草木染め工房 ちゃー美流

草木で毛糸を染め、オリジナルニットを作っています。

福田眉仙碑 除幕式

2012年08月25日 11時54分59秒 | 日記
 9月6日からの福田眉仙展を前に相生市瓜生公民館で
福田眉仙碑の除幕式があり参加しました。






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花おくら

2012年08月25日 11時54分59秒 | 日記
朝5時半です。まだつぼみです。 



6時半 少し花が膨らみました。



7時半 ここのところ毎日 50枚前後の花びらを収穫します。食べるには多すぎます。



直径25センチもある花びらです。





染めました。よく染まったのでびっくりです。


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エコバック  何枚染めたのでしょうか?

2012年08月12日 19時48分24秒 | 草木染め








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福田眉仙展のお知らせ

2012年08月12日 09時23分31秒 | 日記
相生市制施行70周年・眉仙没50年記念「福田眉仙」展があります。
2012.9.6(木)~9.27(木) *14.25は休館日  午前10時~午後6時
相生市民会館 中ホール及び特別会議室
詳しくはこちら→福田眉仙展
Wikipedia→福田眉仙について





~福田眉仙展ポスター紹介文より~
福田眉仙は明治8年、現在の相生市瓜生で生まれました。幼少期から絵画に親しみ、明治20年代に入ると単身で上京し久保田米僊や橋本雅邦に師事、その後は岡倉天心の日本美術院の創立に加わりました。眉仙は天心の教えに従い、明治42年から3年間、中国に渡り約1万6千キロの写生旅行を成し遂げました。天心の没後、眉仙は中央画壇を離れ、中国の我眉山に似た、六甲山麗芦屋に住居を構え、昭和38年88歳で亡くなるまでの45年間、この地を拠点に北海道から九州まで全国各地を写生しました。晩年の集大成として、湯川秀樹博士の紹介により、アメリカコロンビア大学に中国絵巻を寄贈するため、約10年がかりで、絵巻30巻(全長450m)を作成し、眉仙の名を世界に広めることとなりました。このたび出生地相生において初期から晩年までの作品や刊行物、愛用の調度品など、約300点を展示します。横山大観や川端龍子ら28人が眉仙に宛てた扇面も公開!

相生市瓜生にある福田眉仙さんの生家が、私の母の生家でもあるため、眉仙さんの絵は昔からよく目にしています。

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