唯一無二の一投なり

花見月の釣りブログです。能登での釣りが中心です☆彡

海に愛された男

2015年10月30日 23時57分06秒 | 閑話

夕方,馴染みの釣具屋へ行ってきた

店長に最近の釣況を聞こうと店内へ入るも,不在

この日は久方ぶりに波も落ち着いていたため,釣りにでも出掛けたのだろうか

そこで,新しいルアーを買おうと商品を眺めていた


そこに漁師を引退したばかりのJ氏がおられた

挨拶代わりに,先日スズキを仕留めた話をすると

おもむろに店内に置いてある航空写真を手に取り

スズキのポイントを教えてくれた

 

J氏は,西海の海で名を馳せた屈指の名漁師

釣り(漁)に関しての知識や技術,感性,情熱のどれをとっても

あの西海の海で右に出るものはいないと言われた伝説の一本釣り漁師である


 

一本釣りと聞くと,伝馬船に乗りながら

竿一本で魚を釣りあげるというイメージが先行しがちだが

J氏は,飽くなき追究心と長年の経験に裏打ちされた最新かつ効率的な釣法で

他の漁師や船団を圧倒し続けてきた


漁師生活四十年で蓄積されたポイントは,優に三万六千を超える

西海の漁師が憧れ,羨望の眼差しを向けられていた名漁師である

 

 

J氏の話は,いつも痛快である

J氏の生まれは漁師町ではなく,むしろ海とはほど遠い田舎の田圃町

しかし,若い頃から,暇さえあれば釣りに出かけ,数々の大物を仕留めてきた

能登の磯という磯にはすべて乗ったと話す

思わず唖然としてしまうほどの豪快な釣行話の数々に,何度も引き込まれてしまう

 

そんな中,一度良い思いをしたポイントには,もう入らないと話していた


理由はおもしろくないから


実に痛快

一度は自分も言ってみたい台詞である

 

そして,釣り人なら大なり小なり経験のある

命の危険に晒された思い出話も語ってもらった

 

碁盤島に上がったことがあった

しかし,にわかに海が豹変し,大波が何度も押し寄せ,

慌てて高台に向かってライトを振って助けを求めた

そして向こう岸からロープを投げてもらい

それにつたって九死に一生を得たことがあった

 

また,クラブの大会で,行部岬の磯に入ろうとしたら

惜しくも金沢のグループに先を越されしまった

仕方なく他の磯で竿を出していたところ,行部岬一帯を高波が襲い

先に磯に乗っていた三人は大波に飲まれ,帰らぬ人になったとか

 

「俺は悪運が強いんだな」

 

自分でも呆れるような表情をしながら,苦笑いをしていた

 

そんなJ氏が至極の磯場として,通い詰めたところが七ツ島である

 

七ツ島は輪島と舳倉島のちょうど中間に位置する無人島群である

最大の島は「大島」であり,今昔物語には「鬼ノ寝屋島」として紹介されている

 

七ツ島と言っても,その数以上に大小様々な島があり

J氏はそのすべての島で竿を出したと誇らしげに教えてくれた

 

目前の海の深さは想像を絶するものであり

40mはあったのではないかと話していた

そこには大型のマダイやヒラマサ,イシダイがここかしこに泳いでいた

 

ちなみに当時,オキアミはなく

毎回岩虫を百匹,サザエは担ぐほど持って行った


ある時,県内に台風が接近していたが

大島であれば南西を背にし,崖下で釣れば,問題はないだろうと勇んで上陸

しかし,予想とは違い北風が吹き荒れ,慌てて崖を上がり

暴風が吹き荒れる中,身を潜めて一晩を過ごした

さすがにその時ばかりは,生きた心地がしなかったと笑っていた

 

台風なのだから自重すればよかったのでは

と,ごく当然な質問をした

すると

 

「また一週間もがまんするなんて,到底できなかった」

 

 

 

開いた口が塞がらなかったが,流石である

 

 

しかし,病みつきになるほど通い詰めた七ツ島に

観光と偽り,瑪瑙(めのう)を盗っていく輩が現れ

それが漁協と海女の怒りを買って,釣りができなくなった

もう40年も前の話である

 

今でも七ツ島には憧れがあって

そこに家を建て,ウサギを食いながらでも住みたいと話した


そして,七ツ島に行けないのならと,一念発起して漁師の道を歩むことになる

 

漁師になってからは,釣り人として培ってきた知識と経験を活かし

ひたすら魚を釣ることだけに明け暮れた

そして,すぐに目を見張るほどの船果が挙がった

 

しかし,あまりの豊漁の連続に,近海の漁で生計を立てていた地元民から

もっと沖へ行ってくれと頼まれることとなった


それなら仕方がないと,さらに遠くの沖に出た

 

