済ませたはずの納税、しかし税務署から相続税の照会が来て…
父が亡くなり、遺言で兄が3億円ほどの全財産を取得することとなりました。私が遺留分を主張し、お金をもらう代わりに、5,000万円の価値のある不動産の譲渡を受けました。
相続税の納税は兄が済ませていたはずですが、その後税務署から私宛に相続税についての照会がきました。私としては、今後この不動産を売却して現金化しようと思っています。
紛争の予防・回避と解決の道筋
◆遺留分義務者は、金銭債務である遺留分侵害額請求権を代物弁済したことに伴い、譲渡所得税を納税しなければならない。この場合、相続税の一部を取得費に加算する特例を受けることができる場合がある
◆相続税の納税を済ませている遺留分義務者は、遺留分侵害額の請求に基づき支払うべき金銭の額が確定したときは、更正の請求をし、過大となった相続税額の還付を受けることができる
◆遺留分権利者は、相続税の期限後申告または修正申告をすることができるが、遺留分義務者が相続税額の還付を受けていない場合にはこれをする必要はない
◆遺留分義務者が相続税額の還付を受けた場合は、遺留分権利者は、相続税の期限後申告または修正申告をしないと、税務署長から、相続税の増額更正または決定を受ける
◆遺留分権利者が代物弁済を受けて取得した不動産を売却するときには譲渡所得税を納税しなくてはならないが、取得費とされる不動産の購入代金は遺留分侵害額ではなく、当該不動産の時価である
チェックポイント
1. 遺留分侵害額の精算のために相続不動産を譲り渡す場合、納税すべき譲渡所得税額を確認する
2. 遺留分権利者が相続税の納税をする必要があるか否かを調査する
3. 遺留分権利者が、遺留分侵害額の精算のために譲り受けた不動産を売却するときの譲渡所得税額を確認する
解説
1. 遺留分侵害額の精算のために相続不動産を譲り渡す場合、納税すべき譲渡所得税額を確認する
(1) 代物弁済による遺留分侵害額に相当する金銭債権の支払
遺留分侵害額の請求権を行使すると、遺留分権利者は遺留分侵害額に相当する金銭債権を取得します(民1046①*)。遺留分義務者が、遺留分侵害額に相当する金銭債権の弁済のために不動産を譲渡した場合、不動産の譲渡は代物弁済(民482)となります。
*以下、民法については「民」と表記します。
設例の場合、相続人の数が不明ですが、仮に兄と私の二名としますと、私の遺留分は7,500万円(=3億円×2分の1(総体的遺留分)×2分の1(法定相続分))になります。遺産分割において取得すべき相続財産はありませんので、私の遺留分侵害額は7,500万円です。
したがって、本事例の兄は5,000万円の価値のある不動産の譲渡をしたことで私との間で7,500万円の遺留分侵害額を精算しています。
この精算を法的に分解しますと、不動産による代物弁済により5,000万円が消滅し、残余の2,500万円は遺留分権利者である私から債務免除を受けたことになります。
不動産を渡して免れた5,000万円だが…兄へ「譲渡所得税」がかかるワケ
(2) 代物弁済により生じる譲渡所得税
ア 譲渡所得(キャピタルゲイン)
資産の譲渡による所得を譲渡所得(キャピタルゲイン)といい、譲渡所得が発生すると、譲渡人である資産の所有者に譲渡所得税が課されます。遺留分義務者による代物弁済がなされた場合も同様です。
したがって、本事例の兄には、遺留分侵害額に相当する金銭債権の代物弁済のために譲渡した不動産につき譲渡所得課税がなされます。
イ 代物弁済の場合の譲渡所得
代物弁済の場合、課税時期は代物弁済契約の効力が発生した時、譲渡所得の総収入金額は代物弁済により消滅した債務の金額です。
この総収入金額から、資産の取得費と譲渡費用の合計額を控除し、その残額から譲渡所得の特別控除額を控除した金額が、譲渡所得の金額となります。
このうち取得費については、相続によって資産を取得した場合には、被相続人の取得費を引き継ぐことになります。
贈与・相続(限定承認を除きます。)・遺贈によって資産を取得した場合、または、著しく低い対価で資産を取得した場合には、譲渡をした者が引き続きその資産を所有していたものとみなされるからです(所税60①)。
取得費として控除できる金額は、不動産の購入代金や、購入時に支払った手数料などです。取得費が不明の場合などには、譲渡価格の5%を取得費とすることができます。
また、相続または遺贈により取得した土地・建物・株式などの財産を一定期間内に譲渡した場合には、相続税額のうち一定金額を譲渡資産の取得費に加算することができます。
本事例の場合、遺留分侵害額に相当する金銭債権は7,500万円で、不動産の時価は5,000万円です。上述のように、代物弁済により消滅した金銭債務は5,000万円で、残余の2,500万円は債務免除により消滅しています。したがって、本事例の兄の譲渡所得の収入金額は5,000万円となります。
一方、取得費は亡父が支払った不動産の購入代金や、購入時に支払った手数料などになりますが、本事例中には記載されていません。これらの金額が不明な場合には取得費として250万円(=5,000万円×5%)を控除できます。
譲渡費用・相続財産の譲渡に関する取得費の特例などを勘案しない場合、本事例の兄には4,750万円(=5,000万円-250万円)の譲渡所得が発生します。
なお、債務免除を受けた2,500万円については利益を受けた兄が贈与により取得したものとみなされ、これに対しては原則として贈与税が課されます。
兄が払うことになった譲渡所得税の総額…「代物弁済」の注意点
