アカデミー賞が受賞者に格別の感慨を与えるのはその歴史の長さと伝統の重さ故であろう。アカデミー賞は第二次世界大戦以前に創設されたが、戦中、戦後には、数多のヨーロッパの映画人がハリウッドに渡って来て活躍し、数々の賞を受賞した。実際、ハリウッド映画の黄金時代と言われる40年代、50年代には、サスペンス映画の巨匠アルフレッド・ヒッチコック監督、喜劇王チャールズ・チャップリン、輝かしい美貌で銀幕を飾ったイングリッド・バーグマン、ヴィヴィアン・リー、そして、日本人がいつまでも愛し続けているオードリー・ヘップバーン等、忘れ難い映画人が沢山いる。祖国を離れて、国際的な華々しい活躍をした彼らの栄光の歴史とハリウッドの黄金時代が重なり、その威光は現在に受け継がれ、ハリウッドの繁栄を支えてきた。
40年代、50年代のハリウッド映画の秀作から香り立つ気品は、今なお馨しく、我々の心を夢と憧れで満たしてくれる。そう思うと、リメイク作品やアニメやゲームを映画化した作品が増えつつある現状を見るにつけ、往時のハリウッドの輝きと品位はどこに行ってしまったのであろうかと一抹の寂しさを感じることもあるが、それでも、映画に真摯な情熱を注ぐ才能豊かな人達の息吹が途絶えることなく今に続いていることを嬉しく思う。
とりわけ、アメリカ人の俳優で、ハリウッドを牽引するだけではなく、外国映画でも見事な活躍をしている人には、ことのほか、称賛の気持ちが湧いてくる。
「告発のゆくえ」と「羊たちの沈黙」で、二度、アカデミー主演女優賞を受賞したジョディ・フォスターは、監督、プロデューサーとしても名を馳せているが、その多彩な才能は、語学の秀でた能力の中でも、遺憾なく発揮されている。実際、彼女が話すフランス語を聴いていると、あまりの巧さに彼女がアメリカ人であることを忘れてしまうほどだ。完璧なフランス語に豊かな情感をのせて、難しい役柄を演じ切るアメリカ女優、ジョディ・フォスターは本国だけではなく、当然、フランスでも高く評価されている。彼女が若い頃に主演したボーヴォワール原作の「他人の血」も素晴らしいが、近年の「ロング・エンゲージメント」では、フランス人の主演女優を凌駕するほどの名演で、その圧倒的な存在感で映画に深みを与えた。
おそらく彼女の頭には数カ国語の言語が詰まっており、その視点も複眼的で、アメリカを見つめる目も冷静そのもので、その冷静な分析力が役柄に凄まじいリアリティを与えている。逆説的に聞こえるかもしれないが、彼女の冷静さが生々しくリアルな役柄を作りだし、アメリカ以外の世界をよく知る彼女が描くアメリカには、アメリカの真実が巧みに焙り出されている。
戦後、私達はアメリカ英語を学び、母国語以外の言葉を学ぶことの大切さを義務教育を通して教えこまれてきたが、ジョディ・フォスターのように、母国語以外の言葉を自在に話し、アメリカ以外の国で活躍するアメリカ人の俳優が実は思いのほか少ないことに私は釈然としない思いを抱いている。そもそもアメリカ英語の発音を日本人ほど熱心に学んでいる国民が他にいるであろうか、アメリカ英語が話されている国がアメリカ以外にどれほどあるだろうかと考えると、正確なアメリカ式の発音を必死になって身につけようとしている日本人はなんと健気なことだろうかと思わずにはいられない。むしろアメリカ人が、他国の言語や文化を熱心に学ぶようになれば、アメリカという国が、そして世界の構図がどう変わっていくであろうかとそのことに私は興味を覚える。
映画の話に戻れば、ジョディ・フォスターのように英語以外の言語を自在に操り、海を渡って活躍する、真実、国際的な俳優が、アメリカからもっと輩出され、映画の世界がさらに一層活気づくことを願っている。