DEEP ACIDなんでもかんでも日記・ヤプログ!より移行

おいてけぼりにされた者たち

 NHKのNEXT WORLDを見ていたが、個人的にはこういうのにあまり、と言うかほとんど共感できない。若くないせいもあるだろうが、こういう話に対して保守的に構えてしまうのは昔からだ。
 僕の今の苦しみは、やはりどこかで世の中について行けなかったんだろうな、と思う。科学の進歩のような現代的な話ではなく、大人になるための通過儀礼、例えば結婚とか、仕事で壁を超えることとか、そういうこと。科学の発展も、広い意味ではそうした大人になることと一緒で、何かを犠牲にして壁を乗り越える行為なのだと思う。
 僕も今日時間が余ったのでとあるチャレンジをしてみたが、やはりすぐに挫折だなあ、と言う感じ。もちろんこれからの時間でチャレンジの成果を出せるかもしれないが、まあとにかく壁は間違いなく高い。
 科学の発展のような乗り越え方は、万人ができることではない。経済面などで恵まれていることも必要だし、いわゆる「あきらめない力」を万人に求めることもできない。
 今の時代ほど人々が真っ二つに割れている時代はないのではないか、と時々思う。意見の分かれ方が半端なくきつい、と言うか。それが実は格差から来ているのではないか、とも感じられる。環境の格差も、才能の格差も含め、欧米諸国とイスラム諸国のように水と油のような対立があちこちで起きている。
 新しい世界に追いついていけなくなった人の中からテロリストと呼ばれるような人が現れる。世界から嫌われようとも、私はここにいる、と言う当たり前のことを、あまりにも歪んだ形で表現してしまう。
 単純な話だ。世の中についていけないから、ついていけない者同士で連帯したい。イスラム過激派の野蛮さはノーサンキューではあるが、軸足は僕と同様、進歩し過ぎた社会から落ちこぼれてしまった、イスラムの貧困の被害者であったり、日本国内にもたくさんいるコミュ障で引きこもり、奇怪な犯罪を犯し兼ねない弱さに縛られた人たちに寄り添うことしかしたくない。進化する世の中でおいてけぼりにされる人々の連帯を新種の垣根を超えてやりたい。
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