土木屋政策法務自習室(案)

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砂防法の都道府県から市町村への権限移譲について考えてみた。

2017年12月18日 21時01分41秒 | 地方分権

事務の権限委譲については、国から都道府県に対して行われるものと、都道府県から市町村に対して行われるものがあります。
この論文は、都道府県から市町村に対して行われる事務の権限移譲について、公物管理法のうち砂防法を題材として、その妥当性を検討したものです。
※平成22年作成、県名は「〇〇県」及び「△△県」と表しています。  


論題 都道府県から市町村への権限移譲にかかる問題点について
副題 〇〇県の砂防法許可事務に関して

【論文の概要】
〇〇県では、市町村が自主的、主体的に個性豊かな地域づくりを展開し、住民が最も身近な市町村において行政サービスを受けることができるようにすることを目的として「市町村への権限移譲の推進に関する条例(平成16年12月24日〇〇県条例第71号)」を制定し、この条例に基づきそれまで〇〇県が担っていた各分野の事務が市町村に権限移譲されることとなった。これにより、〇〇県において行われていた砂防法分野の行政処分である「砂防設備の占用等の許可」の事務が、市町村で行うことが可能になった。
しかし、市町村に権限が移譲されたことにより、制限行為許可及び占用許可は市町村長に、砂防指定地の監視及び砂防設備の工事・維持管理は〇〇県知事にその権限が分離され、〇〇県の砂防指定地管理及び砂防設備管理の面で支障が生ずるおそれが出てきた。このため、砂防設備の占用等の許可の事務を市町村へ権限移譲することが果たして妥当かどうかの検証を行うこととした。
都道府県知事には、砂防指定地に対する行為禁止及び制限する権限(砂防法第4条第1項)、砂防指定地を監視し砂防設備を管理・工事施行・維持する義務(同法第5条)が課されていることから、都道府県知事は砂防指定地管理者であり砂防設備管理者である。権限移譲したとしても、市町村長は砂防指定地管理者及び砂防設備管理者にはなり得ない。また、市町村に権限移譲された事務は、市町村長が自らの責任と判断のもとで行政処分すればよく、砂防指定地管理者である都道府県知事の関与は受けることはない。このため、砂防指定地管理上好ましくない行為が、管理者ではない市町村長の適法な行政処分によって行われてしまう危険を孕んでいるのが、〇〇県の砂防法関係事務の権限移譲であるといえる。
管理者の権限に服する義務を負わない者を抱合したままの状態では適切な維持・管理を行えない。よって、市町村に砂防設備の占用等の許可の事務を移譲すること、すなわち砂防法第4条第1項の許可権限を都道府県知事から分離し市町村に権限移譲することは、包括的で統一的な都道府県知事の管理権の行使が妨げられ、法で課された義務を果たせないことから、妥当ではないと判断する。
この移譲により支障となる事例としては、国家賠償法上、市町村長が許可した占用工作物が起因して発生した災害であったとしても砂防指定地管理者である都道府県知事は、国家賠償法2条1項の賠償責任を負うことが挙げられる。
地方自治法第1条の2第2項において「住民に身近な行政はできる限り地方公共団体にゆだねることを基本」とする理念は、行政が担う公物管理が十分履行できることをもって住民の利益になるものと考える。この権限移譲を砂防法の目的に合致して適切に履行するためには、砂防設備の占用等の許可の権限のみを市町村に移譲するのではなく、砂防指定地管理及び砂防施設管理の権限を一体として移譲しなければならない。
このため、指定地を監視し砂防設備を管理・工事施行・維持する義務(砂防法第5条)、砂防設備を管理・維持・工事するための費用の負担義務(同法第12条)、及び砂防指定地を監視し砂防設備の管理する職員の配置義務(同法第31条)等の管理者に要求される義務や負担をあわせて市町村に移譲できるような法整備が必要である。


