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EAST JUNIOR FAN CLUB

青森市内の学童軟式野球クラブチーム「イースト・ジュニア」を応援するブログです。

こんな風でした。

2012年05月16日 | EJ雑感



電光掲示板の話をしたら、
ステファニーさんから、
以前のことを聞かれたので掲載しました。




2009年の学童大会。



対戦相手は、前年秋季大会(新人戦)の
県大会優勝チームである佃クラブ




前半は押されながらも、
後半追いついての特別延長戦。



そして敗北・・・。





電光掲示板の表示に、

「この次の試合のときには、
 別の表示がいいなあ。」

と思っていたが、

次の試合はなかった・・・。





あー思い出すだけで、泣けてくる・・・。



本当にナイスゲームでした。



(試合の様子はココをクリック)






勝てとは言いませんが、

6月2日のスポ少も

よい試合が見られますように!!




掲示板に表示されている多くの選手が、
現在、中学校3年生で、
最後の中体連に向けて練習しています。



by mino

中学校野球もやってる。

2012年04月29日 | EJ雑感

学童開幕。

EJは、5月3日9:00から、
後潟小戦を制した、
三和あすなろと対決することとなった。


トーナメント近くでは、
港Fが1回戦を突破した模様だ。


さて、本日はHARUTOの原小クラブが、
安田Yと8:00から対戦する。
(都合の付く人は、応援に行きましょう。)





さらに、実は、市内中学校の春季大会も開催されていて、
昨日は、LEOのいる造道中が、KAZUMAのいる筒井中を
破ってBEST8を決めたようだ。

KAISHIのいる佃中は、三内中と1回戦を戦ったようだが、
試合結果は不明。

本日(29日)は、
RYUKIのいる戸山中とKAIのいる甲田中、
KAZUYAのいる浪打中と北中の対戦もある。

さらに、KOUTA、RYOTAROのいる東中と沖館中の対戦もある。



中学校は、イマイチどのこのチームが強いのかよくわかっていないが、
たまに見に行くと、懐かしい顔に出会ったりする。




時間等は、次のとおり。



29日(日)

南中学校会場

①  8:30~甲田中-戸山中
② 10:30~東中-沖館中


横内中学校会場

①  8:30~荒川中-横内中
② 10:30~北中-浪打中



さらに、さらに、身近なところでは、
東高校のグランドで高校野球の春季大会も行われている模様。
昨日、KEIGO(KEITAの兄)の東高校が勝ったとの噂を聞いた。



いやー、野球シーズンが一気に開幕といった感じです。



荒川小Gにて練習試合。キャッチャーREN

by mino


学童大会2012によせて(日程修正)

2012年04月21日 | EJ雑感

(日程に誤りがありましたので、朱字で訂正します。)





全国約15,000チームから予選を勝ち抜いてきた
強豪チームが出場する本大会は、
まさに「小学生の甲子園」と呼ばれ、夢の大会となっている。

全国大会は、平成21年より明治神宮野球場で開催されている。

第1回大会は昭和56年。
平成9年第17回大会より高円宮杯が下賜された。


(軟式野球連盟HPから抜粋)





明日、4月22日(日)は、

少年野球の甲子園と呼ばれる
「学童大会」が開催する。




2005年は、BEST8に進出し、準々決勝で港Fに9-0で破れる。
       (港Fは県大会出場)


2006年は、1回戦シードで臨んだ2回戦の初戦で、戸山西に19-0の完敗。
       (戸山西は準々決勝で、優勝した安田Yに3-2で敗退)


2007年も 1回戦シードで臨み、2回戦の初戦で大野クラブに15-0の完敗。
       (大野クラブは県大会出場)


2008年は、BEST8に進出。準々決勝は7-0で浪岡南Aに敗退。
       (浪岡南Aは県大会出場)


2009年は、1回戦で佃クラブに6-6の特別延長からの敗戦。
       (前年の秋季大会優勝の佃クラブは準々決勝で、
        優勝した浪岡北BBCに3-4で敗退)


2010年は、前年に引続き佃クラブと1回戦で対戦。
       3-3の同点から後半に突き放され9-4で1回戦敗退
       (佃クラブはベスト4で浪岡野沢に敗退)

2011年は、2度の特別延長を制し、決勝進出。
       決勝は金沢クラブに敗れたが準優勝で県大会出場。
       (県大会は、1回戦で五戸ヤングに敗れる。)



これらが、過去7年のEJの学童大会の結果である。


さて、2012年は・・・。



明日の開会式では、準優勝盾を携えた13代キャプテンを筆頭に
堂々の行進を見せてくれるだろう。



初戦まで、あと12日。


エントリー選手構成から、
5年生、4年生の力を借りることになるが、
周りのチームを見渡せば、
いずれのチームも状況は変わらないようだ。


ちょっとしたキッカケで、
子供達は見違えるほど上手くなる。
キッチリ練習して、目標は初戦突破。


思い切ったプレーを期待したいですネ。




本日21日は、アリーナで練習
18:30から各自ランニング
19:00から21:00まで練習


24日
アリーナで、18:00から20:00まで練習


28日 
サンドームで16:00から20:00まで練習


30日
サンドームで13:00から17:00まで練習


22日の開会式は、
8:30市営球場集合
開会式後、場所を移動して練習試合





学童大会初戦は、5月3日


28日に行われる後潟ー三和あすなろの勝者と対戦。

(9:30試合開始予定)


毎年のことだが、ゴールデンウィークは少年野球漬けとなる。




そして、お知らせ。


恒例の花見は、

5月3日のEJの試合終了後に行われます。



OBの皆さん!EJの応援に、花見に、

是非ご参加を!




