ただ日常をダラダラと‥

小畑千代

女子プロレスラー 小畑千代
闘う女の戦後史
秋山訓子・著
いやあ、面ン白くて一気に読了してしまったよ。
小畑千代(アタシの母と同い年!)つー女子レスラーはアタシは名前だけ知っていて、この本を読むまで歳の事など全く知らず、てっきり国際プロレスの女子部のイロモノ的なレスラーだと長い間思っていたが、豈図らんや女子プロレスの創世記からのレスラーだったのね。
女子プロレスの創世記つーと「レッドスネーク、カモン!」のショパン猪狩と兄が初めて団体を起こしてプロレスというよりお色気とコミカル重視の余興の様な物としてキャバレーなどで人気を得てたとナニかの本で読んだ事があるが、コレとは別なムーブメントととしてお色気ヌキで格闘技を標榜とした東京女子プロレスつー団体があったのね。
その団体で小畑は練習を重ねデビュー。
その後、団体の消滅などの紆余曲折を経てインディペンデントとして全国津々浦々を興行する。
そして1968年、全日本女子プロレスへの選手の流失に悩む日本女子プロレスから声がかかり入団。
その年の11月にメインエベンターとして史上初の女子プロレスのテレビ放映で高視聴率をマーク。
しかし日本女子プロレスも数年後に崩壊し、その後に国際プロレス女子部に入団し1976年に女子部解散。
その後、リングには立つ事は無かったが「いつでも戦える様に」とプロレスラーとしての鍛錬は欠かさなかったそうで、この本の取材時(2016年)もジムで筋トレをしていたそうだ。スゲェ!当時80歳だよッ!
気になってYoutubeで今更ながら彼女の試合の模様を観たが、あの当時で平成の頃に「女子プロレス最強の男」と言われた神取忍を彷彿させるファイトスタイルだったんでビックヒ!
最近の女子プロレスではタレントが短期間のトレーニングを積み試合をして好評を得た。との記事を少し前にネットのニュースで読んだが、その程度でリングに立てちゃう程、プロレスって簡単なチャチなモンなのか‥?とアタシは首を傾げてしまった。
そーいや、海老名家の子供達の中で皮肉にも別な意味で1番面白かった泰葉でさえリングにあがっちゃったモンな。
こんなフザケタ風潮をどう思っているのか?を戦後の昭和のリングを駆け抜けた小畑千代(ヒツコイ様だがアタシの母と同い年で誕生日が5日違いの同じ台東区生まれの86歳)に伺ってみたい。
明日は彼女が住む浅草でもフラつこうか。

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