【目次】
一 地方分権及び権限移譲
(1)地方分権及び権限移譲の経緯
(2)都道府県から市町村への権限移譲
二 〇〇県における権限移譲
三 〇〇県の砂防法に関する移譲事務
四 〇〇県の砂防事務と市町村移譲事務に関する問題提起
五 移譲事務の砂防法及び他法令規定に対する検討
(1)砂防法における都道府県知事の権限及び義務
(2)砂防法制限行為許可権限と他の義務との関係
(3)市町村長の行政処分の意思決定に対する都道府県知事の関与
(4)国家賠償法の適用の可否
(5)想定される〇〇県の管理の支障
六 おわりに


【本文】
一 地方分権及び権限移譲
(1)地方分権及び権限移譲の経緯
長らく、都道府県及び市町村の地方自治体における事務については、各省庁が全国一律の基準や統一的な方針を決定するなどして各地方自治体の行政運営の裁量を制限することから、政府の関与の度合いが強いところにその特徴があった。このため、中央集権的色合いが濃く、各地方自治体が独自の政策や基準を定めて特色のある行政活動を展開することが妨げられる原因ともなっていた。このことは、地方自治体の行政を政府が制約するものと見る一方、地方自治体にとっては政府の後立てのもと他の地方自治体と類似し均衡のとれた行政を運営するには都合のよいものであった。しかし成熟社会となり、ある程度の社会基盤が整備された昨今においては、政府が全国一律の基準を定め地方自治体がそれにそって行政を運営することは、各地方の地域の実情に合わせた特色ある行政活動が制限されるとする短所が指摘されるようになった。
このような流れのもと、地方自治体にこれまで以上の権限を付与することを目的として、平成5年6月3日の衆議院及び同年同月4日参議院における「地方分権の推進に関する決議」がなされるに至り、本格的に地方分権が動き出した。
その後、地方分権推進委員会において4次にわたる勧告がなされ、政府の地方分権推進計画の策定、この法制化としての「地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律」すなわち「地方分権一括法」が平成11年7月8日に成立、平成12年4月1日に施行され第一次地方分権改革が本格稼動するに至った。
(2)都道府県から市町村への権限移譲
この地方分権一括法は、国と地方の役割の明確化、機関委任事務の廃止及び国の権限を都道府県に移譲することが主な内容となっており、地方公共団体の自主性及び自立性が十分に発揮されるよう住民に身近な行政はできる限り地方公共団体にゆだねることを基本理念としている。この理念のもと、それまでと都道府県の事務とされていたものも、「都道府県は、都道府県知事の権限に属する事務の一部を、条例の定めるところにより、市町村が処理することとすることができる。この場合においては、当該市町村が処理することとされた事務は、当該市町村の長が管理し及び執行するものとする(地方自治法第252条の17の2第1項(条例による事務処理の特例))」と規定されたことから、市町村に権限が移譲できることなった。
この都道府県から市町村への権限移譲に対して、地方分権一括法施行前から存在する地方自治法第252条の14第1項の事務の委託の規定がある。この規定は、「普通地方公共団体は、協議により規約を定め、普通地方公共団体の事務の一部を、他の普通地方公共団体に委託して、当該普通地方公共団体の長又は同種の委員会若しくは委員をして管理し及び執行させることができる」とするものであり、地方公共団体の事務を再配分するという意味においては権限移譲と類似のものである。しかし、権限移譲が都道府県から市町村への事務の再配分の制度であるのに対して、事務の委託は定められた区域の範囲は存在せず、普通地方公共団体相互において、すなわち都道府県と市町村、市町村相互あるいは都道府県相互の間において行われることにその違いを有する。また、権限移譲では都道府県知事の市町村長に対する協議が義務付けられているが同意までは要求されていない反面(地方自治法第252条の17の2第2項)、事務の委託においては議会の議決を経なければならない(地方自治法第252条の2第3項を準用する地方自治法第252条の14第3項)。
これらのことから、権限移譲の規定は都道府県の判断によって市町村に権限の移譲を可能にする内容であり、事務の委託の制度よりもさらに強く権限移譲を推進することができる制度であるといえる。

