ここは、
奥の院 とは別のところにある
徳川家霊台です。
1643年に造営された徳川家康廟。
建設には、全国から集められた
一流の職人に加え、
延べおよそ15,000人の大工が
動員されたそうです。
(不動坂口)
片や、七つの結界がある高野山 ・・・
この門もそのひとつです。
そこには『女人堂』 ・・・
(かつて女人堂は7か所にあった)
1906年(明治39年)に
高野山内の女人禁制が解かれるまで、
女性たちは、険しい 女人道 を通り
ここにたどり着き、ここから高野山、
つまり御大師さまを遥拝しました。
さて、多くの人々を惹きつけた
高野山の魅力とは何でしょう?
そのひとつは、
宗派などを問わない
寛容さだと私は思います。
あなたが帰依するものに
すがりなさい ・・・
という。
また、
こちらは『苅萱堂(かるかやどう)』
苅萱(かるかや)とは、
西行法師 に代表される
出家した武士の人情物語り ・・・
苅萱堂は、その物語りを
わかりやすく伝えるところ ・・・
娯楽が乏しかった時代、高野山は
楽しい場所だったのでしょう。
ちなみに、かるかやは、
名物にもなっています。
さらに、
巨大な古木が物語る通り、
自然を敬う町づくり ・・・
縄文時代のエコ思想や、
江戸時代の循環型社会など、
日本のSDGsは
いまに始まったことではありません。
そして、高野山は昔も
美しい建物に彩られていたのでしょう。
日本人が追い求める理想郷 ・・・
聖地リゾート ・・・
それは、製作年数1200年の浄土です。
羊文学
♪光るとき♪
おもしろい名前のグループですね。
JFK-World