EJ2011年花見風景



なぜか、MAKIさんの後頭部の写真が多いような気がする・・・。
誰が撮ったんだろう・・・?

by mino


激励会開催(2012)

2012年04月09日 | EJ雑感
4月7日(土)は、

市内アラスカ会館で、大激励会が行われました。

記念撮影、父母会会長の挨拶、代表挨拶、乾杯と、
次第のとおり進み・・・。


宴席の途中で、各選手に新背番号が手渡されました。


10番はキャプテン。
一桁は、レギュラーナンバーではありますが、

「0番」、「20番」など、
チーム独自の特別な期待を持たせた番号もあります。


渡された背番号には、
少なからず選手への期待がありますので、
がんばっていきましょう!!



さらに・・・!!


宴席の途中で、学童大会の組み合わせが発表となりました。


EJは、5月3日に、

後潟と三和あすなろの勝者と戦うこととなりました。



まだまだ、グランドには雪が残り、
練習場所に不自由していますが、



選手の皆さん!!


毎日の素振りだけは、

なにとぞ、なにとぞ、


お続けくださるよう、

御、願い、奉りまする~。



EJ激励会(2012)





by mino

震災後1年

2012年03月11日 | EJ雑感
実は、東日本大震災の日を
「3.11」(さんてんいちいち)と呼ぶのは、
「9.11」(きゅーてんいちいち)を連想させて、
あまり好きではなかった。


あっちは、「テロ(人災)」で、
こっちは、「自然災害」。


被害の大部分は、津波によるもので、
地震の揺れによる家屋の倒壊が少なく、
日本家屋の丈夫さが話題となった。

そして、被災地では略奪などの行為が皆無。

むしろ、被災者の整然とした様子が、
「日本人に学べ。」と世界中から賞賛を浴びた。



悲しいニュースばかりの中で、
世界の国々はこんな風に日本を見ているのか、
と、少し勉強させられた。




あれから、1年。



青森市内に暮らす我々にとっては、
1.5日間の停電と
その後2、3週間のガソリン不足が、
実体験した震災の記憶であり、
1年で、その記憶がだんだんと
風化してきているが分かる。






仙台方面に復興作業に行っているRYO太郎のお父さん。
そして、仙台に引っ越して被災したLEOママ。


最近の身の回りの状態は、如何ですか?



青森は、豪雪の冬でしたが、
3月に入って、めっきりと春らしくなりまた。




TAKASHIを中心とするイースト・ジュニアは、
サンドーム大会の決勝トーナメント進出を決めて、
日々練習に励んでいます。

(3月20日には、トーナメント1回戦を戦いますが、
 相手チームの方が、断然、評価が高いようです。)






淳々の世代は、中学を卒業し高校受験。

淳々の兄の慎也の世代は、高校卒業。

TAKUROたちの世代は、中学校へ。



いや~時間が経つのは速い・速い。




4月7日(土)には、例年のとおり
イースト・ジュニア大激励会が、
市内アラスカ会館で開催されます。



学童大会、開幕は4月22日とか・・・。






震災1年にあたり、

チームの近況でした。



ということで、ちょっと懐かしい写真を大きめに貼り付けました。
何年の何大会の優勝記念の写真か分かりますか?













by mino







答え、2007年サンドーム大会優勝。
撮影場所、筒井南小グランド。

高校受験でした(2012)

2012年03月07日 | EJ雑感
そうでした。
高校受験の前期日程が行われたのでした。


今回は、EJ9期生。
淳々やYUGAたちの世代ですね。



この世代、最終的には8人揃いましたが、
5年生まで、同学年は淳々1人という世代でした。



YUGAが入り、6年生2人となり、
残りを5年生でうめて臨んだ学童大会。

もちろんピッチャーで4番でキャプテンの
淳々の活躍で、BEST8まで進出しました。



浪岡南には及びませんでしたが、
ベスト8を決めた浜田戦が忘れられません。



1回の表にLEOがスクイズで決めた1点を
淳々の好投で相手攻撃をかわしながらも、
最終回(7回の裏)に1点を返され特別延長。

特別延長の8回の表に5点をあげたEJが、
裏の攻撃を零封しBEST8を決めました。



数日後に監督に電話をしたら、
「まだ、この間の浜田戦の興奮が冷めていない。」
と言っていたのを思い出します。


浜田側に、「バント1本決められていたら負けていた。」という、
本当に、際どい、ナイスゲームでした。



あれが、2008年5月・・・。



その後、筒井からHIROHIKO、DAIYOUが、
合浦からYUYA、HAUJI、KAISEIが、
そして戸山西からはTAKUMIが加わって総勢8名。


皆さん、受験したのでしょうか?

