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【犬オークションの現場】
AERA5月24日(月) 11時42分配信 / 国内 - 社会
◆日本独特の流通システム。犬ビジネスの隆盛とともに巨大化し、複雑化してきた。
だがそれが、様々な問題の温床にもなっている。捨て犬を生み出す、「ブラックボックス」に迫る。
建物の中に入ると途端に、競り人の声がマイクを通じて大音量で聞こえてくる。
その合間を縫うように、子犬や子猫のか細い鳴き声が耳に届く。
中央に小さな檻が据えられ、周囲を折りたたみ机が2重に取り巻く。
約80人の男女が、普段着で折りたたみイスに座っている。
天井から垂れ下がるボタンを手にしているのが、子犬を競り落としに来たペットショップのバイヤーたち。
それ以外は、出品しているブリーダーだ。
関東地方の、国道沿いに立つペットオークション会場。
プレハブ造りのこの会場で毎週、子犬や子猫の競りが行われている。
「プードル、メスでぇす」
「柴犬、オスでぇす」
競り人が独特の調子で一匹ずつ犬種名、性別などを読み上げる。
するとビニール製の手袋をはめた男性が子犬を片手で高く持ち上げ、中央の檻まで運んでくる。
途中、骨格や関節を確認するためか素手で子犬をさわるバイヤーもいる。
バイヤーたちは、檻の中の子犬とその上に据えられたモニターに映る伝票を凝視しながら、ボタンを握りしめる。
2人以上がボタンを押し続ける限り、落札価格は1000円ずつ上昇する。
すぐに5万円、6万円という値がつき、子犬が競り落とされていく。
一匹につき数十秒、長くても数分で買い手が決まる。
競り落とされた子犬は、すぐに小さなカゴや箱に詰め込まれ、バイヤーの前に積まれていく。
目の前に小山のようにカゴを積んでいくのは、誰もが知っている大手ペットショップチェーンのバイヤーたちだ。
こうして、毎週300~500匹の子犬がこのオークションから関東各地のペットショップへと流通していく。
■年間35万頭
2008年度、全国の地方自治体に引き取られた犬は11万3488匹に上り、うち8万2464匹が殺された。
本誌ではこれまで、大量の捨て犬を生み出す犬の流通システムの「闇」を暴いてきた。
流通システムの根幹を成しているのが、ペットオークションだ。
31ページのチャートを見てほしい。
ペットショップ(小売業者)は、その仕入れ先のほとんどをオークションに依存している。
ブリーダー(生産業者)にしても、出荷の5割以上がオークション頼り。
推計だが年間約35万匹の子犬が、オークションを介して市場に流通している。
つまり現在の犬の流通は、オークションなしには成り立たなくなっているのだ。
オークションは日本独特の流通形態。現在全国で17ないし18の業者が営業している。
売り上げは、ブリーダー(出品者)とペットショップ(落札者)の双方から集める2万~5万円程度の入会金、2万~5万円程度の年会費、一匹あたりの落札金額の5~8%に相当する仲介手数料から成り立っている。
このビジネスモデルが誕生したのは約20年前といわれる。
それ以前はペットショップとブリーダーが相対で取引をしていた。
次第に異業種からの参入者が増え、犬の流通量も増えたことから相対取引が限界になった。
犬ビジネスの拡大が、オークションを生み出したといえるが、同時に別の問題を生んだ。
悪徳ブリーダーの温床となり、幼い子犬(幼齢犬)が流通する舞台となり、トレーサビリティー(生産出荷履歴追跡)の障壁ともなっているのだ。
ある大手ペットショップチェーンの幹部はこう話す。
「オークションは動物取扱業の登録さえしていれば、特別な審査もなく誰でも入会できるのです。またブリーダーとペットショップが直接交渉できない仕組みになっていて、出品生体の親の情報やその管理状況などの情報もわかりません」
■悪徳ブリーダーも利用
今年3月、化製場法違反(無許可飼養)と狂犬病予防法違反(予防注射の未実施など)の容疑で経営者が逮捕、書類送検された「ペットショップ尼崎ケンネル」(化製場法違反は起訴猶予)。
10年以上にわたり違法営業を続け、売れ残った犬を6年間で200匹以上、尼崎市に引き取らせ、殺処分させてきた。
業者が利用していたのが、大阪府内のオークションだ。
このオークションの経営者はいう。
「生体管理は適切で、いい犬を作出していた。しかし法律は二の次になっていたようだ。違法営業をしていることには気づきませんでした。事件が発覚してすぐ、1年間の出荷停止処分にしています」
問題発覚後も悪徳ブリーダーがビジネスを続ける。
そんな事例も今年4月まで、あるオークションを舞台に起きていた。
毎週月曜日に開催されるこのオークションは多いときには1000匹もの子犬、子猫が取引され、日本最大といわれる。
そこで子犬を売っていたのが、茨城県内で約10年前からブリーダーをしていた70代の夫婦だった。
このブリーダーの動物虐待とみられる行為が明らかになったのは昨年夏のこと。
2度にわたり計約20匹の犬を茨城県動物指導センターに捨てに来たことなどで発覚した。
動物愛護団体の関係者らがブリーダーを訪問すると、鉄骨2階建ての建物からは吐き気がするほどの悪臭が漂っていたという。
そこには金属製の網カゴが2段重ねにぎっしりと並べられ、約100匹の犬と約60匹の猫が飼われていた。
なかには繰り返し行われた帝王切開の跡が膿んでいる犬や、ケガした足を放置され第一関節から先が腐っている犬もいた。
■ビジネスモデルに問題
ブリーダーは昨年11月、動物愛護法と狂犬病予防法に違反しているとして茨城県警牛久署に刑事告発されるに至った。
それでも、ビジネスは継続できた。
「市場に持っていくんだ」
