レイチェルはきょとんとして小首を傾げた。いつもの指定席に座ったまま、両手をダイニングテーブルの上に置き、向かいのラウルに不思議そうな視線を送る。
「そうだ。おまえからはもらったが、私は何もやっていなかっただろう」
「そんなこと気にしなくてもいいのに」
「そういうわけにはいかない。誕生日パーティに出席したのだからな」
ラウルは真剣な顔で言った。
彼女の誕生日から二日が過ぎてしまったこともあり、少し迷っていたが、結局やはりプレゼントくらいは贈るべきだという結論に達したのである。そうしないことには自分の気持ちも治まらない。そこにはサイファへの対抗心も少なからずあったと思う。
「何か欲しいものはあるか?」
「別にないけど」
レイチェルはあっさりと言う。しかし、それではラウルが困るのだ。
「何かひとつくらいはあるだろう」
「うーん……そうね……紅茶が飲みたいわ」
レイチェルは少し考えてから答えた。はぐらかしたわけではなく、思ったまま素直に言っただけなのだろう。確かに彼女の欲しいものには違いない。だが、ラウルの求めていた答えとは違う種類のものだ。
「わかった、今から淹れてやる。ただし、これはプレゼントとは別だからな」
ラウルはそう前置きしてから立ち上がった。
芳醇な香りの紅茶に、ふんわりと甘いケーキ――。
それらをレイチェルの前に差し出すと、彼女は待ちきれないとばかりに顔を綻ばせた。いただきますと行儀よく言ってから、紅茶をひとくち飲み、続けてケーキを口に運ぶ。その幸せそうな笑顔を眺めながら、向かいのラウルもフォークを手に取った。
いつもと変わらない優しく穏やかな空気が二人の間に流れる。
だが、先ほど中断した話のせいか、今日のラウルは心から落ち着くことはできなかった。機を窺いつつ、その話を切り出す。
「それで、誕生日プレゼントのことだが……」
「ラウルにはいつもお茶を飲ませてもらっているし、それで十分よ」
レイチェルはティーカップを両手で持って微笑む。
「いや、それでは私の気がすまんのだ。遠慮はするな。何でも欲しいものを言え」
「そう言われても……」
彼女は困ったように眉を寄せて口ごもった。
それを見て、ラウルはようやく気がついた。自分の行為はただの身勝手な気持ちの押しつけにすぎない。彼女が望んだわけでもないのに、答えを強要する権利などないのだ。彼女を困らせるのは本末転倒である。諦めるしかないと思った、そのとき――。
「あ、だったらラウルが考えて」
レイチェルはパッと顔を輝かせ、胸元で両手を合わせた。
ラウルには彼女の言わんとすることがわからなかった。怪訝に眉をひそめると、無言で問いかけるような視線を送る。
「ラウルが私のために選んでくれたプレゼントが欲しいの」
レイチェルはにっこりと微笑んで言い直した。そして、ちょこんと首を傾げると、大きく瞬きをして続ける。
「考える時間は二日でいいかしら。あまり長く時間をとっても、ラウルが大変になると思うの。二日で考えつかなかったら、そのときはプレゼントは無しにしましょう」
「……ああ、わかった」
ラウルは一方的な提案に動揺しつつも、何も言い返すことなく了承した。
「じゃあ、楽しみにしているわね」
そう言って、レイチェルは屈託のない笑顔を見せた。少し残っていた紅茶を飲みきると、椅子から立ち上がり、じゃあねと小さく手を振りながら部屋を出て行った。
物音ひとつしない静寂の中、ラウルは両手で頭を抱え込んでダイニングテーブルに突っ伏した。長い焦茶色の髪が、丸くなった背中からさらりと滑り落ちていく。
自分で考えて選べだと――?
そんなことが出来るくらいなら、初めから尋ねたりはしない。出来ないから尋ねているのだ。相手の喜びそうなものを察する能力など、あいにく持ち合わせていないのである。
それにもかかわらず、レイチェルはとんでもない難題をふっかけてきた。もちろん彼女に悪意がないことはわかっている。しかし、だからこそ、そんな無邪気な彼女を少し憎らしく思った。
ラウルは気持ちを落ち着かせようと、紅茶を淹れ直し、再びダイニングテーブルについた。しかし、紅茶には手をつけないまま、腕を組み、目を閉じ、身じろぎもせずじっと考える。
無難なところでは花束か――。
彼女に贈るとなればピンクローズ以外に考えられない。それが彼女に最も似合う花であり、また、彼女自身も気に入っている花だ。しかし、それではサイファと全く同じになってしまう。花の種類が違うのならまだしも、種類まで同じのというのは、さすがにありえないだろう。
花以外となると何が――。
彼女の好きなもの、興味のあるものを贈るのが筋だろうが、それが思いつかない。
紅茶とケーキは好きなようだが、毎日のように出しているものを改めてプレゼントなどということはおかしい。茶葉であればと思ったが、彼女は自分で茶を淹れたことがないと言っていた。自分でどうにも出来ないものをもらっても、あまり嬉しくはないだろう。
ラウルは紅茶を口に運んで溜息をついた。
再び目を閉じて、彼女の部屋の様子を思い浮かべてみる。そこは、広くはあるが殺風景なくらいに簡素で、これといって彼女の趣味や好みが窺えるようなものはなかった気がする。
思えば、自分は彼女のことを何も知らなかったのかもしれない。好きなものも、嫌いなものも、興味のあるものも、あらためて考えてみるとほとんど思いつかない。サイファならば彼女のことを何でも知っているのだろうか。
ラウルは眉根を寄せて頬杖をつくと、深く盛大に溜息を落とした。
今からこんなことでは先が思いやられる。約束の期限は二日後。それまでに何としても用意しなければならないのだ。彼女へのプレゼントを――。
…続きは「ピンクローズ - Pink Rose -」でご覧ください。
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