一息ついたら、
小学生選手に練習を付けにでも来てください。





前期、後期に分けた高校受験の仕組みは、
見直しの方向で検討されているとの報道がありました。

来年の10期生は一発勝負か・・・。

(ま、それは、それでよいと思いますが・・・。)







示唆 鼓舞 遵守 怠る 募る

実験でセッカイ水を使う。
道路をカクチョウする。
平和をキキュウする。
運動会が三日後にノびた。
新説をトナえる。



これらは、
先日の高校受験で実際に出題された
漢字の読みと書き取りの問題です。


なんとなく、野球関係の漢字に見えるのは
私だけでしょうか・・・。



By mino



学童大会2008(茛町小戦)


PHOTO by TAKEママ



フォトチャンネルの貼り付け成功!!

(現在、朝の5:00、寝よ・・・。)



敗北の後日談

2012年03月01日 | EJ雑感
ー敗北の後日談ー



(この物語はフィクションです。)

(3月1日ということで掲載しました。)



当時の試合の様子については、

懐かしい話(その1)
懐かしい話(その2)
懐かしい話(その3)
懐かしい話(その4)

をご覧ください




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3月1日、山本監督のもとに訃報が届いた。

MBの前監督T氏が亡くなられた。



--------


3月中旬、EJのとある練習日、
ちょっとした練習の合間のことである。

監督はタバコに火を付けると、
静かに「フー」と煙を吐きながら、
そこにいた私とR太郎のお父さんに話しかけてきた。


「前回のMBに負けた試合のことで、
 こんな事もあるんだなという話があったんだ。」


少々低音で、いつものエネルギッシュな口調を押さえている。
普段より少し落ち着いた声で、しんみりと語り始めた。




「先月のMB戦。
 8ー0からの逆転の試合覚えてるだろ。」

と、監督が問いかけると、



「圭介のスクイズ失敗から、
 流れがガラッと変わりましたよね。」

と、R太郎のお父さんが応じた。


「そう。俺も監督になって長いけど、あんな試合は初めてだ。」
「流れを変えようにも変わらなかった。」
「8ー0からの大逆転劇なんて、そう滅多にあるモンじゃない。」
「しかも戦力的には明らかにこっちが上だったのにもかかわらずだ。」



「まあ、長くやっているからこそ、色んな事もあるんですよ。きっと。」
と私は、慰めになるか、ならないかよく分からない言葉を言ったが、
監督はこれを聞き流していた。


タバコの煙を吐きながら、
「うん。」とだけ監督は応え、
こう続けた。


「実は、その試合にMBのTさんが、
 ここに来ていたらしいんだ・・・。」



「はっ?」

私とR太郎のお父さんは二人で、

(何を言っているの?)という顔つきを同時にした。


監督は、我々の顔に視線を合わせず、
ジッとガラス越しに選手達の練習を見つめながら、
しゃがんでタバコの火を消すと、
MB前監督のT氏のことを語り始めたのだった。



--------



監督の言葉を借りれば、
MBの前監督のTさんという方は、
サンドーム大会などを主催する
青森少年野球協会の設立に尽力された功労者であり、
取りも直さず、現在のEJの野球、
つまりEJ監督自身の野球の原点となった方らしい。


