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知的障害・自閉の人たちと「かかわり」の社会学──多摩とたこの木クラブを研究する

三井さよ,2023,知的障害・自閉の人たちと「かかわり」の社会学──多摩とたこの木クラブを研究する,生活書院.(5.15.24)

 知的障害・自閉症当事者の「自己選択」、「自己決定」、「自己実現」を支援する市民団体、「たこの木クラブ」での経験から、「ともに生きる」ことの意味を探求する。

 おっと思ったのは、ニクラス・ルーマンのシステム論、コミュニケーション論を援用して、障害当事者および支援者との経験を考察していくくだりだ。

 障害当事者との関わりも含めて、わたしたちは、他者の行為の意図、動機を正しく理解できるとは限らない。
 理解できると慢心することが、コミュニケーションの失敗や二次障害につながることもある。

 はじめにあるのは、行為ではなく、コミュニケーションである。
 そう考えると、ダブル・コンティンジェンシー──二重の状況依存の関係のなかで、自己が意図せず他者に与えていた影響に気付くこともあれば、障害当事者と近隣住民のトラブル処理に当たって、住民を取りなしながら、当事者が変わらずそこで暮らし続けられるようしのいでいくこともできる。

 ここで確認しておきたいのは、第2章や第3章・第4章で取り上げた論点が持っていた射程である。第2章の最後で、発達保障論と共生教育論や就学運動の「論争」は、他者を「理解」しようとする営みと、その限界を直視し、むしろ他者の「理解」不可能性から始めようとする他者論との「論争」と読むこともできると述べた。また、第3章・第4章で、ダブル・コンティンジェンシーとしての捉えかえしは、具体的なトラブルに際して「次の一手」を打つことができるという意味で、従来の他者論の限界を超えるものだと述べた。
 言い換えれば、多摩の支援ネットワークが問うてきたことのひとつは、他者を「理解」しようとする営みが、それ自体はいかに重要であったとしても、「理解」できるはずだという前提を置いた時点で、相手を支配し統制しようとする思想に転化してしまうのではないかという間いだったともいえる。そして、多摩の支援ネットワークが成してきたことのひとつは、そうした状況のなかで、「理解」しきるのでもなく、かといって「理解」できないものとして相手をみなしてしまうのでもなく、それでも「次の一手」を打っていくという試みを発見し、集合的な行為として実現してきたということだったともいえる。
(p.396)

 障害者支援の当事者であると同時に調査者でもある自己への省察も、徹底してコミュニケーションにこだわり続ける三井さんならではのものだろう。

 ところで、参与観察というのは、どこかで裏切り行為なのだなと思う。かかわりながら書くことで、何度もそう思った。
 たとえば、ある団体の内部で、二人の人が対立的になってしまい、その調停というか、話し合いの場に呼ばれたことがある。いま対立的になってしまっている具体的な事柄とは別に、それぞれにいままでの人生で受けてきた傷があり、それがお互いに刺激されてしまうがゆえに、対立的になってしまっているという事情があった。お互いの話がそれぞれ出され、その痛みにこちらも胸が痛み、たまらない思いを抱えて帰途に就いた。だが、翌朝出勤しながら、そのことを今度書く論文にどう活かすかを考えている自分を発見し、呆然としたことがある。これだけの人の痛みがあり、心を打たれ、言葉を失ったというのに、さもしくもそこから論文に活かそうとする自分がいたのである。とことん、人でなしだと思った。
(p.449)

 延々と独白モードで叙述されていく文体に戸惑うかもしれないが、優れた運動論であり、「わたしの経験」を帰納的に積み上げた、ユニークな社会調査の成果でもあるように思う。

解など見つからないなかでひたすら「かかわりの捉えかえし」を繰り返す日々、その先に何が見えるのか…。多摩とたこの木クラブ、その40年をこえるストーリー、そして自らの15年におよぶ「かかわり」の中から、「他者」とともにあるということ「ともに生きる」ということ、その困難とそれでもの希望を根源から問いかける。

目次
第1章 やりとりを重ねながら
第2章 就学運動は何を問うていたのか
第3章 自立生活支援の始まりと展開
第4章 やりとりを通して折り合いを探る
第5章 生活モデルの時代に
第6章 それでも「社会」であり続ける
補遺 「調査」の概要


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