断続的に続けている小江戸川越シリーズ。 今回は川越市役所から。ここはかつて川越城の大手門があった場所。今年はちょうど市制施行100周年の節目に当たっている。
市役所前には「太田道灌(どうかん)」の像。太田道灌は、父の太田道真とともに「岩槻城」「江戸城」「川越城」を築城したと言われる(諸説あり)。
さて、「川越市役所」といえば近年コロナ禍で中止が続く「川越祭」にふれておこう。10月に開催されてきた城下町川越の総鎮守、氷川神社の神幸祭(じんこうさい)は川越祭の一部。神様が氷川神社を起点に城下町川越を巡行。蔵造りの街並みを経由して市役所前にやってくる。
↓神様の前を随行する猿田彦(さるたひこ)。 2018年10月市役所前にて撮影。
↓神様のお乗りになった神輿が通過する(2台)。
↓氷川神社宮司。
神幸祭行列が通過すると、勇壮な「市役所前の山車揃い」。川越祭に参加する山車の一部が集結。
これはまだほんの一部。
2020年からこの光景を目にすることができず、とても寂しい。
↓市役所の公用車はEV。
市役所の先に川越城中ノ門跡。
↓お堀の跡が見える。
川越市立博物館・美術館。
角を曲がったところでワンちゃん・猫ちゃんを連れた父娘に出会った(再録)。
先に進むと川越城本丸御殿。駐車場の工事中。
お城のイメージとは、ほど遠くてとまどうかも。この付近は湿地帯だった関係で石垣や天守閣が建てられず、平屋の城になったそう。
今残っているのは1848年に建てられた唐破風の玄関と大広間。
年末の休館で中には入れず終い。
12月27日撮影。まだ続く。
<記事作成裏話>
市役所撮影時点から記事に川越祭の画像を挿入しようと企画。いざ記事作成の段になって、2018年10月の画像が入ったはずのハードディスクが見つからないというハプニング。
よくよく調べてみると、保存したハードディスクをパソコンバックアップファイルで上書きしてしまったらしい。この月だけ画像データを消失していることが判明。
やむを得ず自分のブログの「過去ログ」で、掲載した日のブログページを呼び出す。そのまま記事から画像をコピペはできない(一部はできた)ので、記事のHTML言語になったデータを表示。HTML言語の画像部分を画像ごとにコピーして、いちいちこの記事の該当箇所に貼り付けるという面倒な作業になってしまった。この方法を思いつくまでに時間がかかり、シリーズの投稿間隔が大きく開いてしまった。
他のやり方があったかも知れないが、とりあえずはセーフ。ただ色調がパソコン用でスマホでは濃く出てしまう。なので、スマホでご覧の方には、コピペした部分だけ濃く見えているはず。