二 〇〇県における権限移譲
地方自治法第252条の17の2第1項に基づき、〇〇県においては「市町村への権限移譲の推進に関する条例(平成16年12月24日〇〇県条例第71号、以下「条例」という)」を制定した。この条例は、「市町村が自立的、主体的に個性豊かな地域づくりを展開し、及び県民が最も身近な市町村において総合的な行政サービスを受けることができるようにすることを目的(条例第1条)」とし、移譲対象事務を目的に応じてまとめた「パッケージ化」にすることによって、類似した事務が統一的に市町村に移譲できることに考慮がなされている。これらパッケージを列挙すると、身体障害者手帳の交付等の事務の「福祉パッケージ(条例第4条)」、有料老人ホームの設置の届出の受理等の事務の「長寿社会パッケージ(条例第5条)」、児童扶養手当の認定等の事務の「子育てパッケージ(条例第6条)」、墓地等の経営の許可等の事務の「衛生パッケージ(条例第7条)」、農地等の権利の移動の許可等の事務の「農林水産業パッケージ(条例第8条)」、砂利の採取計画の認可等の事務の「商工業パッケージ(条例第9条)」、都市計画区域内における開発行為の許可等の事務の「まちづくりパッケージ(条例第10条)」及び旅券の発給等の許可等の事務の「生活・安全安心パッケージ(条例第11条)」の8のパッケージが規定されている。
権限移譲の対象となる砂防法関係の事務である「砂防設備の占用等の許可」事務は、条例第11条の「生活・安全安心パッケージ」のひとつとして規定され、さらにその詳細は別表第84において定められている。

三 〇〇県の砂防法に関する移譲事務
条例において対象とする砂防設備の占用等の許可(別表84)の事務は、砂防法施行条例(平成15年3月11日〇〇県条例第32号)に規定する11の事務である。
列挙すると、①第3条第1項(砂防指定地内における行為の許可、以下「制限行為許可」という)、②第4条第1項(砂防設備の占用等の許可、以下「占用許可」という)、③第6条(行為の許可等の変更の許可)、④第7条(行為の許可等の更新)、⑤第8条(行為についての国等との協議)、⑥第9条第2項(行為の許可等を受けた者の地位の承継の届出の受理)、⑦第10条第1項(行為の許可等に係る権利義務の譲渡の許可)、⑧第11条(砂防指定地内における行為等の開始等の届出の受理)、⑨第12条(原状に回復することが適当でない旨の認定等)、⑩第13条(砂防指定地内において行為を行っている旨の届出の受理等)及び⑪第14条(行為の許可等の取消し等)である。
砂防法施行規程第3条では、「砂防法第四条ニ依り禁止若ハ制限スヘキ行為ハ同条第一項ノ場合ニ於テハ都道府県ノ条例ヲ以テ(中略)之ヲ定ム」とし、砂防法施行条例が「砂防法の施行に関し必要な事項を定める(第1条)」としていることから、砂防法施行条例は、砂防法第4条第1項の「治水上砂防ノ為一定ノ行為ヲ禁止若ハ制限」する内容を具体的に規定したものといえる。このため、市町村移譲した前述の11の事務は、砂防法第4条第1項の「行為制限の権限」の内容を具体化したものであるといえる。