ウ 所有期間
所得は、所有期間が5年以内の場合は短期譲渡所得、所有期間が5年を超える場合は長期譲渡所得と呼ばれます。
贈与・相続(限定承認を除きます。)・遺贈によって資産を取得した場合、または、著しく低い対価で資産を取得した場合には、譲渡をした者が引き続きその資産を所有していたものとみなされる(所税60①)ので、前所有者の所有期間が通算されます。本事例の兄の場合も、亡父の所有期間が通算されます。
エ 所得税額等の計算
土地建物等の譲渡所得は、長期・短期ともに分離課税が採用されています。長期譲渡所得の税率は、所得税と住民税を合わせて20%(所得税15%、住民税5%)、短期譲渡所得の税率は、所得税と住民税を合わせて39%(所得税30%、住民税9%)です。
また、平成25年から令和19年までは復興特別所得税として2.1%を所得税と合わせて申告・納付する必要があります。
本事例の兄の場合、亡父がいつ不動産を取得したか分かりませんので、二つのケースを想定すると、次のようになります。
(短期譲渡所得の場合)
所得税4,750万円× 30% = 1,425万円
住民税4,750万円× 9% = 427万5,000円
復興所得税4,750万円× 2.1% = 99万7,500円
(長期譲渡所得の場合)
所得税4,750万円× 15% = 712万5,000円
住民税4,750万円× 5% = 237万5,000円
復興所得税4,750万円× 2.1% = 99万7,500円
オ 相続財産による代物弁済の検討について
このように、遺留分義務者に課される譲渡所得税は多額になる場合もありますので、相続財産の譲渡に関する取得費の特例が受けられるか否かは実務上重要な事項になります。つまり、かかる特例が受けられない場合には、相続財産による代物弁済は慎重に検討した方がよいということです。
なお、遺言を無効とする旨の相続人間における合意は有効で、かかる合意がなされると改めて遺産分割手続をする必要があります。そして、相続による所有権の移転の場合には譲渡所得税は発生しません(所税9①十七)。
したがって、遺留分義務者が相続財産で代物弁済をしなければならないようなケースについては、遺留分侵害の原因となった遺言の効力について相続人全員でよく話し合うことも一考に値します。
税務署から通知が来たのは、兄が「不動産分の相続税」の更正を請求したから
2. 遺留分権利者が相続税の納税をする必要があるか否かを調査する
(1) 遺留分義務者による相続税の更正の請求
遺留分侵害額の請求に基づき支払うべき金銭の額が確定したときには、遺留分義務者は、その確定したことを知った日の翌日から4か月以内に更正の請求をすることができます(相税32①三、税通23①)。
これにより、相続税を納付している遺留分義務者は、過大となった相続税の還付を受けます。
本事例の兄も、相続税の納付を済ませているのでしたら、遺留分侵害額に相当する金銭債権を弁済するため時価5,000万円の土地を私に譲渡していますので、代物弁済契約の効力発生日の翌日から4か月以内に更正の請求をすることができ、その場合、納付した相続税の一部の還付を受けることができます。
(2) 遺留分権利者による相続税の申告
遺留分義務者が相続税の一部の還付を受けた場合、遺留分の支払を受けた遺留分権利者は、相続税の期限後申告または修正申告(以下「期限後申告等」といいます。)をすることになります。
つまり、遺留分義務者が更正の請求をしない場合には遺留分権利者は期限後申告等をする必要はありません。遺産分割の方法によって相続税の総額は原則として変わりませんし、相続人は連帯納付義務を負っているからです。
そのため、実務においては、遺留分権利者と遺留分義務者の間で、①遺留分義務者は更正の請求をしないこと、②仮に更正の請求をした場合に遺留分義務者に還付される相続税の金額を遺留分権利者が遺留分義務者に支払うことなどを内容とする合意をすることもあります。
本事例の場合、税務署から私に相続税の納税の照会がきていますので、兄が更正の請求をしたと考えられます。したがって、私は相続税の期限後申告等をしなければなりません。期限後申告等をしない場合には、税務署長から相続税の増額更正または決定を受けます。
不動産を売却する場合、相談者にも譲渡所得税がかかる
3. 遺留分権利者が、遺留分侵害額の精算のために譲り受けた不動産を売却するときの譲渡所得税額を確認する
遺留分権利者が、遺留分侵害額に相当する金銭債権の代物弁済として取得した不動産を第三者に売却するときには、譲渡所得税がかかります。
このときの取得費は、遺留分侵害額が不動産の時価よりも高い場合であっても、当該不動産の時価となります。遺留分権利者は遺留分侵害額に相当する金銭債権の見返りとして不動産による代物弁済を受けていますが、かかる代物弁済により消滅した金銭債権の額は当該不動産の時価に限られるからです。
したがって、本事例の私が兄から代物弁済を受けた不動産を第三者に譲渡する場合には、取得費は、私の遺留分侵害額である7,500万円ではなく、当該土地の時価である5,000万円です。
取得費に算入されない2,500万円は兄に対する債務免除となり、課税上は原則として贈与したものとみなされます。
〈執筆〉
山崎岳人(弁護士)
平成23年 弁護士登録(東京弁護士会)
平成27年 東京弁護士会常議員
平成29年 東京弁護士会法制委員会副委員長
令和2・3年 東京弁護士会法制委員会副委員長(再任)
〈編集〉
相川泰男(弁護士)