09:38:52 [東京 29日 ロイター] 日銀は29日、2001年1─6月の金融政策決定会合の議事録を公表した。2000年8月に政府の強い反対を押し切ってゼロ金利政策を解除したが、米IT(情報技術)バブル崩壊で国内景気が暗転、01年3月に当座預金残高をターゲットにした量的緩和という未知の政策に突き進む。一部委員が市場のイリュージョン(幻影)に依存した効果のはっきりしない政策と疑義をはさむが、世界同時株安が進行、デフレスパイラル懸念が強まる中、市場・政治などからの緩和期待を背景に、速水優総裁が前のめりで議事を進行していた実態が明らかになった。
01年は年明け以降、米国の経済減速と株式市場の変調をきっかけに日本の株安が進み、日銀に対して「ゼロ金利回帰」や「金融緩和」の待望論が高まった。日銀は1999年2月にゼロ金利政策に踏み切った時のような金融システム不安は生じていない、との認識から、2001年1月19日の会合では政策金利である無担保コールレート翌日物を0.25%に維持する。しかし、翌2月9日の会合では、政府・与党の株価対策と足並みを揃える形で、公定歩合の引き下げと補完貸付制度(ロンバート型貸出制度)の新設などの流動性供給策を決定。2月28日の会合では政策金利の誘導目標を0.15%に、公定歩合を0.35%から0.25%にそれぞれ引き下げ、本格的な金融緩和に舵を切った。
<2月28日会合:「このままでは駄目」(篠塚委員)と提案乱立>
2月28日の会合では、朝方に発表された1月の鉱工業生産指数が前月比3.9%減と大幅に落ち込み、日経平均株価が一時、98年10月につけたバブル経済崩壊後の最安値を更新、金融機関が保有する有価証券の「含み損」が拡大して信用不安が台頭するとの懸念が広がった。政府側出席者の若林正俊財務副大臣が、金融政策決定会合に先立つ23日に開かれた臨時関係副大臣会議の議論を踏まえ、「複数の副大臣から金融の一層の緩和が必要であるという意見や、インフレ・ターゲティングを採用すべきといった強い発言があった」と金融緩和を強く要請。会合の最中にも1月の建設工事受注統計や新設住宅着工戸数の悪化が公表される中、委員らはさまざまな緩和策を提案する。
田谷禎三審議委員は、午前の議論の段階で「前回会合時より経済の先行きについては弱めの方向を示唆する指標がかなり多い」として、政策金利0.1%、公定歩合0.25%への引き下げを前回会合に続いて提案することを表明する。中原伸之審議委員は、それまでの会合と同様にゼロ金利への復帰と、物価安定目標付きマネタリーベース・ターゲティングを採用する量的緩和への転換、さらに、公定歩合を0.1%まで下げるように提案。篠塚英子審議委員は現行の金融市場調節方針は現状維持のままとしながら、消費者物価指数の対前年比伸び率が安定的にゼロ以上になるまでの間、国債買い切りオペを現行の月4000億円から倍の8000億円に増額する案をそれぞれ提案する。植田和男審議委員は、現在考えられる政策として、1)国債買い切りオペの増額に加え、2)金利もしくは量についての時間軸政策、そして3)為替介入を挙げ、「これは我々ではなく財務省の担当である。しかし現在残されている非常に有力な数少ない金融緩和政策の一つであることは間違いない」と述べている。
提案乱立を受け、武富将審議委員は「4つぐらい議案になりそうなものが提示されているが、大変民主的といえば民主的であるが、思想の統一がない」とし、「今日のところは現状維持にして次回までにもう少し理論的にも実務的にも詰めることを詰めるべきではないか」と述べている。
一方、篠塚委員は「こんなに沢山出るとは思っていなかったが、結局これだけ色々な案が出るということは、やはりもうこのままでは駄目だと皆さんある程度思っているからだと思う」と、追加緩和圧力を受け、焦る委員らの心情を率直に語っている。
<2月28日会合:速水総裁が午前は現状維持、午後は追加緩和提案>
興味深いのは速水総裁が、午前の議論で「今日のところは現状維持がいいと思っている」と話していながら、午後に一転して「今ここで日銀として何か市場にアナウンスした方がいいのであるなら、先ほどどなたか言っていたように0.25%を10ベーシスポイントくらい下げてみてはどうか」と田谷委員の利下げ案に賛同する点だ。政府・市場からの緩和圧力が強まるなか、委員からの提案乱立を受け、緩和を提案せざるを得なかったと推察される。結果としてこれが議長提案となり、同日の会合で利下げが決定されたが、当時の活発な議論と日銀執行部の迷走ぶりがうかがえるエピソードといえる。