四 〇〇県の砂防事務と市町村移譲事務に関する問題提起
砂防法において都道府県知事に義務付けられている主たる事務は、「指定シタル土地ニ於テハ都道府県知事ハ治水上砂防ノ為一定ノ行為ヲ禁止若ハ制限スルコト(砂防法第4条第1項)」、「都道府県知事ハ其ノ管内ニ於テ第二条ニ依リ国土交通大臣ノ指定シタル土地ヲ監視シ及其ノ管内ニ於ケル砂防設備ヲ管理シ其ノ工事ヲ施行シ其ノ維持ヲナス(砂防法第5条)」ことの二つがある。
権限移譲前であれば、〇〇県知事は砂防法第4条第1項の行為制限の権限である制限行為許可及び占用許可と、砂防指定地監視及び砂防設備の工事・維持管理(砂防法第5条)とを一体の事務として処理することができた。このため、砂防指定地で他の者が行う掘削等の制限行為許可申請あるいは橋梁等の占用許可申請の審査においては、〇〇県が行う砂防工事に対する支障の有無、既設砂防施設への有害性及び将来の砂防計画に対する影響を判定して許可の適否を具体的に一貫性をもって審査することができるという利点があった。また、〇〇県知事が制限行為許可申請及び占用許可申請を受理するということは、どのような内容の行為がどの期間なされるかという情報を把握することでもあり、砂防指定地の監視の際に、どの箇所に重点を置いて監視するかの判断の要素ともなることから効率的管理にとって有効であった。
しかし、権限移譲後にあっては、制限行為許可及び占用許可は市町村長の権限となり、砂防指定地監視及び砂防設備の工事・維持管理は〇〇県知事が担うこととなるため、権限移譲前と同様の審査が制度として可能かどうか不安視された。この理由としては、市町村が知り得ない〇〇県施行の砂防事業の将来計画に整合した許可審査の機能が失われたこと、また許可の有無及び許可内容については〇〇県知事に対する協議及び報告の義務がないことから、〇〇県は砂防指定地の監視において許可行為あるいは許可物件を事後的に把握することとなり、砂防指定地内で行われる行為の十分な情報収集機能が失われたことが挙げられる。
また、市町村が砂防法施行条例第3条第1項第1号の工作物の新設の許可審査を行う場合には、市町村が独自の権限のもとで「治水上砂防ノ為(砂防法1条他)」の影響の有無等を形式的に審査をすれば、それによってなされた許可あるいは不許可の行政処分は当然に有効となる。このため、その工作物の新設が〇〇県の砂防事業上支障となる物あるいは場所であったとしても、〇〇県の砂防事業計画との整合性を具体的に審査がなされない点で砂防事業に対する支障の発生が十分に考えられるのである。
一般的に、都道府県から市町村へ移譲された事務は、「当該市町村の長が管理し執行する(地方自治法第252条の17の2第1項後段)」こととなり、権利行使あるいはそれに付随する義務を行使する主体が都道府県知事から市町村長に置き換わるのであって、双方に権限や義務の行使に伴う新たな衝突や干渉が生じることは基本的には考えられない。例えば、開発行為許可(都市計画法第29条第1項及び第2項)の場合、権限移譲がなされれば都道府県知事はその権限を失い、替わって市町村長が許可に対する権限を得ることになるものであって、都道府県と市町村との間において権限の行使に関する衝突等は想定できない。
しかし、移譲対象となる事務とは別に、法律上都道府県知事に義務が課せられている規定がある場合には、移譲された事務を執行する市町村と、法律上の義務を履行しなければならない都道府県との間で事務執行に関して衝突等が生ずることが予想される。
このような、不都合な事態が想定される「砂防設備の占用等の許可(別表84)」の事務の、市町村への権限移譲が果たして妥当かどうかを検証する必要があると考えるのである。