そう話し、毎週のように子犬をオークションに持ち込んでいた。
立ち入り調査や文書による指導を行っている茨城県では、今年3月にも十数匹の子犬を出荷していることを確認している。
このオークションを経営している会社は東京の六本木ヒルズにオフィスを構えている。
親会社は投資ファンドで、社長や役員は親会社出身。
担当幹部はこう説明する。
「子犬の適切な健康管理を行い、価格決定の透明性を確保するために、オークションという機能が必要になったのです。ただ、実態を把握できなかった点は我々としてもたいへん遺憾です。現在会員業者は約2000に上っており、直接訪問して実態把握と指導に努めています」
だが実は「生体を競る」というビジネスモデルそのものが、遺棄を助長する構造問題を抱えている。
もう一度上のチャートを見てほしい。
流通の過程で「行方不明」になってしまっている犬が約1万4000匹もいることがわかる。
その実態は依然不透明だが、高値で売れる犬とそうでない犬が「一目瞭然」となるオークションによって、ふるいにかけられた可能性が否定できない。
この点は全国14のオークション業者で作る「全国ペットパーク流通協議会(PARK)」の宇野覚会長も認めている。
「オークションでシビアに子犬の品質を選別するほど、売れない『欠陥商品』が生まれ、それを持ち帰ったブリーダーがどんな処置をしてしまうかという問題は、確かにあります」
■幼齢犬流通を助長
これと密接にかかわるのが幼齢犬の問題だ。
犬ビジネスでは、子犬ほど需要が高いからだが、それは一方で、遺棄につながる危険性を持っている。
幼齢犬問題の第一人者で、米ペンシルベニア大獣医学部のジェームス・サーペル教授は編著書『ドメスティック・ドッグ』で、こう指摘している。
「ペットショップにいる子犬は(中略)社会化も不適切で、初期経験も異常であったり、悲惨なものであったりする場合があり、こうしたことによって成犬時に問題行動が発生しやすくなると考えられる」
犬の社会化期とは、犬としての社会的関係や人間を含む社会への愛着を形成するための時期のことをいう。
適当な社会化期を経ずに流通過程に乗ってしまった犬は、問題行動を起こす傾向があるのだ。
そして犬の問題行動は、飼い主による遺棄につながりやすい。
本誌が全国の政令指定都市と関東、近畿などの都府県計29自治体に情報公開請求して調べた結果では、07年度に各自治体に引き取られた犬計1万1892匹のうち実に32%が「問題行動」を理由に捨てられていた。
ではいつが犬の社会化期で、どのタイミングなら親元から引き離しても問題がないのか。
前出のサーペル教授は過去の研究事例から「社会化期は生後3~12週の間であり、感受期の頂点は6~8週の間」「6週齢で子犬を生まれた環境から引き離せば子犬は精神的打撃(精神的外傷)の影響を受けることになる」と記している。
■欧米は8週齢規制
こうした研究成果や研究者らの経験を積み重ねた結果、米国やドイツなどでは8週齢(56日)未満の子犬の販売が規制されている(左の表)。
だが日本では法的な規制がまだない。
PARKは自主規制で「40日未満の幼齢犬は出荷禁止」としている。
また、前出の日本最大のオークションでは、規定で「出品生体は原則生後40日以上」とし、「生後36日目以上40日未満の生体については審査官の判断により出品の良否を決める」と定めており、
「肉体面の成長と精神面の成長は同時に進むから、生体個々の肉体的な成長度合いを慎重に確認することで問題は避けられます。6週齢でペットショップに渡るのが適切なペースだと考えている」(同社幹部)
ただ、こうした中で実は日本でも遅ればせながら、11年度の動物愛護法の見直しに向けて「8週齢規制」が現実味を帯びてきている。
「幼齢犬販売の問題は最大の議題になる。親から引き離すのが8週齢以上となる方向で検討したいと考えている」(環境省動物愛護管理室)
■ネットでは「1円」から
オークション業者が危機感を抱き始めているのも事実だ。
PARKでは加盟社間で悪徳ブリーダーの情報を交換し、違法営業などが見られるようなら「取引停止」や「除名」といった処分を下すようにもしている。
加盟業者の中には、そうして会員を厳選した結果、会員数を約1000から約350まで減らしたところもある。
また、ペットショップで売れ残った犬を集めたオークションを開催するなどの工夫も始めている。
業界の自浄作用が機能し始める一方で、野放し状態になっているのがネット上に存在するオークションだ。
ヤフーや楽天が犬や猫のオークション出品を禁止する中、その代表的な存在になっているのが、急成長しているネット企業ディー・エヌ・エー(DeNA)の「ビッダーズ」だろう。
常に数百匹の子犬が出品されている。
なかには「1円」から入札できるケースもある。
動物取扱業の登録さえしていれば出品できる上、幼齢犬の販売についての規制もない。
本誌ではDeNAに対して、幼齢犬販売の問題、ネット上で生体を取引することの問題、移動時に生じる健康管理の問題、動物愛護についての考え方などを文書で質問した。
「場の提供者として、法令を遵守し運営を行うのが当社の基本的な立場であり、その運営において諸々の施策を実施しています。また、法令等の見直しがあればそれに基づき運営のあり方の変更も検討していきます」
という回答だった。
編集部 太田匡彦
(2010年5月31日号)
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20100531-00000001-aera-soci
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