Kent Shiraishi Photo Blog

北海道美瑛町の大自然や身近な写真を、
海外へ配信するArtistの呟き。

思い出の一枚 part 2 農業一筋50年

2014年08月21日 | 思い出の一枚
思い出の一枚 part 2 農業一筋50年
誰にでも思い出の一枚とよべる写真があるはずです。

・・・・・・・・・
昨年の夏だった。
とても嫌な事があって憂鬱な気分になり、
丘に向かって車を走らせた。
しばらく走ってると気持ちの良い景色が見えた。
丘の稜線が山脈の様に連なっていて遠くに少し険しい山が見える。
そこでトラクターが農作業をもくもくとしていた。
すぐに車を停め、積んでいたキャンプ用の椅子を持ち出し、
しばらく畑を眺めながら風に吹かれていた。
なぜかこういう気分の時は写真を撮りたいとさえ思わない。
ただなんとなくボーッとしていたかった。
一時間位過ぎたか?
どうやら仕事の疲れもありその場でうとうと眠ってしまったようだ。

「ちょっとあんた!緑色の髪の兄さん!!」
どこからか声が聞こえて目が覚めた。
気がつくと椅子から落ちて、
土の上に這いつくばっていた。

「救急車呼ばなくても大丈夫かい?」
その言葉でやっと正気に戻った。
「え!救急車、あ~もちろん大丈夫です。
ちょっと気持ち良くなって眠ってしまっただけですから…」

「私はここで生まれて農業やって50年になるけど、
真昼間に地面に顔つけて寝てたのあんたが初めてだよ!」

「ごめんなさい!心配させました!!」

「いや別に心配なんかしてないよ!
ただ頭おかしい人じゃないかと思っただけ。」

「その通りです。頭おかしい奴です。」
僕は笑いながら答えた。

「やっぱりそうかい。だいたいが髪の毛の色が緑色だしね…。
まともな人じゃないと思ったけど…やっぱりおかしい人なんだ。」
顔が真っ黒に日焼けして、
おそらく70歳近いこの女性も笑いながらそう言った。

「ところであんた、こんなところで何してたの?
まさか本当に寝ようと思ってここに来た訳じゃないんでしょ?」

「この景色で心が癒されるんです。
それでしばらく眺めていたんです…。」

「へ~そうかい!この畑があんたを癒すのかい。
私はマッサージでもしてもらった方が癒されるわ」

「それは癒される意味が違います。
この景色は僕の病んだ心を癒すんです。」

「この景色がかい?病人を治せるの?心の病かい?
毎日見てる私には分からんね~」

「それは灯台下暗しという事です。」
そう言うと、
「それでもね、私でもこれは美しいなあーと思う事が一年に何回かあるんだよ。」
「それはどんな時ですか?」
直ぐに尋ねた。
「例えばカラマツの黄葉がまだ残っている時に雪が降ってね、
そしてわずかな時間だけ、畑の畝(うね)も見えている。
もちろん次の日には畑は一面雪で覆われてしまう。
だから一日のほんの数時間だけ美しいの。
見た事あるかい?」

「いいえないです。もし今度そんな時があったら教えて下さい。」
メモ帳を取り出し携帯番号を書いて渡した。

彼女はそれを受け取るとすぐにトラクターに乗って、
「兄さんの仕事は美容師さんかい?」
僕は笑いながら、
「髪の毛が緑色でも美容師じゃないですよ。
これでもプロ写真家の端くれです。」

「へえ~そうかい!だったら写真撮るなら直ぐに撮った方がいいよ!
もうすぐ雨になるから。」
その時天気は晴れていた。
「何故分かるんですか?」
「私はこの土地で農業一筋50年もしているプロだからね!
天気を予測するのもプロの仕事だよ!!」
そう言うと彼女はさっさとトラクターを動かしどこかに消えた。
僕は半信半疑で椅子を片づけながら、車に乗りカメラを設定していたら、
なんと雨が降って来た。
「さすが50年のプロだな!」
思わずそう呟いた。
帰り道、運転中に気がついた。
僕が教えたのは携帯番号だけだ。
名前を書き忘れた。そう言えば彼女の名前も聞き忘れた。
「まあいいだろう。どうせ連絡は来ないだろう。」

昨年は10月16日に「初雪」が降った。
今春「ナショジオ」の世界のフォトコンで編集者に選抜され、
「今日の一枚」に選ばれた作品、
緑池と初雪」はその時撮影した。
美瑛町に住んだ14年間で一番早い初雪だった。
そしてその後は雪が降らなかった。
・・・・・・・・・・・・・・
11月に入り、
僕は毎日忙しく撮影していた。

11月9日、初雪以来しばらくぶりに雪が降った。
行きつけのCafeで珈琲を飲んで休んでいる時電話が鳴った。
しかも非通知。無視した。
1分後また鳴った。
何か予感がして電話に出た。

「緑色の髪の兄さんかい?」
「えっ!」
一瞬絶句したが直ぐに思い出した。
「ハイそうです。天気予報のプロフェッショナルですね!」
そう言うと、
「違うよ、あたしは農業一筋50年のプロフェッショナルだよ!」
彼女が電話口で笑いながら話しているのが分かった。
「覚えているかい?今がその時だよ!
1時間もしたら大雪が降る。そうしたらお終いだからね。急ぐんだよ!!」
もちろん僕はあの日の会話を忘れていない。
「直ぐに行きます。」

25分後、
僕が地面に顔をつけて寝ていた場所に着いた。
夏とは全く違う景色だった。
「素晴らしい!美しい‼︎」思わず言葉が出た。
数分間見惚れて立ちすくんだ。
そして辺りを見回すと誰もいない、僕一人だけ。

三脚など立てている余裕はない。
直ぐに2台のカメラにレンズをセットして撮り始めた。
30分後、彼女の予言通り大雪になった。
・・・そして畑の畝はすっかり消えて、
丘は一面雪になった。

美瑛町の面積はほぼ東京23区と同じ。
たとえここに住んでいても撮り逃す景色はある。
もし彼女から電話が無ければこの風景を見逃していた。
撮影後車に乗って、
彼女にお礼を言おうとして気がついた。
連絡先が分からない。
名前も知らない。
分かっているのは、
彼女が農業一筋50年のプロフェッショナルだという事。
ただそれだけだ。
なぜか分からないけど、心が高揚した。
思わず苦笑いしている自分に気がついた。
僕が好きなのはこの街の風景だけではない。
ここに住む人達も好きなんだ。
(*^_^*)

「畑の畝も雪化粧」
昨年の事を思い出しながらスケッチ風の作品にしてみました。

ケント白石
北海道を世界に売り込む侍写真家
Professional & SAMURAI Photographer Kent Shiraishi
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