五 移譲事務の砂防法及び他法令規定に対する検討
(1)砂防法における都道府県知事の権限及び義務
「『砂防』とは、土砂の生産を抑制し、流送土砂を扞止調節することによって災害を防止すること(建設省河川局砂防法研究会『逐条砂防法』41頁(全国加除法令出版、昭和47年))」と定義される。山地においては、主として降雨及びそれに伴う河川の増水等によって山肌が削りとられることによって、多大な土砂が生産され流出する。
このため、川は絶えずその形状を変化するこことなり、土地の侵食や川底の上昇がもたらされ土砂崩れや水害を引き起こす。これを防止するのが「治水上砂防」であり、砂防法においては「砂防設備ヲ要スル土地又ハ此ノ法律ニ依リ治水上砂防ノ為一定ノ行為ヲ禁止若ハ制限スヘキ土地(第2条)」に対して、都道府県知事に一定の権限を付与し義務を課している。
規定されている都道府県知事の権限及び義務のうち主たるものは、①指定地に対する行為禁止及び制限する権限(砂防法第4条第1項)、②指定地を監視し、砂防設備を管理・工事施行・維持する義務(同法第5条)、③管内公共団体の行政庁に対する砂防工事施行・維持を指示する権限(同法第7条)、④他の工事等で砂防工事が必要となった場合の工事施行・維持の命令(同法第8条)、⑤砂防台帳の調整・保管の義務(同法第11条の2)、⑥指定地を監視し、砂防設備を管理・維持・工事するための費用の負担義務(同法第12条)及び指定地を監視し砂防設備の管理する職員の配置義務(同法第31条)である。
これによれば、都道府県知事は治水上砂防のため、砂防指定地の監視及び砂防設備の維持管理義務、費用負担義務及び監視職員の配置義務を負い、その義務を果たすべく行為禁止及び制限の権限を有することとなり、すなわちこれらの権限及び義務を履行することが砂防法上都道府県知事が行う「管理」ということとなる。
このうち砂防指定地の監視とは、「法第二条により治水上砂防のため一定の行為を禁止制限した砂防指定地における遵守義務について、違反行為がないかどうか等を常時監視すること(建設省河川局砂防法研究会『逐条砂防法』116頁(全国加除法令出版、昭和47年))」、すなわち砂防指定地の管理である。砂防指定地は降雨や台風などによって山肌が侵食され絶えず土砂生産・流出がなされるところであり、砂防指定地管理者は、その現状を変更して治水に影響を与えるような有害行為を禁止制限し、違反行為を監視する必要がある。また、自然崩壊や現状変更のおそれの有無、崩壊等の現況等を常時把握して、砂防設備の新設、改良、維持、修繕、災害復旧等の工事の必要性の有無、工事施行の時期等を判断するため、不断の監視、すなわち管理を必要とする。
この管理は、砂防法第4条第1項で規定される砂防指定地の現状を変更して治水上砂防に影響を与えるような行為を許可対象として禁止制限し違反する行為を監視する(同法第5条)砂防指定地の監視と、同法第5条で規定される砂防設備の工事及び維持を行う砂防設備の管理とをもって構成される。そのため砂防指定地を監視し、砂防設備を管理・維持・工事するための費用の負担義務(同法第12条)及び砂防指定地を監視し砂防設備の管理する職員の配置義務(同法第31条)が都道府県知事には義務付けられている。
よって、都道府県知事は、砂防指定地管理者と砂防設備管理者の双方の立場をもって治水上砂防のための管理を行うものとなる。

