杉本貴代栄編著,2012,フェミニズムと社会福祉政策,ミネルヴァ書房.(8.27.24)
DV、女性ホームレス、ボランティア等の新しい課題をふまえ、今後求められる政策を提言。
社会福祉学に交差するフェミニズム、女性学、ジェンダースタディーズの重要性は、「社会福祉の受け手も担い手も女性(が多数)」という現状から鑑みて、いくら強調しても足りないくらいである。
本書に収録されている論稿は、多岐の領域にまたがるが、なかでも、一時保護所に身を寄せたDV被害者が、自らの来し方を筆記し、それを元に援助者と対話しながら今後どうするかを「自己決定」していく、「構築的なソーシャルワーク」、「フェミニスト・ソーシャルワーク」に大きな可能性を感じた。
本章では,自己決定という切り口で,その前提となる自己に関する人類学的視点をベースに,福祉の援助をする側と援助を受ける側の関係について論じた。DV被害者のための一時保護施設の事例を通して,支援者と女性の相互プロセスにおいて創出している「自己決定」のあり方を示した。また,主体的かつ自律的な自己決定の前提となる自己だけではなく,書記実践に見る再帰的な自己や、迷い揺らぐ自己,特定の状況下にある暫定的な自己といった複数の自己が並存していることも浮き彫りになった。
このような多様な人類学の自己観やプロセスとしての「自己決定」への着目は、具体的な文脈において女性の経験をとらえ,相互性を重視する現代のフェミニスト・ソーシャルワークの視点にも接合し得るものである。
たとえば,パートン(Parton, N.)は,従来の技術的合理性に基づくソーシャル・ワークの専門的実践は複雑な現実問題をとらえ損ねてきたと批判し,実践家とサービスの受け手の相互作用に着目する「構築的なソーシャルワーク」の概念を提唱する。他者との具体的な関係に埋め込まれた関係的な自己についてのフェミニストらの議論を引き、自己とはプロセスのなかにあり続け、常に発展や修正がなされているとし,ソーシャルワーク実践の新しい理論を示している。
また,ドミネリ(Dominelli, L.)は、フェミニスト・ソーシャルワーカーは,クライエントとの対等な関係をプロセスのなかで創り上げていくと述べている。プロセスに着目することは、援助側と援助を受ける側との相互関係を、固定的ではなく開かれたものとしてみていくことである。
従来,女性は男性や国に頼る従属的な存在とみなされ,社会福祉においては指導教化の対象とされてきた。それに対し,強い自己として女性の主体性を唱えていくことは重要であるが,それだけではなく、自己の暫定性や変容に着目することで、援助をする側と受ける側の関係の新たな側面を浮きぼりにすることができよう。相互プロセスのなかで生成する「自己決定」への着目およびエスノグラフィという手法は,フェミニスト・ソーシャルワーク研究の幅を広げることに貢献できるのではないだろうか。
(第10章 桑島薫「自己決定からとらえた援助する側と援助を受ける側との関係──社会福祉現場への人類学的アプローチ」、pp.232-233)
目次
フェミニスト社会福祉学をめざして―ジェンダー視点を据えた社会科学の歩みと到達点
第1部 社会福祉の実践
母子家庭対策における2002年改革の変遷と検証
子ども・子育て支援施策―重層的な生活課題を抱える子育て家族への支援の必要性
高齢社会とケア労働 ほか
第2部 新しい課題と政策過程
ドメスティック・バイオレンス
ホームレスと女性の貧困
育児休業法と働く女性 ほか
第3部 海外の動向
欧米の社会福祉政策とジェンダーに関する研究動向―北欧を中心として
アメリカのソーシャルワーク教育―バルドスタ州立大学ソーシャルワークプログラムを事例に