がんで闘病していた母が昨日の夜、旅立ちました。
避けて通れない道とはいえ急でしたので、悲しさと私自身の中にある悔しさで涙が出ました。
ただ、唯一の救いと言っていいのかどうかはわかりませんが、妹だけでなく私も彼女の最期を自宅で看取ることが出来たこと…。
もし、入院したままの最期だったら彼女の最期に立ち会えなかったと思います。
入院する際に自宅に帰りたがっていた母を自宅療養に切り替えた妹の英断に今も頭が下がります。
「美味しい」
母は病気が重くなりながらも、妹の愛情がいっぱい詰まった年越しそばと正月料理を美味しそうに食べていました。
それが最後の食事だったかもしれません。
先日、訪問看護の医師と看護師さんが来てくださいました。
もう長いことはない…。
母の様子を見て薄々感じていましたので覚悟は出来ていました。
話を前に戻します。
まだ抗がん剤治療の通いが出来ていた頃に母とある約束をしていました。
「大学病院通りに咲く早咲きの桜があるから、一緒に観ようね…」
私自身も大学病院に通院していた時期がありましたので、ソメイヨシノよりも色の濃い早咲きの桜が咲いて綺麗だったのを憶えています。
その約束は残念ながら叶いませんでした。
見せてあげたかったな…。
また妹との彼女の約束だった上野動物園の双子のパンダちゃんを観に行く約束も叶いませんでした。
今は先に旅立っていった彼女のお兄さん二人と両親に会っていると思います。
嫁いでから、ずっと親父のことで苦労してきました。
最期まで苦労しました。
私のことでも苦労しました。
本当に辛く大変な生涯を懸命に生き抜きました。
妹と違い、私はどうしようもない娘でした。
そんな私を見捨てなかった母親には感謝の気持ちしかありません。
お母さん、今まで本当にありがとうございました。
お疲れさまでした…。
天国で親子仲良く楽しい生活を過ごしてください。