
首都スバの中心に建つ政府庁舎 ・・
(現在外観は美しく塗り替えられています )

庁舎に顔を向けている胸像 ・・

Ratu Seru Epenisa Cakobau
ラトゥ・カコバウ (1815年ー1883年 )
初代 『King of Fiji キング オブ フィジー 』 です。

300を超える島々からなるフィジー ・・
それぞれに首長が君臨する中、
南太平洋における覇権獲得を画策するイギリス、アメリカなどの
外国勢力に担がれるようにして初代フィジー王となったカコバウ ・・


フィジーの因習の前に突きつけられた西洋化という新しい指標 ・・
初代王カコバウが目の当たりにしたものは、
人民の動揺と混乱でした。
そんな状況の中、カコバウは、フィジー統一のために尽力しました。
(彼の子孫の多くは現在フィジー政府の要職に就いています )

もうひとり、庁舎を背にする銅像 ・・

Ratu Sir Lala Sukuna
ラトゥ・ララ・スクナ (1888年ー1958年 )

特権階級に生まれた彼は、オックスフォード大学に学んだ後、
イギリス統治下のフィジーにおいて多くの改革を成し遂げます。

特筆すべきは、
1930年代から1940年代にかけて彼が行った
フィジーの土地所有の制度化です。
スクナは、
多くの土地所有者 (主に各部族の首長 ) をひとりひとり訪問し、
根気よく説得を続け、制度の同意に漕ぎつけました。

その結果、フィジーの土地の外国人への流出を防ぐとともに、
砂糖プランテーションでの労働契約が終わった後も
フィジーに留まり、働くための農地を求めるインド系移民者への
土地リース方法の統一化を確立させました。
(8月 29日のブログ参照 )
これらの功績により、スクナは、
イギリス王室より 『Sir サー 』 の称号を授かりました。

また、スバの街の中には、
彼の名前を冠した 『スクナ公園 』 があります。
生みの苦しみと、
育てるという辛苦を乗り越えたたふたりの英雄です。
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