グループ・母性解読構座編,1991,「母性」を解読する,有斐閣.(8.27.24)
出生率1.53ショック!「女性よ、母になれ」コールへの大反撃。
旧優生保護法、母子保健法改悪反対運動を経て、1986年より開催された「母性解読講座」を元にした論稿集。
女性には、わが子を慈しみ、自ら望んで惜しみなく自己犠牲を払わんとする母性本能が備わっているなどということはまず耳にすることはなくなったが、抑圧の方便としての「母性」イメージが消えたわけではなく、豪華な、またいまとなっては懐かしい人たちによって編まれた論稿は、現在においてもなお、なかなかに読み応えがある。
とくに、佐藤文明さんの「戸籍と母性」は出色の内容だ。
戦後の戸籍改革はダブルバインドの中で進みます。父性による家族コントロール(「家」=戸籍)を守ると同時に、個人の尊厳や両性の平等を満足すること。この絶対矛盾をかわしたのが「世帯」の概念です。戸籍は戦前よりも細分化し、新たに住民票が生まれます。
戸主を筆頭者と呼び替え、世帯主を新設。戦前の構想と違ったのは世帯主に世帯主権を与えられなかったことだけです。それでも、この世帯は戦争直後の苦難を乗り切りました。戦前の男役割、女役割がしっかり内面化されていたからでしょう。母性論も国策から撤退します。母性論はむしろ福祉要求の論理になりました。全国未亡人団体協議会は「家庭で子と共にあること」を母の権利と主張。女の労働を「悲惨なこと」と位置づけて、母子手当を要求します。対する政府は、戦前「二夫にまみえず」と言っていたのに「後家は嫁に行け」と、手のひらを返しました。
戸籍によって裏打ちされている世帯はいつでも「家」に復帰できます。私はこれを象徴「家」制度と呼んでいますが、一九五四年、早くも戦前の「家」に帰ろうという声が自民党筋から上がりました。女たちが立ち上がって、これはくい止められます。
しかし一九六七年に住民登録法が住民基本台帳法になると、密かに世帯主を定義する通達が出されます。この国はなお戸主権や世帯主権などの父権によって家族をコントロールする夢を捨ててはいなかったのです。
一方、社会は高度成長期に入って、男は家庭を振り返る余裕もあらばこそ、職住の距離も増して、家庭や地域から男の姿が消えていきました。と同時に、女の職場進出と自立化傾向が急速に進みます。世帯主による家族コントロールも、内面化された性役割に頼った世帯コントロールもおぼつかなくなるのです。
危機感は一九六六年に結成された家庭問題審議会の答申(一九六八年)に見てとれます。「人の幸福は家庭にあり」として女のライフサイクル、M字型雇用が提案されます。母子保健法の改正も狙われます。
(pp.104-105)
この国は明治以来一貫して、人びとを「家」家族の中にとじ込め、コントロールしようとしてきました。それも、戸籍に緊縛して戸主・世帯主に管理させる父制・父性を基礎にしたもので、この限りで戦前と戦後に大きな断絶はありません。
この父制支配が揺らいだ二大事件が大正デモクラシーと女性解放運動(リブ)でした。いずれも効率的な出産・育児が求められたときだけに、国は女を直接コントロールしようとします。これが「よい子を産み育てる」という優生思想と結ばれ、母性論として登場してきたわけです。
つまり、この国は、男に国策に沿う家族役割を期待し、それが困難になると家族役割をとび越えて、家族員各自に家族員役割を押しつけ、結果的に家族が国策に沿うように誘導する。それがまずは母性論という女に対するイデオロギー攻撃になるのです。もちろん攻撃は人口政策や医療政策にカムフラージュされ、各自が社会的役割認識を内面化するようなかたちで展開されます。
家族という枠組みの前提が結婚です。国策は制度としての結婚を死守してきました。「私生子」に対する差別もその一環であり、女の自立を殺ぎ、経済的弱者に留め置くのも同様の目的を持っています。母性論はこれまで、この二つの不条理を「仕方ないこと」と納得させる装置でもあったのです。
母性論を中心に問題を考えたとき、戦後の変革はほとんど評価できません。結婚を至上とし「私生子」差別を疑わず、性役割を受け容れてきた。その思想では象徴「家」制度をくい破る力にはなりません。嫡妻の地位向上運動めいた戦後の運動は、むしろ戸籍の権威を強める結果となりました。
(pp.106-107)
私は、こと家族に関しては日本が模範となるべきではないと考えます。だからこそ、取り返しがつかなくなる前に、この国の近代家族が歩んだ道のおかしさを指摘し、戸籍制度と母性論との悪しき密通を打ち砕きたいと思うのです。人は本来、国政の主体であって、コントロールの対象ではない。この証明を私たちがやらなければなりません。
(p.109)
わたしは、転居するたびに「本籍」を現住所に変更することで戸籍制度に抵抗してきたが、そんなことをしても制度は揺るがない。
戸籍制度廃止、住民票の「世帯主」、「筆頭者」欄の削除(および「世帯主」概念の抹消)を目指して、闘いをやめるわけにはいかない。
目次
1 科学技術の発達と母性
科学技術と女のからだ考
医療の現場から
科学は女を母性から解放するか?
2 母性の歴史
天皇制と母性とのフカーイ関係
水子供養と女性解放
戸籍と母性
日本の母性はたかだか100年
3 さまざまな母性像―異なった角度からながめてみると
エコロジー運動と母性
母性とれすびあんセクシュアリティ
90年代の母性観
USAから見た日本の母性
4 女性解放運動と母性
リブの主張と母性観
母性保護論争と現代
日本の労働組合運動と母性
女性の問題;「運動の中の母性主義」について思う