まずは守備を堅め、守りでリズムを作り、
先取点はスクイズで取りに行く。

そしてその一点を踏み台にして、
大量得点に結びつけようとする野球なのだそうだ。


そして、どんな試合でも、強い相手でも、
たとえ弱い相手であっても、
そのスタイルを崩さず貫き通した方だそうだ。


MBの監督をその後M監督に引き継いだ後も、
愛犬の子犬を連れて、
よく試合観戦に来ていたとのことだった。



私よりも長く少年野球を見ているR太郎のお父さんが
「うんうん。」と頷いている。



「昨年の秋に余命3ヶ月と診断されていたらしい。」
監督は言った。


Tさんの奥さんは、その事を本人には伝えなかったらしい。
御本人も知らない様子だったという。


年を越す前に一端手術をして胃の全摘手術を受け、
一端は退院したものの、2月に容態が悪化し再度入院。

3月1日に帰らぬ人となった。

享年五十五歳、胃ガンが他の臓器に転移し、
手の施しようがない状態であったそうだ。


火葬にも、通夜にもEJ監督は出向いていた。



Tさんの奥さんが、監督の元へ来て、言った。

「主人は、いつも「山本さん、山本さん」と、
 よくイーストの監督さんのことを気遣っていました。」


「私の野球の原点は、旦那さんの野球でしたから。」
監督が言った。



「本当に、野球一筋の人でした。亡くなるちょっと前も、
 ベットの上で横になりながら、野球のことを叫んでいましたもの。」



「野球の夢でも見ていたんでしょうね。」



「いえ、いえ、目はハッキリと明いてたんですよ。」
「でも、いつものぼんやりした目ではなく、
 その日は、随分険しい目をしていました。」


「側にいる私には目もくれず、叫んでたんですよ。」
「「回れー」とか、「これじゃー、負けるぞー」って。」



「ベットの上で、腕を動かしてサインのような仕草もしてたんですよ。」




「あの、亡くなる前って、一体いつのことですか?」
監督が聞いた。


「亡くなる前の日曜日だったかしら。」


「午前中?」


「お昼ご飯の頃だったわ。」




「こりゃあ・・・。」



山本監督は、EJとMBの試合のことを奥さんに伝えた。

Tさんが、ベットの上でサインを出し、
叫んでいた時間帯はキッチリ先だっての大逆転劇、
EJ対MB戦の試合時間と重なっていたのだ。



「フフッ!MBの子ども達のことが心配で、
 身体は行けないから、
 魂だけサンドームに行っていたんでしょうね。」

奥さんはニッコリ笑って言った。



「亡くなる直前まで、野球をしてるなんて、
 Tさんらしいですよ。」

山本監督は、こう話し、一礼をして立ち去った。




--------





山本監督は、二本目のタバコに火を付けた。

「別に負けた試合の責任をTさんのせいにしようとは思わないが・・・、
 やっぱりあの試合のMBは、
 今までとは違う粘りと強さがあったと思う・・・。」



「ひょっとして、圭介のスクイズバントに、
 Tさんが手を出して邪魔してたりして!」

R太郎のお父さんが、冗談交じりに言った。



「それじゃあ、智哉のピッチングの時に腕にしがみついていたかもな。」

監督も笑いながら言った。



「そう言えば、妙に、あの日は智哉、
 いつもより、随分汗をかいていましたモンね。」

私が追随した。





監督は、タバコの煙をフーと幾分長く吐いた。

そして、下向きにしていた視線を戻しながら、少し間をおいて、
しみじみと誰にともなく呟いた。




「やっぱり、来ていたんだろうな・・・。」





------------







練習で一度もフライを捕れなかった子どもが、
本番で、いきなりフライをキャッチしたり、

コツコツと練習を積み重ねながらも、
ズーーとベンチを温めてきた選手が、
いきなり代打でサヨナラヒットを打ったり・・・。


かと思えば、ライト側に伸びるファールラインに向かって
リードをとるファーストランナーがいたり、

「ツーアウト!」とキャッチャーが守備陣に声をかけたら、
何故か、敵のセカンドランナーが「オウ!」と応えていたり・・・。



泣いたり、笑ったり、叫んだりの繰り返しが、少年野球の醍醐味だろう。



そして、この少年野球に心の底からズッポリハマッテしまう大人は、
全国アチコチにたくさん存在するようだ。



かくなる私も息子が初めて試合に出たときに、

当たり前のセンターフライを当たり前に捕っただけで、
「ナイス!センター!」と叫ばれている息子を何度も思い出し、
家で一人祝杯を上げていた。

全くのマグレ。

ボールの方から勝手に、
差し出したグラブへ飛び込んできたにも関わらず・・・。




「少年野球は、高校野球よりも断然面白い。」と断言する大人は多い。


涙や感動のない少年野球はない。

グランド内で繰り広げられる珍プレーや好プレーの中に見られる
子ども達のひたむきさ、そして何より目の前で、純粋に野球を楽しみ、
プレーに熱中する子ども達の姿こそが、
周囲の大人達に絶えず感動を与えている。


そして、その影で、家庭や仕事、自分の時間さえ投げ打って、
少年野球に賭けている野球バカな大人がいる。


誰よりも少年野球を愛し、
チビッコ選手を愛おしいと思っている大人が、
全国のいろんな地域に必ずいるのだ。





山本監督は、

「Tさんもその一人。」
「仕事以外は、殆ど野球漬けの生活をしていた。」
「まるで母子家庭だと、奥さんが嘆いていた。」

と言っていた。



「今度のファルコンズ戦・・・、」
「MBの子ども達は、黒の腕章をして戦うんじゃないかな。」と、
タバコの火を消しながら、寂しい口調でポツリと山本監督は言った。





--------




MFのブログでも、S監督がT氏の訃報をいち早く伝えていた。




MBの前の監督、Tさんが3月1日、お亡くなりになりました。
突然の訃報にただ、ただびっくりしています。

本当に根っからの野球人でした。
そして少年野球に強く情熱をささげた人でした。
私はどれだけTさんから「少年野球とは?」のヒントをもらったかわかりません。

そして、野球に対して厳しく、子供たちには優しくすばらしい指導者でした。
Tさんの背中を見て育ってきました。

協会杯サンドーム大会でお会いしたのが最後でした。
まさかこんなに早く逝ってしまわれるなんて夢にも思っていませんでした。

この青森少年野球協会は設立のときはTさんもメンバーでした。
子供たちの為にいろいろ苦心され、時間を犠牲にしてきた仲間でした。
本当に残念でなりません。

Tさん。この青森の空の上から我々、
少年野球にかかわっている我々をずっと見守っていてください。
MBをずっと見守っていてください。
M監督をずっと見守っていてください。

そして、ファルコンズはこれからもずっとMBと
勝った負けたで一喜一憂しながら仲良く頑張っていきます。
Tさんが作った青森少年野球協会を立派な協会にしていきます。

協会杯は次節、MB対ファルコンズです。
Tさんに「良い試合だった。」と言われるような好試合をしますよ。
見ていてください。

それでは、Tさん、そちらでも大好きな野球をやってください。
私はあなたのことは忘れませんよ・・・。





--------

(名文だと思います。)