なお、この時点で植田委員は、量的緩和議論の高まりを受けて「非常に単純な意味では余り意味がない政策であると申し上げてきたし、今でもそう思っている」、「0.25%であるオーバーナイト金利をゼロまで引き下げて行く過程においては量的緩和をある程度しなければならない点で意味があるかと思うが、そこを超えてしまうと量が増えること自体にほとんど意味がないと私は思う」との持論を展開している。
<3月19日会合:未知の領域に足を踏み入れることもやむを得ない>
量的緩和に踏み切った3月の会合は、米NASDAQ市場の2000ポイント割れにつれる形で日経平均が1万2000円割れとなるなど世界同時株安が進行する中で開かれた。前日18日に森喜朗首相が米国に向かう政府専用機内で、金融政策について「日銀の所管事項だが、諸般の状況を勘案されつつ適切な対応がなされるものと期待している」と追加緩和への期待感を表明したと報じられる中、前のめりに議事を進行する速水議長の姿が際立つ。
藤原作弥副総裁は「金融政策運営上もデフレスパイラルの危機が強くなってきたことを前提に考える必要がある」と強い危機感を表明し、「未知の領域に足を踏み入れることもやむを得ない」と政策の枠組みを大転換する必要性を主張。速水総裁も「歴史に例をみない超低金利政策を続けてきたが、日本経済は持続的な成長軌道に復するに至っていない。思い切った金融緩和の領域に踏み込むこともやむを得ない」と続き、金利に代わって日銀当座預金残高をコントロールする量的緩和政策を提案する。
<3月19日会合:量を目標、怪しげな理屈>
速水総裁の提案に対し、従来から量的緩和を提唱してきた中原委員や藤原副総裁らが賛同する一方、量的緩和の効果に否定的な見解を示してきた植田委員は「量の直接な影響があると主張するのはそう簡単ではない」としながらも、「マーケットなどに量そのものが何か影響するのではないか、ひょっとしたらイリュージョン的なものがある、あるかもしれないこともまた無視できないとも思う」と消極的に賛成する。
武富委員は「当座預金をとりあえず5兆円とすることの意味をもう一度くどいようだが確認しておきたい」、量を目標とすることは「相当イリュージョンだと思われる怪しげな理屈に乗る訳である」と疑問を呈している。
<3月19日会合:量的緩和の目的はゼロ金利?>
山口泰副総裁は、量的緩和採用後、当座預金残高を「どれ位増やす用意を持っているのかといった辺りの議論が残っている」と指摘。「実質的にゼロ金利にするために5兆円程度リザーブ(当座預金残高)を供給するという理解がある一方で、必ずしもそうならなくてもいいという理解ももう一方にあるようである」として、異例な政策はゼロ金利が目標なのか、量が目標なのかを質している。
採決直前に政府側出席者の村上誠一郎財務副大臣が、量的緩和は「実質的にゼロ金利と同じ様な内容だと表明する訳か」と質問。速水総裁が「ゼロ金利を含む趣旨である」と説明し、村上財務副大臣が「分かった。結構である」と述べるやり取りがある。2000年のゼロ金利解除を失敗とし、ゼロ金利への復帰を望む政府側の意向と、単純な復帰ではない新たな政策の枠組みと強調したい速水総裁、双方の面子がにじむ。
速水総裁は量的緩和という未知の領域に踏み出すことについて「これだけで日本経済が自律的な回復軌道に戻ることはとても無理だと思うが、今度こそ不退転の決意で構造改革を進めていかなければならない」とし、「そういう意味では今回の方法はゼロ金利よりいい」と強調する。その後、量的緩和政策は2006年3月に解除されるまで5年間にわたって続けられた。日銀では、当時の量的緩和政策について、金融システムの安定化に貢献したものの、経済活動や物価への刺激効果は限定的だったと評価している。
金融政策決定会合メンバー:
速水優総裁:日銀入行、理事などを経て、日商岩井取締役会長。経済同友会代表幹事を務めた後、総裁
藤原作弥副総裁:時事通信社記者、解説委員長を経て副総裁
山口泰副総裁:日銀入行、調査統計局長、企画局長、理事を経て副総裁
武富将審議委員:日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)常務を経て審議委員
三木利夫審議委員:八幡製鉄(現新日本製鉄)入社、副社長、日鉄商事会長を経て審議委員
中原伸之審議委員:東亜燃料工業(現東燃ゼネラル石油)入社、社長、名誉会長を経て審議委員
篠塚英子審議委員:日本経済研究センター入社、お茶の水女子大教授を経て審議委員
植田和男審議委員:マサチューセッツ工科大経済学部大学院博士号取得、東大教授を経て審議委員
田谷禎三審議委員:国際通貨基金エコノミスト、大和証券入社、大和総研ヨーロッパ社長、大和総研常務理事を経て審議委員
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