(2)砂防法制限行為許可権限と他の義務との関係
砂防法第4条第1項の行為制限の権限が移譲されると、市町村長は行政処分手続の適否の側面でのみ責任を負うこととなるが、公物管理としての砂防指定地管理の責任は負うものではないこととなる。すなわち、権限移譲がなされたとしても市町村長は砂防指定地管理者あるいは砂防設備管理者にはなり得ないということである。一方、権限移譲された場合であっても、都道府県知事は砂防法第5条の指定地監視義務を負う立場には変わることはない。
基本的に、公物を管理する場合、管理主体にはその管理を適切に行うための手段として管理者以外の者の行為を禁止及び制限する手段が付与されている。例えば、道路法においては、道路法第12条から第16条までの道路管理者は、道路管理者以外の者の道路工事に対する承認の権限(道路法第24条)を有し、道路の占用についての許可権限(同法第32条)を有する。また、河川法においても河川管理者(河川法第9条及び第10条)は、河川管理の手段として、流水占用(同法第23条)、土地の占用(同法第24条)、土石等の採取(同法第25条)、工作物の新築等(同法第26条)、土地の掘削等(同法第27条)、竹木の流送等の禁止・制限(同法第28条)及び川管理上支障を及ぼすおそれのある行為の禁止・制限(同法第29条)の各許可権限を有する。これら道路法や河川法を見てわかるように、公物管理においては管理者以外の者の行為を禁止し規制する権能が管理者に備わっていなければ法の目的を達成することはできないため、管理者に必要不可欠な権限として様々な許可が規定されているのである。
また、国から発せられる砂防関係の通達においては、制限行為許可及び占用許可と砂防指定地管理に関して次のように表されている。平成39年8月13日付け建河発第399号(建設省河川局長から各都道府県知事あて)「砂防指定地等管理の強化について」では、治水上砂防の見地から支障の生じている事例に対して砂防指定地等の管理強化を指導する旨通達がなされている。ここでは、①制限行為等の許可にあたっては治水砂防上の支障の有無を十分検討し厳正に行うこと、②制限行為等の許可にあたっては砂防指定地又は砂防設備に治水砂防上の支障ないようにすること、③許可した制限行為等の状況を常時監視し必要となる場合は的確な行政指導を行うこと、が求められている。これによれば、砂防指定地と砂防設備の管理を行うためには、都道府県
知事が制限行為等の許可の厳正な審査が必要であり、制限行為等を許可した事後においても常時監視をすることが不可欠であることを前提としているものである。このため、砂防指定地及び砂防設備を管理するにあたって、制限行為許可及び占用許可の権限を都道府県知事から分離することは到底考えられないものといわざるをえない。
公物管理権とは、「公共用物をその本来の目的にしたがって、公共の用に供するために認められた特殊の包括的権能(原龍之助『公物営造物法』219頁(有斐閣、昭和53年 ))」であり、その管理行為の一部の権限を他の者に対して移譲することは、包括的で統一的な管理権の行使が妨げられる。また、管理者の権限に服する義務を負わない者を抱合したままの状態では適切な維持・管理を行えないことは明白である。
よって、市町村に制限行為許可及び占用許可を移譲することによって砂防法が規定する都道府県知事の管理義務が適切に履行されないおそれがあり、市町村長には移譲後にあっても管理権限がないことから、制限行為許可及び占用許可すなわち「砂防設備の占用等の許可(条例・別表84)」の事務を〇〇県から分離し市町村に権限移譲することは、妥当ではないと判断する。

(3)市町村長の行政処分の意思決定に対する都道府県知事の関与
前述のとおり、砂防指定地管理及び砂防設備管理については都道府県知事にその義務及び権能が付与されており、管理者としての責任を負わない市町村長に対して管理権の一部である許可権限を移譲することは、一貫した統一的な管理に対して大きな支障となるものである。
ただし、権限移譲された事務を市町村長が許可等の行政処分した場合に、都道府県知事が是正等の要求が行うことが出来るとすれば、一応形式的には適切な管理が担保される可能性がある。地方自治法第252条の17の4第2項は、権限移譲により都道府県が処理することとされた法定受託事務についての是正の要求が出来る旨の特則を置く。是正の対象となるのは、法令もしくは国・県の処分に違反する事務の執行もしくは事務を怠った場合である。そのため、市町村へ権限移譲された事務について、許可基準等に則り行った行政処分が結果として都道府県の管理あるいは将来計画等に支障がでたとしても、法令違反もしくは事務を怠ったということにはならないため、権限移譲された砂防設備の占用等の許可の事務に対して県が是正を求めることはできないということとなる。