--------





「そういうことなら、追悼の意味でも、
 是非ともMBには、ファルコンズに勝って欲しいですね。」と、

私は、山本監督に言った。



「そう、是非、MBには、ファルコンズに勝って、
 そして、浪岡南に負けて欲しい。」

山本監督は言った。



それだけが得失点差でEJが、
サンドーム大会で優勝する唯一の可能性である。


私は、せっかく良い話を聞いたと思ったが、
この一言で天国のTさんは、
山本監督の頭をポカリとやっているのではないかと思った。



隣で、R太郎のお父さんがニコッと笑った。





「よーし、やるか!」



一声発し、両手で頬をパシッと軽く叩いて、
山本監督が出て行った。

練習グランドでは、
春の学童の大会を意識した守備練習が繰り広げられていた。










Tさんの「T」はその後、
MBを後継したチーム名の一部に
刻まれたとか・・・。



(合掌)



---おわり---




4年ほど前に、
当時、EJ監督から聞いた話を元に、
膨らませて書いたものです。



フィクションとしながらも、

本年の3月1日を逃すと、またしばらく掲載できないかなと思い、

思い切って関係者の皆さんの許しを得ないまま掲載しました。




表現・内容で、「けしからん!」という部分があれば、

匿名でかまいませんので、コメントを頂ければ、

速やかに削除・修正いたします。







by mino

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"物書き"を気取ったわけではありませんが、
いい話なので、いつかご紹介しようと思っていました。
へたくそな文章は、ま、勘弁してください!!          
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キックベースボール大会参戦

2012年02月06日 | EJ雑感
例年にない積雪で、
会う人、会う人との会話の半分は、
雪の話題。


そんな中、安田運動公園で、
スポルト青い森グループが主催する、
キックベースボール大会に参加しました。

2月5日(日)

時より雪がチラつきましたが、
無事終了。

その様子を写真で、
お知らせします。



県営球場の3塁側ベンチ。
今年の積雪の多さが分かります。


6年に混じった、REN君


その6年チーム。KOSEIのココアが美味そうだった。


モリモリ君とKAIくん


グランドの花二輪。


ヒットを放った、KOSEIのガッツポーズ


勝っちゃった、3年生チームのガッツポーズ


4年生チームベンチ


3年生チームベンチ


4年生のRENのキック。


3年生YOUのキック。


MAO、自らの打球を目で追う。


敗戦の理由を語るRENと
RENの話に聞き入る人々、聞かない人々。



作戦を練る人々。



白い帽子の方は、どなたでしょう?

                    ↓ この方。



まさか!戦闘用の面を付けたマダラでは!!

(何を言ってるのか分からない人は、子どもに聞きましょう!)








さて、結果は?





(・・・。)





楽しく、過ごしました。






5年生チームの写真は、撮れなかった。

ゴメン・・・。



by mino



子ども新聞

2012年01月30日 | EJ雑感

1月27日の東奥日報子ども新聞。

見ました。
読みました。


「ん?コラム・・・。」

(なまいきナ!)



いや、立派な文章でした。

SHUTAくん!


そうか!
やっぱり、夢は甲子園か。





「甲子園出場おめでとうございます。」

「はい、ありがとうございます。」

「野球は、いつ頃から始めたんですか?」

「小学校の頃から、イースト・ジュニアというチームでやっていました。」

「そうですか。」
「小学校の頃は、どんな選手だったんですか?」

「チームのブログに、僕のちっちゃい頃の様子が載ってますから見てください。」





こんな、やり取りが、
ないとも限らないので、
あらためて写真をハッ付けとこっと。







学童大会2011 市営球場 【PHOTO BY TAKEママ】










甲子園出場・・・。

それなら、KEIGOだって可能性は高い。



オータムスカイ2011【PHOTO BY MINO】



学童大会2011 市営球場 【PHOTO BY TAKEママ】








(・・・。)




押さえで、KAIくんも載せとコ。


学童県大会【PHOTO BY MINO】


小学校で野球をやっていても、
高校まで野球をやる選手は、
1割くらいだろうか。


10人いれば、1人くらい・・・。


その1人がベンチ入りを果たして、
さらに、その高校が県予選を勝ち進んで、
甲子園の切符を手にすると考えれば、

甲子園に行くということは、
随分、難易度が高く感じられる。



考えてみれば、青森県の高校球児の内、
夏の甲子園の土を踏めるのは、
ベンチ入りを果たした20人。

平成21年の青森県の東京大学、京都大学の入学者が21人だそうだから、
甲子園のグランドに立つということは、
東京大学や京都大学に入るよりも難易度は高いのかもかもしれない。

いや、浪人しても東大は狙えるから、
一発勝負のトーナメントの甲子園の方が、
難易度は、ずっと高いだろう。


しかし、野球をやってさえいれば、
その可能性は「0」ではない。



まあ、16歳から18歳の青春真っ只中で、
何かに打ち込むということが大事なことで、
それが野球じゃなければいけないといことはない。



この頃に打ち込んだことは、
その時代の仲間を含めて、
一生の宝物になるはず。



これからの、皆さんの活躍を期待しています。





監督もおっちゃんも、
チームOBの高校野球の試合は、
ちょくちょく見に行っているようだ。


もちろん、不肖、私も見に行きます。
(青森市内の会場に限られますが・・・。)






さらに、押さえで、TAKUROの写真も・・・。

これは、まっ、いっか。


by mino





5年生のSHUHEIくん。

楽天野球教室、恒例の「生き残りノック」で、
見事、最後の1人まで生き残り、
サイン入りユニフォームをGETしたそうです。

(おめでとう!)


