JFK-World 世界の撮影・取材地トピック

Freelance Film Director
TV-CMおよびTVドキュメンタリー番組のディレクター & カメラマン

平和主義者

2012年05月11日 | ヨーロッパ

1917年のフランス
第 1次世界大戦下のフランス軍
アルベール・カーンが派遣したカメラマンは、
戦争の渦中にも果敢に身を投じました。

1860年、ドイツとの国境に近いアルザス地方に生まれた
アルベール・カーンは、生涯で 3つの戦争を体験しました。

1870年に起きた
フランスとプロセイン (現ドイツ ) との普仏戦争では
フランスが降伏し、
生まれ住んだアルザスはドイツに併合されました。
アルベール・カーンの一家は故郷を離れ、
フランスに留まる道を選びました。

また、フランス系ユダヤ人であったカーンは、
名前を
Abraham エイブラハムから Albert アルベールに変えました。

注: エイブラハムはユダヤ人の典型的な名前



1916年のフランス北部の村
野戦病院として使用されるようになった城

『ナースの背中にあたる光は天使のきらめきのようだ 』
と説明されています。



1916年のフランス シャンパーニュ地方の街 ランス
有名な写真の中の1枚です。

少年の時 戦争に翻弄されたアルベール・カーンは、
どんな想いでこの写真を見たのでしょうか ・・

アルベール・カーンは、
『The Archives of the Planet 』 からさかのぼることおよそ10年、
1898年には既に、若者が世界を見聞するため外国に渡航することを
支援する奨学金基金を設立しています。
(5月10日のブログ参照 )

『異なる文化を理解し合うことが世界平和への第一歩である 』
という彼の信念は、終生変わることがありませんでした。
(5月8日のブログ参照 )



1919年のイギリス ロンドン
第 1次世界大戦の戦勝パレードです。
15,000人の兵士が参加したと説明されています。



1921年のドイツ デュッセルドルフ
フランスとの国境に近い街です。

第 1次世界大戦の敗戦国 ドイツ国内に駐留する
フランス、ベルギーなどの連合軍の写真です。

複雑な背景を持つ人類最初の世界大戦 ・・
それは、第 2次世界大戦への序章に過ぎませんでした。

1940年11月13日か14日 (記録は定かではありません )
アルベール・カーンは他界しました。
既に勃発していた第 2次世界大戦 ・・
彼にとって3度目の戦争です。

後年のアルベール・カーンに関する様々な記述 ・・

『ユダヤ人の大虐殺を知ることなく人生を終えたことは救いだ 』

こんな記述もあります。

『平和主義者は、眠るように、ようやく平和を手に入れた 』

jfk-world


























コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« The Archives of the Planet | トップ | Montmartre モンマルトル »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

ヨーロッパ」カテゴリの最新記事