(4)国家賠償法の適用の可否
国家賠償法第2条第1項では、「道路、河川その他の公の営造物の設置又は管理に瑕疵があつたために他人に損害を生じたときは、国又は公共団体は、これを賠償する責に任ずる」と規定する。この「公の営造物」の伝統的理解は「国又は公共団体により公の目的に供される人的物的施設の総合体を指称するのが普通であるが、国家賠償法第2条第1項では、道路、河川、港湾、水道、下水道、官公庁舎、学校の建物等、公の目的に供用されている有体物を意味する(宇賀克也『国家補償法』233頁(有斐閣、1997年))」のであり、また法条文に河川が挙げられていることからも人工公物のみならず自然公物も含まれるものと解される。このことから、砂防指定地及び砂防設備は公の営造物であり、管理者である都道府県知事は国家賠償法第2項第1項により賠償責任を負う場合があるということになる。
ただし、権限移譲によって市町村長が許可した掘削や盛土等の制限行為、及び橋梁や取水施設等の占用工作物が起因し他人に損害が生じた場合であっても、砂防指定地管理者である都道府県知事がその管理責任を問われるのかということが検討されなければならない。当然ながら、他人に対する損害が都道府県知事が許可した制限行為及び占用工作物に起因する場合には、治水上砂防に対する妥当性や既存の砂防設備及び将来計画に対する支障の有無を自らの審査によって判定し、また制限行為及び占用工作物を含めた砂防指定地の管理義務が都道府県知事にあることから、瑕疵が問われ賠償責任を負う場合がある。
一方、市町村長が許可した場合はどうか。権限移譲された許可の事務の対象とする行為は、一般的には申請から始まり内容審査を経て行政処分がなされ、工事等の許可内容の履行が完了するまでの一連の事務手続のみである。このため、砂防指定地に市町村長の許可によって設置された占用工作物が存在したとしても、市町村長に治水上砂防についての管理義務が生ずることはない。よって、「公の営造物の管理」を要件とする国家賠償法第2条第1項の賠償責任は市町村長には及ばないこととなる。
結局のところ、『河川管理者以外の者が設置した許可工作物の維持管理は、河川とは独立したものとして設置の許可を受けた者が行うが、河川管理者は、監督処分権を有するから(河川法七五条二項)、許可工作物に内在する欠陥により河川災害が生じた場合、河川管理者が許可工作物の維持管理に直接関与していないからといつて何らの責任も負わないものとすることはできない(平成2年12月13日最高裁一小法廷判決昭和63年(オ)第791号)』とするように管理者はその責任を免れない。そうすると、市町村長によって許可された制限行為及び占用工作物が起因して他人に損害が生じた場合であったとしても、砂防指定地管理者である都道府県知事は、国家賠償法第2条第1項の賠償責任を負う場合があるということとなる。

(5)想定される〇〇県の管理の支障
市町村によって許可された制限行為及び占用工作物と、〇〇県が行う砂防指定地管理や砂防設備整備とが場所や時期において衝突し、砂防事業に支障が生ずることは容易に考えられる。そのうえで、支障となる事態について具体的に見ていくことする。
まず、砂防設備の事実管理の側面に関してである。市町村の制限行為及び占用許可の行政処分は、砂防事務における〇〇県の審査を経るものではないことから、処分対象となった物件が、現況及び将来計画に対して、治水上必要とされる適切な川幅や水面からの距離等の砂防上の技術的な要件が確保されないおそれがあるということである。
さらに、市町村が砂防指定地内で自らの事業を施行する場合、具体的には市町村所有地での土石の採取行為を行う場合や、市町村道の橋梁を設置する場合である。市町村に制限行為許可及び占用許可の権限があるということは、市町村が砂防指定地内において、自由に制限行為や占用を行うことができるということである。このような砂防指定地の管理に責任を負わない者が、砂防指定地においてその行為が制限されないことは、公物管理の上で妥当ではないと考える。
また、砂防法施行条例第8条「国又は地方公共団体が第三条第一項の行為又は第四条第一項の占用若しくは採取をしようとするときは、あらかじめ、知事に協議し、その協議が成立することをもって第三条第一項又は第四条第一項の許可を受けたものとみなす」が権限移譲対象事務となっている。このため、果たして砂防事業を行う〇〇県が市町村長に対する協議を必要とするのか疑義が生ずる。しかし権限移譲は、その行使する主体が都道府県から市町村に置き換わる制度であり、従来の都道府県の権限が市町村と並列に残存するものではない。そのため、この条文においては〇〇県は「地方公共団体」としての扱いを受けることとなり、市町村に対する協議が必要とならざるを得ないこととなる。