私の記憶では、EJで二人目。


最初に、サイン入りユニフォームをGETしたのは、
8期生の千葉康平くんでした。




実は、私事。


12月の大人向けの生き残りノックで、
最後の2人まで残ったまではよかったものの、

だんだんと短くなるノックの間隔に付いてゆけず、

最後は、足が縺れて、
力尽きました・・・。




サイン入りユニフォームには、
あと一歩で届きませんでいたが、


「TAKUROのお父さん!
 ちょっとかっこよかったよ!」と、

はたで見ていた「若い」奥様から声をかけられたのが、
ちょっと、嬉しかった・・・。



サードSHUHEIくん。サンドーム大会(勝田クラブ戦より)

EJ12期生最終章に向けて

2011年10月22日 | EJ雑感
EJ12期生最終章に向けて一言。


昨日のあおもりカップは完敗だった。

しかし、福村ガッツは弘前の強豪チーム。

そのチームをツーアウトからのポテンヒットによる1点と
ノーアウトで出したフォアボールのランナーを進められてのスクイズの
2点に抑えたということで、守備的には合格点だったと思う。

MITTSU、KEIGOのピッチング、
ISSEI、RIKUのセンター守備、
TAKUROのバント処理、
KAIくんの速いゴロへの対応などなど、

随所によいプレーがあったと思う。


打てない方は、ある意味仕方ない。
相手ピッチャーが上手かった。

球速もさることながら、
コーナーワーク(特に外角低め)と微妙な緩急の変化に、
翻弄されたといった方が的確な表現だろう。

(全く打てなかった・・・。)
(内野フライばかり・・・。)

そんなに、選手は、落ち込む必要はなく、
これはチームづくりレベルの課題だと思う。

学童県大会の五戸ヤングとの試合でもそう思ったが、
県大会レベルのピッチャーを想定したバッティング練習は、
ほとんどしていないといってよいし、
このレベルのピッチャーがいるチームとの練習試合も組んではいないため、
経験的にもほとんどない。


そんなことよりも、この試合、
予選7試合を経ての決勝トーナメントに際して、
選手たちの元気がなかったことが気になった。

予選7試合では、打席数に多寡(多い少ない)はあっても、
現在の6年生16名全員が、何らかの形で試合に出場し、
まさしく全員の力で勝ちあがって進んだ決勝トーナメント。

この決勝トーナメントのために、
夏から秋にかけて試合をしてきたにもかかわらず、
肝心の決勝トーナメントでチームのモチベーションがあがらないのは、
これまでの努力をフイにするようなものだ。


明日は(もう本日になりましたが)、
協会杯市営球場大会準決勝。

もちろん勝てば決勝。



勝ち負けではない。

これまでの経験をすべて出し尽くすような、
そんな、ナイスゲームを期待しています。

ベンチも含めて、チーム全体で盛り上がる。
チームワークのよい12期生の本領発揮を期待したいですネ。


最後の最後です。

バッターボックスで萎縮していたら、
大人になってからでも、夢にうなされるような、
一生の後悔になりかねません。


昨日のKEITAのバッティングのように、
緊張すれども前向きに!
そんな姿がみたいですネ!





KEITAの第一打席スイング。
結果は、ストライクボールを全て打ちにいっての四球だった。





「くれぐれも、悔いなきよう。」と書いていたら、
結構な雨音が外から聞こえてきた。


やれるかな・・・?


By mino


試合前、全体写真

BA-おっちゃんからのコメント

2011年09月11日 | EJ雑感

最近、当ブログに、
BA-おっちゃんからのコメントが
連続して寄せられていることにお気づきだろう。



「どうして、また急に・・・?」



それは、勿論、最近のチームの不甲斐なさに、
コメントを送らずにはいられなかったのさ。


いやいや、不甲斐ない試合はこれまでもあった。
12期生を特別かわいいと思ってくれてるんだヨ。




いろんな感想があるだろう。




・・・・・・



ところで、
市内某所で、H代表(=BA-おっちゃん)と
御一緒する機会があった。

H代表曰く、
「パソコンを買おうかと思ったのですが、
 携帯電話を買い替えることにしました。」

と、いつもの丁寧な口調で、
おもむろに目の前で携帯電話を取り出した。



私は持っていないので詳しくは分からないが、
その携帯電話は、いわゆるスマートフォンと呼ばれる
多機能携帯電話であった。




ちょっと大きめの人差し指で、
サッと画面をなでると、
クルッと画面が移動する。

ちょっと太めの指先で画面上のアイコンをグッと押すと、
パッとソフトウェアが立ち上がる。


御本人は、焼き鳥を食べる私の前で、
興味津津といった様子だ。


「どうです!」と言わんばかりだったので、
言われる前に、「いいですねー。」と言った。


「ほら、これを押すとイーストのブログもすぐに・・・。」
「ほら、これですよ。」




・・・・・・



ということで、
「なぜ、BA-おっちゃんのコメントが、最近、多いか?」
というと、



(スマートフォンをいじって何かやってみたかった。)


という答えが、正解のような気がするほど、


その折のH代表のスマートフォンをいじる様子は、
無邪気な目を輝かせていた。








男は、何歳になっても子どもなのである。



こんな言葉で今回のブログを閉めると、
御本人の名誉にかかわるので、


その折のH代表の一言を・・・。





「やっぱり、12期生を優勝させてあげたいなあ。」


ですって。




がんばれよ、12期生!!



