明け方、やっぱりちょっと恥ずかしくなって、いったん・・下書きに戻したのですが
また公開させていただきました
まだあの時の怖さも記憶もだんだん薄れ、でもまだ触れたくないのが正直な気持ちで
(いまやっている会社での説明会も避けてます、もう知ってるし(笑))
また私の場合は幸運だったのは
たまたまカウンセリングを早めにうけて、薬のお世話にならなかったこと
仕事のピークが終わったこと
胡麻を食べさせていかないといけないと思ったこと
・・なにより、そんな自分が嫌だった、という自分がまだいて、すぐ行動に移せる性格ではあったこと
でも、そういうケースはまれだとは思います
そして、この記事をまた公開に戻したのは頂いたコメントに、とても励まされたからです。
まずはとりいそぎ、ありがとうございました。
なんか・・秋空の晴天の朝、読ませていただいて気が楽になりました・・
ドラマも・・再生に向かう回になったら、みれそうです
---------------------------------------------
あえて、雑記です
実は…、フリ家。全部みれてません
録画を忘れることも、録画しても全部みてなかったり
残業しても、絶対にみたい。
残業すらしたくない、全部調整
それが私の姿勢で、いろいろ言われていても、大好きで
そんな夏虹でした
どこか要領悪い全体の感じ(笑)
演技も好きでした・・・自然で
堅さも、どこかうっとおしい感じで、でも憎めなくて
愛してたともいえるかも(役柄として)
比べて・・・演技はうまいし、脚本もいい、原作も
同じドラマの大変さでも、なにかが違う
3話ははじめてリアルでみれても・・・引き込まれてはいなくて
今日は本当に良かったみたいで
病気の母親への正直な気持ち、嫌悪と再生。
だからみたくないんです
見ない理由、見ても・・どこか冷静な理由
母が私が5才で入院してから、9才でなくなるまで、退院した自分の記憶はたった2週間。
ふくよかなイメージだったのが、40kgを切って、30才だったのに肌もかさかさで
子供心に一緒に歩きたくない、たぶん・・そういってしまったらしい小1か2年
ずっとながく後悔し続けたままきたような気がします
だから母が亡くなった39才まで自分は生きていない、40才の自分が想像できない
これ、同じことを中井貴一さんが言ってましたね。お父さんは39才でなくなって。
父も私が高校生のときに働けなくなって・・元気ながらも、
やはり徐々に悪くなっていって、25才でなくなって
最期の5日間、のしかも最後の3日間。人工呼吸器をつけながらむせる父親の息を
薄い仕切り壁越しに毎晩8時間以上、毎晩寝ずに聞いていました
完全看護のため、廊下のベンチでずっと漫画を読みながら、コンビニのおにぎりをたべて
背中越しに意識不明の息をずっと聞きながら
正直しんどかった・・・
本当にほっとして、涙がでたのは明け方の霊安室で・・血が流れてきた遺体の口元をずっと
布で押さえていたとき
いや、亡くなって直後・・3日間ほぼ徹夜で病院にいたこともあり、階段で・・窓越しに朝日を
みたときだったか
そして急な危篤状態でずっと会社を休んでいたのに、その日中に来てくれた会社の人の顔をみたとき
(当時の部署は会社でも有数の忙しいところでしたので)
いろいろあって、26才からこの方一人暮らしをはじめ・・
いえ、兄弟も、親戚も仲良しですよ!!そこは幸せです
自分も・・・40才台半ばで、プロジェクト業務で逃げようも泣きようにも代わりがいない、
というプレッシャーにさらされた時に、責任感があると思う(あくまでも思うだけ)ゆえに
おかしくなる
普通に、普通以上に出勤も退勤もぎりぎりまで、同じ時間に繰り返し、でも1時近くに家についても
寝れなくて
起きたらまず・・朝日をあびて背伸びをしながら・・・毎日〇にたいと思い(これ・・ほんとです(笑))
会社にでかけました
仕事はたぶん完璧(笑)
そう思わないとなんのためにこんな思いをして出勤するんだろうと思い
でも人をも気遣い(仕事位置的にも)、その分自分が減っていくような毎日でした
泣けるだけいい・・・・はい、
実は初期のころは泣くことはできるんです
そして・・その次に、泣いてもその先のゴールが見えないので・・
どんどん追い詰めらた気持ちになって、おかしくなっていきます
だから泣くことすらできなくなる、泣いてもしょうがないとわかっているから。
感情のテンションが低いままの状態が続き・・・・感情の起伏がなくなる
そんなことを経験した3~4か月でした
今回のドラマ。本当にいいんだと思います。考えされられる・・介護とか再生とか。
でも、みたいかみたくないか、と聞かれると、自分としてはどちらでも・・いい
グループのファンです、たぶんいまや完全に・・
きょうも初回盤と通常盤買って、とってもうれしーし(笑)
末ズが一番に好きになりました(微妙なバランスと反応の早さと対処の連携)
でもそれとこれは・・ちがって、頑固です(笑)
こんなへそ曲がりの一人や二人いてもいいかなぁ
人気にも視聴率にも関係ないことですし!
