「自分は正しい」
誰しもそう思い易いですよね?
基本的に誰しも
「そう思い易い」と分かっている筈なのに
実際には、正しいモノなんてほとんど無いのに
何故、それでも
「自分は正しい」と
思ってしまうのでしょうか?
きっと、それに縋るしかないからです
一度それを信じると決めてしまうと
それが間違えだった時の
絶望を味わいたく無いからです。
そして、自分の学んで来た時間
自分の人生は特別だと思いたいからです。
しかし、スピリチュアル的なモノを
真に理解するなら
差、つまり特別なんてもの無い筈です。
自分も他人も
同じだけ間違えて同じだけ合っているのかも
知れません。
本当の真実は誰も知りません
だから僕は「私の方が知ってますよ」と
頭から人の発言を否定するのを見ると
その人からは学びたく無くなります。
何故なら、それが分かってなさそうだなと思ってしまうからです。
もし否定する事が正しいならば
僕は、それよりもマシな間違えを選ぶでしょう
それ程までに「受け容れる」というのは
愛に近い事だと思うからです。
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