By mino


ちょっと懐かしい写真を添付します。

ちょうど、1年ほど前のスポ少秋季大会の様子です。







当然と言えば、当然ですが、
各選手とも、今より、ちょっと幼い表情をしてるようです。





EJ合宿風景2011

2011年08月21日 | EJ雑感
「自転車♪全力でー♪ペダル♪」




今年の合宿の様子を写真でお知らせします。






「むーぎわら帽子は~♪」



夏休みも終わりに近づき、

ちょっと寂しい気もします。

宿題、終わった?



やっぱり、選手たちの楽しい様子は、
いいですねー。

試合でも、こんな表情が見られますように・・・。




◆まずは、室内練習場の風景から。














◆続いては、バーベキュー風景


































◆13代目キャプテンTAKASIから、来年に向けての抱負。



◆4年生以下








(大きくなれよ!YOU!)



(親子ではありません。)





◆例年のことですが、
 肝試し前の、
 監督からの恐そうで、あまり恐くない話し。


(それでも聞き入る子供達。)


(それでも続ける監督。)








◆最後は、円陣で宴会を締める。



◆翌朝、早朝散歩前。
 一人ひとりから、コメント。













◆朝食風景















◆場所を移動して、木ノ下Fとの練習試合。試合模様は、後日。






暑さも、幾分、和らいできました。


秋の気配が、感じられます。




「あれーが、あなたの好きーな場所♪」





さあ!後半戦、盛り上がっていこう!!





photo by mino





書き出しの、2曲目と最後の3曲目・・・。



何の曲か分からない人は、

お父さん、お母さんに聞いてみよう。




分からない・・・?



君のママ(パパ)は、若い!!

Re:わしでファル 様

2011年05月17日 | EJ雑感
コメントありがとうございます。
(返信が長くなったので、本文に掲載しました。)


<準々決勝や準決勝で敗れるよりも決勝で敗れるって、
 はかりしれない程の悔しさが・・・・・>


思えば、そのとおりだと思います。



実は、15日は、学童大会慰労会を開催したのですが、

前日の浪岡野沢戦の逆転負け、
この日の学童決勝での金沢クラブへの完敗で、

お通夜のような宴会となるかと思いきや、


監督自らが、宴席の場をしきり、
奥様方をネタに非常に楽しい宴会となりました。


しかし、実は、非常に悔しい気持ちを押し隠して、
わざと明るく振舞っていたのかと、
監督の心中を察すると、

マイク代わりに割り箸を握り締めていた姿も、
今思えば、痛々しく思えます。



本当に、悔しい姿は、一切見せず・・・。

終始、奥様方をネタに楽しそうに・・・。




ひょっとしたら、
運動後、数日してから筋肉痛になるように、
今頃になって、
ジワーっと悔しさが込み上げているのかもしれません・・・。



いずれにしても、監督・コーチ、選手たち
そして、選手を支えた父兄の皆さん、
さらに、応援に駆けつけてくれた多くの皆様に感謝したいと思います。


木村コーチから、学童大会中のベンチ内の様子を聞きました。

選手起用一つをとっても、
随分、監督コーチの葛藤があったようです。

我々応援団は、選手起用、采配に文句を言うことは御法度ですが、
決勝まで来られたのは、
厳しい場面での的確な判断(=ベンチワークのよさ)が
あったことも見逃せません。



名将に乾杯!!


誉めては、飲み、
慰めては、飲み・・・。

この次の宴会では、思いっきり監督を讃えたいと思います。




この次の宴会・・・、
いつになるか分かりませんが・・・。

(EJでは、「決勝まで進めば、勝っても負けても慰労会(祝勝会)」
 という不文律があります。)







「15周年を迎える御チームこそが、
 イースト・ジュニアの目標である。」と、

常々、監督は申しております。



市営球場大会は、
市営球場で互いのチーム名を電光掲示板に表示して、
御チーム先攻、EJ後攻でやりたいものです。


今後ともよろしくお願いいたします。





By mino




試合終了後、全体写真

学童大会明日開幕

2011年04月23日 | EJ雑感


少年野球の甲子園と呼ばれる学童大会は、
やっぱり他大会に比較して特別な印象がある。


甲子園を目指さない高校球児がいないように、
少年野球(軟式)をやっているなら、
この大会を目標とするのが本当だろうと思う。


軟式野球クラブチームであるイースト・ジュニアも
そんな少年野球チームの一つであって、
特に特別なチームということではなく、

野球好きの地域の大人が、
野球好きの子供達を集めてチームを作り、

これまで12年間にわたり活動を続けてきた。


当然、学童大会は大きな目標であったが、

過去の戦績をみると・・・。

(まあ、過去の戦績には目をつぶりましょう。)





さて、今年はどうなるか?