ふふ、やっぱり勝手に貫きます、自分の好きなドラマを好きなタイミングで
みさせていただきます
だから・・フリ家もみたくなったらきちんとみます。DVD買ってでも!
私の生活であり、趣味趣向ですので
いえ、ちょっとさみしくて、こんなことを書いてしまいました。
また公開させていただきました
まだあの時の怖さも記憶もだんだん薄れ、でもまだ触れたくないのが正直な気持ちで
(いまやっている会社での説明会も避けてます、もう知ってるし(笑))
また私の場合は幸運だったのは
たまたまカウンセリングを早めにうけて、薬のお世話にならなかったこと
仕事のピークが終わったこと
胡麻を食べさせていかないといけないと思ったこと
・・なにより、そんな自分が嫌だった、という自分がまだいて、すぐ行動に移せる性格ではあったこと
でも、そういうケースはまれだとは思います
そして、この記事をまた公開に戻したのは頂いたコメントに、とても励まされたからです。
まずはとりいそぎ、ありがとうございました。
なんか・・秋空の晴天の朝、読ませていただいて気が楽になりました・・
ドラマも・・再生に向かう回になったら、みれそうです
---------------------------------------------
あえて、雑記です
実は…、フリ家。全部みれてません
録画を忘れることも、録画しても全部みてなかったり
残業しても、絶対にみたい。
残業すらしたくない、全部調整
それが私の姿勢で、いろいろ言われていても、大好きで
そんな夏虹でした
どこか要領悪い全体の感じ(笑)
演技も好きでした・・・自然で
堅さも、どこかうっとおしい感じで、でも憎めなくて
愛してたともいえるかも(役柄として)
比べて・・・演技はうまいし、脚本もいい、原作も
同じドラマの大変さでも、なにかが違う
3話ははじめてリアルでみれても・・・引き込まれてはいなくて
今日は本当に良かったみたいで
病気の母親への正直な気持ち、嫌悪と再生。
だからみたくないんです
見ない理由、見ても・・どこか冷静な理由
母が私が5才で入院してから、9才でなくなるまで、退院した自分の記憶はたった2週間。
ふくよかなイメージだったのが、40kgを切って、30才だったのに肌もかさかさで
子供心に一緒に歩きたくない、たぶん・・そういってしまったらしい小1か2年
ずっとながく後悔し続けたままきたような気がします
だから母が亡くなった39才まで自分は生きていない、40才の自分が想像できない
これ、同じことを中井貴一さんが言ってましたね。お父さんは39才でなくなって。
父も私が高校生のときに働けなくなって・・元気ながらも、
やはり徐々に悪くなっていって、25才でなくなって
最期の5日間、のしかも最後の3日間。人工呼吸器をつけながらむせる父親の息を
薄い仕切り壁越しに毎晩8時間以上、毎晩寝ずに聞いていました
完全看護のため、廊下のベンチでずっと漫画を読みながら、コンビニのおにぎりをたべて
背中越しに意識不明の息をずっと聞きながら
正直しんどかった・・・
本当にほっとして、涙がでたのは明け方の霊安室で・・血が流れてきた遺体の口元をずっと
布で押さえていたとき
いや、亡くなって直後・・3日間ほぼ徹夜で病院にいたこともあり、階段で・・窓越しに朝日を
みたときだったか
そして急な危篤状態でずっと会社を休んでいたのに、その日中に来てくれた会社の人の顔をみたとき
(当時の部署は会社でも有数の忙しいところでしたので)
いろいろあって、26才からこの方一人暮らしをはじめ・・
いえ、兄弟も、親戚も仲良しですよ!!そこは幸せです
自分も・・・40才台半ばで、プロジェクト業務で逃げようも泣きようにも代わりがいない、
というプレッシャーにさらされた時に、責任感があると思う(あくまでも思うだけ)ゆえに
おかしくなる
普通に、普通以上に出勤も退勤もぎりぎりまで、同じ時間に繰り返し、でも1時近くに家についても
寝れなくて
