前日に飛び込んで来たニュース。
野村克也氏、急逝。
出て行った経緯はどうであれ
ホークスの歴史を創ったヒトである。
直接的な要因ではないモノの
"監督兼任捕手"っちゅうのは
当時他球団のファンやったガキの頃のワシでも
強い興味を抱かせるには充分な肩書き。
当然乍ら
応援する球団をシフトさせる
要因のひとつになった。
一時期、恨みから
ホークスへの辛辣なコトバを吐いてたりして
嫌悪感を抱いたっちゅうのも事実である。
それでもやっぱ、彼がもういっぺん
ホークスに対する回顧語録をクチにするのを
聞きたいと思い続けて来た。
二十年ほど前のテレビ番組で
その想いが聴けてホンマに嬉しかった。
近年では、氏の旧知の仲でもある
王貞治会長であるコトもあってか
球団のセレモニーイベントにも
"南海ホークス"のユニフォームに袖を通し
カオを見せてくれた。
ぢつは、残念乍ら
ホークスファンになってすぐ位に
氏がホークスを去ったコトを
剣道の先輩から聞かされた。
"大人の事情"っちゅうのが理解らんガキには
ホンマにショックやった。
っちゅうコトで
"南海ホークス 野村克也"は生では観てない。
しかも、野球場に通い出した年に引退した。
氏が"野球人"として現場で
観るコトが出来るまで、二拾六年掛かった。
タマタマ、京セラドームの切符を貰て観た試合。
イーグルスの監督としての氏やった。
それが氏を生で観た、最初で最後の試合やった。
0-1でイーグルスがサヨナラ負けを喫したと記憶してる。
プレーヤーとしてひとつの球団の
歴史を創っただけや無しに
監督としても一時代を築き
更には、野球自体を改革させたヒト。
生涯一捕手 野村克也。
貴方が躍動した野球界を見れたコト。
ホンマに誇りに思います。
有難うございました。
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