青森地区は、49チームが参加。

明日、4月24日(日)に開会式が行われる。



8:40に市営球場正面前に集合となっているが、
私の経験からすると、相当、車が混み合うので、
これより30分以上前に現地を目指したほうがよいと思います。



現在、外は、結構、強い雨が降っている。



(スパイクを綺麗にして、
 そして雨具の準備も忘れずに。)



2009年の開会式も雨に見まわれ、
その後、雪に変わったのが思い出されますネ。






イースト・ジュニアの1回戦は、
5月1日(日)の第二試合。
対戦相手は、千刈小学校。



第二試合の開始予定は、
10:00。



その後、例年どおり、勝っても負けても、
例年の場所でお花見!




イースト・ジュニアOB会の皆さん!!


飛び入りでも大歓迎です。

是非、手ぶらでお立ち寄りください。




そして、12期生に、
励ましのコメントなどをいただければ幸いです。










まあ、ここまでくれば、
悔いの残らぬように祈るばかりです。





頑張れ、東北!

頑張れ、イースト・ジュニア!




by mino


開会式終了後、場所を浪岡北小に移動して、
浪岡北bbcとの練習試合が予定されています。
弁当は不要。
(念のため、父母会で、バナナを用意しています。)





昨年の学童大会終了後のミーティング。
キャプテン孝太郎の涙が印象的でした。

個人成績

2011年03月11日 | EJ雑感
3月26日の協会杯サンドーム大会浪岡野沢戦を前に、

これまで秋から行われた

練習試合を含む8試合個人成績を発表します。




各選手は、発奮して頑張りましょう!!


ヒット1本で、
順位は随分あがっちゃうぞ!!!



出塁率

順位  成績  名
 1   630(17)  SHOGO
 2   615(8)  HYUMA
 3   600(15)  KEIGO
 4   593(16)  TAKURO
 5   588(10)  KEISHI
()内数字は、出塁数



打 点

順位 成績  名
 1   12  SHOGO
 2   7   TAKURO
 2   7   KEIGO
 4   6   ITUKI
 4   6   ISSEI




打 率

順位 成績   名
 1  500(10)  KEIGO
 2  429(6)  SHOGO
 3  400(10)  RIKU
 4  333(6)  TAKURO
 5  294(5)  KOSEI
()内』数字は安打数



犠打成功数

順位  成績   名
 1    4   SHUTA
 2    3   SHOGO
 3    2   TAKURO
 3    2   ISSEI



生還数

順位  成績  名
 1    8   KEIGO
 1    8   KOSEI
 3    7   TAKURO
 4    6   RIKU
 5    5   ITUKI



四死球数

順位  成績   名
 1    10   SHOGO
 2     7   TAKURO
 2     7   KEISHI
 4     5   RIKU
 4     5   HYUMA



結果を見て気付かされるのは、
SHOGO、KEIGO、KOSEIといった、
西側の選手の成績が上がっていること。

特に、SHOGOは、成長著しいことが分かります。



山側の選手、東側の選手の
活躍も今後期待したい。


新加入のKODAIも頑張ろう。





ちなみに、打席数をみると、
8試合を消化して、
1番打席に立っているRIKUで30打席。

これに、TAKUROとSHOGOが27打席で続いている。




昨年の成績を見ると、
年間で、打率300(三割)を超えていたのはKEIGOのみで、
成績はギリギリ越えの302だった。

ちなみに、昨年はスタメン選手で、
出塁率500を超えた選手はいない。




10期生が打率300を超えていたのが3人。
さらにこの3人は、出塁率も500を超えていた。

これに、TAKERU、DAISUKE、LEOといった
好投手を擁しながらも、
強いと呼ばれるチームには、
とことん勝てなかったのは記憶に新しい。



現在5年生の12期生は、
チームの平均点で戦うチームだろう。


日頃の選手個々の努力が、
チームの力として積み重なって、
相手チームに勝る。


そんなチームだと思う。




EJ選手の皆さん!!

日々の素振り、30本だけでもよろしくお願いします。



そのほんのちょっとの努力がチームの力を押し上げます。






昨年(2010年)は、年間44試合で、
一番打席に立っているのは、やはりRIKUで、
136打席。


2009年は、全49試合で、打席数ではTAKERUが154打席。




今年、2011年の本格シーズンはこれから!!



YUSEI!!

素振りやってるか~!





by mino




バントの構えから引く!!(SHUTA)



昨日は、高校受験の合格発表ということで、
ちょっと早い桜のデザインとしました。

EJ8期生も高校生か・・・。






さて、今年は、雪が多いので、

「4月上旬はまだグランドに雪が残るな!」と予想。


そこで、誠に独断かとも思いましたが、
3月5日のサンドームの予約抽選会に参加しました。



狙いは、一点。

(4月9日、10日の土日)




結果は、

約40チームが抽選に参加して、
EJの順番は35番目・・・。


早々に諦めて帰ってきました。


二日酔いの状況で、
女房に送られていったことが、
ツキを呼び込めなかった原因か・・・。



まあ、解けない雪はないから・・・。













行きの車の中で、女房と口ゲンカ。

「帰りは、迎えに来ない。」というから、
バスを乗り継いで、自宅まで・・・。

抽選は、まるでダメ。
二日酔いで体調もダメ。

まったく散々な1日だった。



三本木小の女子は、バスケで全国大会にいくらしい。
壮行試合が、原小であったそうですが、
そういうことで、見にいけませんでした。


メグちゃん(TAKERUの妹:5年)・・・。

すごいらしいネ。