元気電気

genkidenki

東北地方太平洋沖地震 体験記

2011-03-13 | 災害

3月11日 14時46分 江戸川区小岩某現場 比較的古いビルの5階にて 一人で 地デジ関係のTV受信レベル調査中

画面のデータを記録する為に たまたま TV画面を撮影中・・・

NHK教育テレビに緊急地震速報流れる・・・ この時点で揺れはまだ感じていない


(14時47分の画像)

NHK総合テレビの 受信レベル調査中に揺れを感じる 大きな横揺れ・・・

(14時48分の画像)

東北地方太平洋沖地震発生時の東西線東陽町駅の様子

 

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 尋常ではない感じに すぐに調査終了・・・
階段室に移動 トイレのドアを開け 階段室とトイレの中間で トイレのドアにつかまる
バタンバタンと防火戸が閉まる
最悪の事態もよぎるが・・・ 階段とトイレは 壁と柱が多いので崩れても なんとかなる気が・・・

一旦 収まった気がしたので 一気に1階へ 1階に女性事務員の方が集まっていて 皆怖がっている・・・
調査終了の旨を告げると 逆に大丈夫でしたか と声を掛けられる・・・ そういえば 屋上で作業をすると言って 上に上がったのだった・・・

急いで 外に出るとマンションの住民や 銀行の職員らが 外に出て 皆 不安げな表情を見せている
JR小岩駅南口まで出る 電車は止まっている


(14時53分の写真)

すぐに手持ちの携帯テレビ(SONY BRAVIA XDV-D500)にて ニュースを見る 震源は 東北地方

家に電話をするが かからない・・・ 
情報はテレビのニュースで 逐次確認できる・・・ 震源から離れているので 東京では甚大な被害は起きていないようだ
JRは不通 動く気配がない・・・ 

駅前の電話ボックスから家に電話をかける
かかった・・・ 小学2年の娘が出る 無事のようだ 妻もパートから急いで帰り 今先程 家に着いたとのことだ
息子2人は 小学校にいるから大丈夫だとのこと・・・ ひとまず安心・・・
昼食を取っていなかったので とりあえずコンビニで おにぎり パン 飲み物を買い 駅前ロータリーで食べる

本日 20時から 上野で工事があったが 関係先に電話が通じない・・・ メールが使えた 関係者にメールで 中止の旨 連絡・・・

どうにか家に少しでも近付く方法を考える  幸い路線バスがうごいている
より自宅に近いのは 都営バス「両国駅」行・・・ バス停で15時半頃から待つ バスが来たのが17時半頃 座れた・・・
引き続き 携帯テレビを見ながら 東北地方の被害が大きいのを確認

ニュースでは 都立両国高校に泊まれるという・・・ 両国高校に泊まるか・・・

多くの人が 徒歩で帰宅 列が絶えない  幾つかの私鉄が運転再開とのニュース ・・・都営大江戸線も開通したとのこと
途中 息子から 「大丈夫?」 と電話が入る 「帰れるかどうかわからない」と返事をする 家族は 皆無事だとのこと・・・ 


(20時26分の写真)

両国駅に 22時過ぎ到着 ここは都営大江戸線の駅だったか・・・ 知らなかった 新宿まで行けそうだ・・・
駅に降りると タイミング良く車両が止まっている 乗ってすぐに発車した・・・ ついてる

都庁前に23時過ぎに着く テレビのニュースでは 京王線も運転再開したとのこと 徒歩で京王線新宿駅へ向かう
携帯のひとつめのバッテリーが切れる 予備は常に2つ持っている

京王線新宿駅の改札は規制されているが なんとか 乗ることができた 日付を超えて 午前1時半頃 東府中駅着
なんとか家にたどり着いた 妻はまだ起きて テレビを見ていた

なんとか帰って来れたことに感謝
ひとしきり お互いの状況や 子供の状況を話す 疲れが出たので 2時半頃睡眠

常にテレビから 最新の情報を得ることが出来たので 行動が思ったよりもうまくいき 判断を間違えることなく 帰り着くことができた
情報が一番大事だ と痛感した

翌日 3月12日は朝から仕事 バケット車を使っての高所作業を監督管理 1日前だと危なかったかもしれない

※単三充電池 SANYO eneloop は常に予備を持っている(主にカメラ用)

※家にある唯一の防災グッズ 手回し充電式ラジオ兼懐中電灯兼携帯充電器 SONY ICF-B01

今後も間違いなく来るだろう 関東大震災 東海沖 中南海沖地震 どういう判断 対応をするか・・・ どこにいるかで違うとは思うが 真剣に考える必要があると思う

家族の安否が一番の関心事だが・・・

ライフラインの仕事に携わる者の一人として 万が一の場合は 社会的に 役割や使命を果たす必要があると 強く思う