六 おわりに
この砂防関係の事務を市町村へ権限移譲対象としているのは全国47都道府県のうち、〇〇県の他1県にとどまる。さらに実際に移譲しているのは〇〇県のみである。
移譲の対象事務としていない都道府県の理由としては、「砂防指定地を適正に管理するための砂防工事等には、多大の費用を要するため、国庫補助事業が必要である。国庫補助の適正な執行のため事務及び管理に関する事務は全て県が行うことになっている(△△県)」としており、指定地及び設備の管理と許可権限は分離して事務を執行できないと判断した結果であるといえるものである。権限移譲のうち、県民あるいは様々な活動主体に対して行政が法規制する場合であれば、規制する行政主体は国、都道府県あるいは市町村のいずれであってもかまわない。たとえば、都市計画法29条の開発行為許可の規制主体(許可権者)が都道府県知事であっても市町村長であっても規制の効果は同様であり、また都道府県と市町村との間での権利義務の干渉や衝突は考えられない。
しかし公物管理においては、管理者自身に他の者の有害な行為を排除する権限が備わっていなければ適正な管理を行うことは不可能である。このため、公物管理者たる〇〇県知事から市町村長に権限移譲することは妥当ではない。
地方自治法第1条の2第2項において「住民に身近な行政はできる限り地方公共団体にゆだねることを基本」とする理念は、行政が担う公物管理が十分履行できることをもって住民の利益になるものと考える。しかし、条例が定めた「砂防設備の占用等の許可」(条例第11条・別表第84)の事務の権限移譲は、〇〇県の砂防指定地及び砂防設備の一元的で適正な管理を失わせるものである。
この権限移譲を砂防法の目的に合致して適正に履行するためには、砂防設備の占用等の許可の権限のみを市町村に移譲するのではなく、砂防指定地管理及び砂防施設管理の権限を一体として移譲しなければならない。
このためには、砂防指定地を監視し砂防設備を管理・工事施行・維持する義務(砂防法第5条)、砂防設備を管理・維持・工事するための費用の負担義務(同法第12条)、及び砂防指定地を監視し砂防設備の管理する職員の配置義務(同法第31条)等の管理者に要求される義務や負担をあわせて市町村に移譲できるような砂防法の改正及び整備がなされなければならない。

以上


【参考文献等】
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塩野宏『第三部公物法』306-359頁 「行政法Ⅲ(行政組織法)」第三版 有斐閣
松島諄吉『公物管理権』290-317頁 雄川一郎・塩野宏・園部逸夫編著「現代行政法体系第9巻」初版 有斐閣
来生新『海の管理』342-375頁 雄川一郎・塩野宏・園部逸夫編著「現代行政法体系第9巻」初版 有斐閣
三本木健治『河川の管理』376-401頁 雄川一郎・塩野宏・園部逸夫編著「現代行政法体系第9巻」初版 有斐閣
松島諄吉『58公物の概念』154-155頁 成田頼明編「ジュリスト増刊行政法の争点」 有斐閣
原龍之助『第二編公物法』55-355頁 「法律学全集13-Ⅱ公物営造物法」新版有斐閣
開発許可制度研究会編集 『最新 開発許可制度の解説』改訂版 ぎょうせい
地方自治法令研究会編集 『自治六法』 ぎょうせい
西尾勝編著 『分権型社会を創る② 都道府県を変える!~国・都道府県・市町村の新しい関係~』初版 ぎょうせい
建設省河川局砂防法研究会 『逐条砂防法』 全国加除法令出版株式会社
松本英昭 『新版逐条地方自治法』第5次改訂版 学陽書房
松本英昭 『要説地方自治法』第六次改訂版 ぎょうせい
藤田宙靖 『現代法律学講座・行政法Ⅰ(総論)』第四版改定版 青林書院
宇賀克也 『法律学体系・国家補償法』初版 有斐閣
建設省管理課長高田賢造『最近における公物立法の展開 公共物管理法に関する諸問題』14-30頁 自治研究第28巻第10月号 良書普及会
建設省計画局建設事務官永井陽『公共物の管理に関する諸問題』19-29頁 地方自治第74号 地方自治制度研究会
南博方・高橋滋編 『条解行政事件訴訟法』第3版補正版 弘文堂
澤俊晴 『政策法学ライブラリィ12 都道府県条例と市町村条例』初版 慈学社


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