雑木囃子

四十年どうしわかることがある

土曜日だからドライブに出かけた。


富士山にお辞儀をしながら運転してるうちに目的地に着きそうになったから、道の駅に寄ることにした。私は早くから行動するから、早く着く。
待たされても待つ方がいい。遅刻は負けスタートの一日になるからいやだ。

足柄あたり。

ソフトクリームは買ってない。

コーヒーは購入した。
移動販売のブース。景色を眺めるふりをしながらしばらく店を眺めてみたら、とても真面目にコーヒーを扱っておられるとわかり、すすりたくなったからだ。
そこらのコーヒーショップより格段においしかった。マスターにこれでは安いとお伝えした。
コーヒーをよく研究しておられ、感服しました。と同時に、ちゃんとしたコーヒーを作る人を見極める私の目の確かさもなかなかのものだと思った。

向き合う。
というのは、軽々に言えるものではないし、本当に向き合う人は向き合っていると言わない。
納得しようとしているだけだからだ。
それを人が見て、その様をなんとか表そうとして、向き合っている、言うものである。
マスターはとても真面目に熱心にコーヒーに向き合っていた。

用事先では私の席が用意されている。
人に会い交流することに熱心ではないので、席の用意されている場にはほとんど行かない。

キャンプ協会の会議だからドライブしてみたわけだ。
用事もないのに出かけるのは苦手だけども、用事で出かけるならついでに何かを手に入れたくなる。
お土産にも興味はないので、土産物屋でせんべいとかまんじゅうとかを買うこともない。
少し足を伸ばして小田原あたりで干物を買おうと思う。

知らないごちそうが。
周りの方々と食べる速度を合わせるのが難儀である。

おかわりできます、とのことで、早く言ってよーみたいなこと言いながら率先しておかわりするのが私の仕事です。
誰かが遠慮なくおかわりすればみんなおかわりしやすいですから。

おみやげもいただいた。
自分は買わないし、どこにでもたいてい手ぶらで行くんだけどのに貰うのはありがたいです。
ありがとうございます。
が、キャンプ協会の立ち場で参加しているので、自分がゲットするわけにはいかない。

玄関先にインスタバエがあしらわれていた。
来宮神社の神職だった若者と懇意な私には珍しくないが、秋らしい心くばりに感心した。
私の場合は葉っぱ集めてズコズコと袋に詰め込んで畑に撒くだけですから。

会議というのは役割分担があり、各自の役割を果たすのがマナーだ。
私の役割は常に、ちゃんとしてない人、という役だ。ちゃんとしてないようでホントにちゃんとしてないから、役というよりそのまんまってところですか。

帰路に、先の道の駅に寄り、帰りの分のコーヒーを淹れてもらうつもりが、店じまいの最中だった。
とても残念がる私を見かねたマスターが、湯を沸かし直してくれ、この日最後の一杯を頂戴した。
そのまま立ち話に入ってしまい、コーヒー談義に歓んだ。真面目も真面目、人にはわからない苦心と経験があったと思う。四十年コーヒーに打ち込んでいるとのこと。
私も四十年キャンプに打ち込んできたから、年月が何をもたらすのかなんとなくわかって来たところ。
人にはわからないところまでやっている。
やらなくてもいいことまでやる。
そうなるんだ。ほんとにやってるとそうなる。
気持ちの良いご縁だった。
間違いない味とサービスと四十年の今だからこその出会いに謝意を伝え、帰路につく。
干物はあきらめざるを得ない時間だ。

お土産は食べちゃうことにした。
会議の駄賃とさせてもらおう。賞味・消費期限の問題もある。無段で横領したことになるかもしれないから、報告書には書いておいた。っけ?

会議の成り行きに課題や反省はある。

会議というのは、いろんな人が集まるものだ。
ずっと静かにしている人もいるし、とても力があるのにそれを表に出さない人、知らない人との会議というだけで緊張する人、なぜかマウント取ろうとする人、早口で横文字多用して賢いと見せかけたい人、自分の話ばかりする人。
私は、人の自慢は大嫌いだし、自分のことばかり話す人も苦手だ。俺みたいなちんぷんかんぷんのくせになんとなく座ってるやつも苦手だ。俺は何してるんだここで。

そういや、自慢する人には幾つかタイプがある。
私のように、自分が気分良くやったことを自慢するけど誰もから無視されて感銘も恨みも与えない自己満足タイプ。
他一つは、客観的な価値があるとされるモノや立場をひけらかす俺のほうが上だぜタイプ。車がベンツだとか、仕事が儲かってるとか、どこそこに住んでいるとか、センセイと呼ばれ慣れてる人に多い、人にすごいなーって言わせたいステイタスタイプ。
他として、人のことはお構い無しに自分の宝物を見せたがるタイプ。孫、子ども、山の写真とか見せられてもねえ。
どの自慢もまあ、みっともないけど、ステイタスタイプは名あって実なしとわかりやすくて助かる。
やけに肩書に〇〇長がたくさんあるならそれはそれぞれの組織で特に何もしていない証でもある。そんなに〇〇長たくさんやってるのに全部をちゃんとやってるわけない。ただの名誉職を並べられると実務実行実力がないんだなと気の毒にさえ思う。
ほんとにその能力があるなら一目で気圧される気迫や本当の賢者のおもむきがあるはずだが、それは見当たらないのにやけに肩書がたくさんある人は、ひとりやひとつにひたむきになることはない。名誉を漁ってるから何かにひたむきになるとしたら、ステイタスで武装することにひたむきなのだろう。
サウナに入ればただのはだかんぼなのにね。


俺やコーヒーマスターは四十年一つのことをやっている。お互いに実務実行を重ね実力があるはずだがまだ足りないと思いながら改善しつつ、今日も何かに打ち込んでる。
ほんと、幸せでありがたい。きっとコーヒーマスターも同じだ。わかる。
ってなことを考えながら帰路で満足した。

うまいこと言っても
打ち込んでるのはヤギとかガラクタ直しとか。
新たなガラクタを作ることにもひたむき。


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