起きたらまず・・朝日をあびて背伸びをしながら・・・毎日〇にたいと思い(これ・・ほんとです(笑))
会社にでかけました
仕事はたぶん完璧(笑)
そう思わないとなんのためにこんな思いをして出勤するんだろうと思い
でも人をも気遣い(仕事位置的にも)、その分自分が減っていくような毎日でした
泣けるだけいい・・・・はい、
実は初期のころは泣くことはできるんです
そして・・その次に、泣いてもその先のゴールが見えないので・・
どんどん追い詰めらた気持ちになって、おかしくなっていきます
だから泣くことすらできなくなる、泣いてもしょうがないとわかっているから。
感情のテンションが低いままの状態が続き・・・・感情の起伏がなくなる
そんなことを経験した3~4か月でした
今回のドラマ。本当にいいんだと思います。考えされられる・・介護とか再生とか。
でも、みたいかみたくないか、と聞かれると、自分としてはどちらでも・・いい
グループのファンです、たぶんいまや完全に・・
きょうも初回盤と通常盤買って、とってもうれしーし(笑)
末ズが一番に好きになりました(微妙なバランスと反応の早さと対処の連携)
でもそれとこれは・・ちがって、頑固です(笑)
こんなへそ曲がりの一人や二人いてもいいかなぁ
人気にも視聴率にも関係ないことですし!
ふふ、やっぱり勝手に貫きます、自分の好きなドラマを好きなタイミングで
みさせていただきます
だから・・フリ家もみたくなったらきちんとみます。DVD買ってでも!
私の生活であり、趣味趣向ですので
いえ、ちょっとさみしくて、こんなことを書いてしまいました。
夏虹の要領の悪い感じ・・・本当に(笑)でも
猛暑のなか、潤くんががんばっていて。うちの家族は潤くん担ばっかりなので大好きでした。
そして、フリ家・・・実は、自分の親が誠治くんのお母さんのような病気で現在進行形。
ドラマの中までも、現実をみたくない、という
想いがあってみてません。いい話だとわかっていても、結末がお母さんの病気も治って…なんてなるのも納得できないような気がして。
すみません、初めてコメントするのに重い話で。でも、なかなかこのような話できないんですよね、身近な人には。
でも、基本ポジティブのほうなので、また楽しい話でもコメントさせてください。
読んでいただいてあいがとございます。もし、あれのときは削除して頂いてもかまいません。
人によってバックボーンはさまざまで。
だからこそいろんな受け止め方があって当然ですよね。
自分はフリーター実に良いドラマだと思い感動しつつ見ておりますが、それとは別に夏虹にも愛着はありまして。
あの作品、バカな子ほどかわいいと言いましょうか。深刻な部分が何一つなく、結果終わって見れば綺麗な絵空事絵日記みたいなドラマでしたが、だからこそ曇りなき真っ青な空の似合う、爽やかなドラマになっていたような気がします。
贔屓目とは重々承知しつつも本当に好きなドラマでして。
ですので、夏虹への愛着を語ってくださってるのが嬉しくて、思わず書き込ませていただいてしまいました。それだけです、すみません。
金子みすずの詩を思い出しました。
世の中の人は皆ちがっていて、それぞれに、悩みや、辛さや、しんどいこと抱えているけど、
楽しいことや、嬉しいことも持っていて、
幸せの形はいろいろなんだろうね!
ほとんど年中無休状態で、更にタダ働きに近い自営業!時々何もかも嫌になります。
でも、明日食べるお米もあるし、暖かい布団で寝れる。その上、ジャニーズは励ましてくれてる(笑)
難しいことは考えず(考えられない)毎日小さな幸せ探しして、生活しています。
今日は、溜まっていた事務の仕事が終わり「ホッ」としました。
昨日、「花より男子」のDVDB0Xをリサイクルショップで安く買いました。日経エンタの小栗くんと真央ちゃんの記事で、花男のところ読んでたので、余計気持ち入って見ました。
まだ少しだけしか見てないかど、少しずつ見るのもたのしみです。
早く、CD買いに行かなきゃ・・・
あすも元気で働くぞー!
では、また!