自分でも気がついていました。
いつもより呼吸が荒い。
人より狭い気管に何かがつかえて呼吸のジャマをしている。
お風呂に入って身体が温まれば
蒸気で流れてくれたりすんのかなと期待も虚しく
一変してしまいました。
またしても声が出なくなって
苦しく手足がだんだん冷たくなっていく。こうなると、もう自力では無理だということは今までの経験から分かる。
落ち着いて呼吸さえ整えれば大丈夫だと頭ではわかるのに恐怖心が先にたち息の仕方さえも分からなくなる。
夜9時を過ぎていて病院に行くにはタクシーか救急車の2択。
夫が「救急車の方が早いだろ、呼ぶぞ!」
夜ではあるし近所のこともあるし内心、嫌だなとは思ったけれど
従うしかない。
濡れた髪に普段着。
電話で「意識あります。歩けます」と伝えていたので家の前で夫と二人救急車の到着を待つ。
けたたましくサイレンを鳴らしながら家の前で止まると3人の隊員の男性が一斉に降りてきた。
サイレンを鳴らしながら車の中で血圧、心電図、酸素量を計ってもらう。私の目線の左側に小さな掛け時計がちょうど9時半。
まだ出発しない。
救急車のほうが早いだろと言った
夫が落ち着かない。
結局、病院に着いたのは22時を10分過ぎた頃。
主治医のE先生が待ってくれていた。なんとなくホッとした。
そこからの処置がスピーディーで
やっと救急車で来て良かったと思えた。
呼吸のジャマをしていた乾いた痰の“かたまり”はなぜか緑色で硬く小さかった。
私の小指の爪の半分の大きさのものにこんなにも苦しめられるのかと毎回思うけど仕方ない。
いつものように呼吸ができるようになると馴染みのある顔に気がついた。
救急から付き添ってきてくれた看護師さんで入院しているときにお世話になったことあるIさん。
彼女は愛想が少なく口数も多くないけどさっぱりしているいい人。
月に一度、各病棟から応援として
救急に入るんだそう。
看護師さんの人手不足を垣間見たあと先生が
「どうする?今夜泊まっていく?」
偶然にも翌日は一ヶ月ぶりの診察日。このまま病院に泊まって翌日診察を受けて帰ればいいのだけど
看護師さんの手を煩わせるわけにはいかないと、
「車もないので一旦帰ります。
先生、数時間後にまたよろしくお願いします」
先生の
「とにかく加湿ね、乾燥しないように」という言葉が
いつになく響いた。
気をつけなければ。
加湿器とマスクが
欠かせない冬になりそうです。