というだけでは、まだまだ気が早いのだが、
世間ではあたかも
人間が負けたかのように報道されている。
こうなってくるとまた気になってくるのが、
人間がコンピュータに勝てなくなったら
プロ棋士はどうなるの?という問題。
これまでもあちこちで議論されているし、
チェスの場合があるから、まあ
なんとなくは想像できるのだが、
久しぶりに、ちょっとだけ考えてみた。
プロ棋士の価値は、
1)伝統を伝える
2)勝負を見せる
3)将棋を研究し、定跡や詰め将棋などを作る
4)将棋を解説する
5)将棋を教える
6)将棋から得た知識を一般社会に普及させる
くらいだと思う。
1)は関係無い。
2)人間同士の勝負の魅力、人間としての異能ぶりを見る、
という意味では関係無いわけだが、
興味を持つ人はやや減る可能性はある。
ただし、もともと、この意味で大きな価値のあるプロは
A級+B1級+気鋭若手+女流トップくらいの30名程度だろう。
3)コンピュータを併用しながら研究する、
ということになるのだろうが、
将棋が完全に解明されることは無いだろうし、
研究する人は必要なので残る。
詰め将棋などは、ある種の美しさの概念などが
あるので、その意味でも残るだろう。
4)手の良し悪しや形勢判断はコンピュータ
にやらせるとしても、解説自体は人間がやるほうが面白い。
5)これも、手の良し悪しや形勢判断は
コンピュータでできるとしても、
人間(とくに美男美女?)に教えてもらうほうが嬉しい。
スパーリング相手という意味では
コンピュータでも良くなるだろう。
(ほとんどのアマチュアにとっては、
現状でも既にそうなっている可能性はある)
6)は、現在でもごくごく一部のカリスマ棋士しか
やっていないので、無くなったとしても無視できる範囲。
というわけで、全体としてみると、
価値が大きく失われることは無さそうだ。
基本は、将棋というゲームの人間にとっての魅力、
面白さであり、これはコンピュータの強さとは
直接は関係ない。
しかし、影響が無いのかというと、そんなことはなくて、
今ほどの人数は維持できなくなるのではないか?
どうせコンピュータには勝てない、としたら、
プロ棋士を志す人の数も減るような気がする。
だいたい、今だって、奨励会三段や
C2級の渋滞ぶりを知りながらも、
プロ棋士を志す人が結構いるというのは
ちょっと不思議。
このへんもまあ、将棋というゲームの
素晴らしさを意味しているのかもしれない・・・
だからまあ、大丈夫そうにも思えるが、それでも、
全体の人数が減り、頂点の強さも下がると、
その結果、魅力が減り、
世の中でますますマイナーになってゆく・・・
というデフレスパイラルに陥る可能性はある。
そうなったら、最終的には伝統を維持するだけ、
になってしまうかもしれない。
こう考えると、プロの将棋を観戦する楽しみも、
今後5年くらいが一番面白い時期、
なのかもしれない。
タイトル戦の追っかけで温泉めぐりをするなら
今しかないのかも・・・
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