サイファはジークの肩を抱き、笑いながら謝った。
サイファ、所長、ジークの三人は、一階の研究室に戻ってきていた。サイファが現れたときと同様、他の研究員たちの注目を浴びている。ジークは気になって仕方なかったが、サイファはまるで気にしていないかのように、平然と話を続ける。
「そうだ。今から飲みに行かないか。もちろん私のおごりだ」
チャンスかもしれない、ジークはとっさにそう思った。以前レオナルドが言っていたことを尋ねる絶好の機会だ。
「はい」
「よし、さっそく行くか」
サイファはジークの肩にのせた手を、力を込めて揺らした。
「定時まであと30分ありますけどぉ?」
やたらジークやサイファに突っかかってくる若い研究員が、今回も嫌みたらしくけちをつけてきた。しかし所長がそれを制した。
「いいんだ。サイファ殿、どうぞ連れていってください」
「感謝します。この埋め合わせはまた」
サイファはにっこり笑うと、とまどうジークの肩を抱いて外へ出ていった。
ふたりの背中を睨みつけるようにして見送ると、若い研究員は所長にくってかかった。
「どうしていつも好き勝手やらせておくんですか! ラグランジェ家の当主だからですか?! それとも魔導省のお偉いさんだからですか?」
所長はおだやかに目を細めて答えた。
「おまえは知らないだけだ、彼のことを。我々が彼の家や地位にかしずいていると思うか?」
若者は複雑な表情で下唇を噛みしめた。そんな彼を見て、所長は真面目な顔で付け加えた。
「いずれ、おまえにもわかるときがくるだろう」
陽の落ちかけた寂れた路地裏を、サイファとジークは並んで歩く。ジークがここに来たのはずいぶんと久しぶりだった。不安からか、ついあたりを見回してしまう。あいかわらず人の姿はほとんどない。
看板すら出ていない、薄汚れた建物。その地下がフェイの酒場だ。サイファ、ジークと続いて扉をくぐった。
「お久しぶりです、フェイさん」
サイファは、カウンターにひじをついている黒髪の女性に声を掛けた。
「あら、ずいぶんと久しぶりじゃない。娘は元気なの?」
「ええ、元気すぎるほどですよ。たまには会いに来てください」
「あんなところ、冗談じゃないよ」
彼女はほおづえをついたまま、けだるそうに吐き捨てた。この人がこの酒場の女主人フェイである。彼女は王妃アルティナの母親だ。雰囲気は似ているが、フェイの方がだいぶくたびれた感じである。
まだ早い時間のためか、客は誰もいない。
サイファはつかつかと店の中に入っていき、カウンターの丸椅子に腰を掛けた。ジークもその隣に座った。
「おすすめのブランデーをいただけますか?」
「そう言うと、いちばん高いやつにするよ。ストレートでいいね」
およそ客相手とは思えないほどぶっきらぼうなフェイに、サイファはにっこり笑顔で答えた。
…続きは「遠くの光に踵を上げて」でご覧ください。
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