未知の沖は,手つかずの漁場であった


仕掛けのすべてに良型の柳バチメが絶え間なく掛かった

 

よい漁場に巡り会えたと喜んだが,それに満足することなく

いかに確実かつ効率的な釣りができるか,その追究を怠ることはなかった

 

やがて,当時の漁師ではまだだれも使用することがなかった電動リールをいち早く導入し

船団に引けを取らないほどの漁獲量を生んだ

収入が入るとそれで船を新調したり,最新の漁具を買い揃えたりした

 


もっと釣りたい

だれにも負けたくない

 

そんな単純で明快な思いが,ずっとJ氏を動かしていた

 

それから数キロもあるアラを釣り上げた話や

フグラギに喰らいつく巨大なヒラメの話と

釣りの話となると際限がなかった

 

顔を紅潮させながら話すJ氏の表情は,自信に満ちあふれ

血気盛んで,若々しくさえ感じられた


 

そして,西海で一番であったという一本釣り漁師としての矜持は 

今もなお,色褪せることなくJ氏の中に残っていた


 

しかし,齢六十も半ばを迎え,体の不調のため,ついに船から下りることになった

熟練の名漁師は40年続けてきた漁師生活に自らピリオドを打ったのである

 

  

陸の生活には慣れたのか

 

海上で寝泊まりするほど,釣りに明け暮れていたJ氏に質問を投げかけた

 


「今でも深夜の2時に目が覚め,我に返ると

なぜ俺はここにいるんだと,とまどうことがある

そして,いまだに船に乗っている夢を見る」

 

不意に訪れた現実をまだ受け入れられないのか

毎日のように通っていた西海の海には,もう近寄ることさえできなくなったと話す

 

 


「この前,やっと海に触れたよ」


 


店内に飾ってある漁船の写真を見ながら,ふっと微笑んだ

やっと海に触れたという言葉が

胸に刺さるほど悲しく聞こえた

それほど,つらかったのかと思い知らされた

釣りは人生のすべてであったのだから,当然である


 

「俺は趣味と実益を兼ねた仕事をしていた

むしろ仕事をしているという気はなかった

それほど毎日が幸せで充実していた」


自分を納得させるかのような穏やかな表情で話してくれた

 

漁を引退してから

J氏を訪ねたかつてのライバルはこう言い残した

 

「おまえがいなくなって,やっと枕を高くして寝られるよ」

 

なんと粋な賛辞であろう

ライバルがいなくなり本来は喜ばしいことかもしれないが

その一言に敬意と一抹の寂しさが読み取れる

 

J氏は話の結びにこんなことを教えてくれた

 

「人と一緒なものを使っても

一緒なことをしていても成果は出ない

人よりも常に先を行く努力が必要である」

 

この台詞は,釣りに限った話ではなく

まさに人生の訓辞であると胸に響いた

 

 

帰り際に大型客船に乗ったときの写真を見せてもらった

近年は毎年のように奥さんと旅行に行く

今まで心配を掛けてきたことに対する罪滅ぼしであろうか

 

その乗船時のスーツ姿が得も言われぬ程様になっていた

この人は,何をしてもかっこいいのだと思った


 

気づけば2時間も店内にいた

差し出されたアイスコーヒーの氷はすっかりと溶け

グラスの結露で水たまりができていた

 

 

帰宅した時は,もうとっくに夕飯時を過ぎていた

しかし,事情を聞いた嫁は文句を言うどころか

私も聞きたかったと恨めしそうな顔で笑みをこぼした

 

興奮冷めやらぬ私は

自分のことのようにJ氏の話を熱く語った

以前から花夫婦にとって,J氏は憧れの人である

 

そんなJ氏のことを嫁は素敵な人だと表現する


私は「海に愛された男」だと思っている


海への一方的な愛だけでは

釣りに人生のすべてを捧げられない


充実した人生だったと語ることができる所以は

実直なまでに海と向き合い,海と共に人生を歩んできたことによって

海に愛されてきたところにある


 

到底適わないが,同じ釣りを愛するものとして

私も海に愛されるような,そんな人になりたいと思った

 



  

 

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8 コメント

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Unknown (おとなりさん)
2015-10-31 09:13:15
長文だったね~
私も何回同じ話を聞いたことか(笑)
又暇があったら話を聞いてあげて下さい。
本人も喜ぶと思います。

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Unknown (花見月)
2015-10-31 13:59:54
いつの間にか長文になってしまいました(笑)
本にしてもよいぐらいの武勇伝の数々です(^^)
また貴重な話をお聞かせ願いたいと思います。
返信する
Unknown (タコ)
2015-11-01 10:12:16
とても良い経験をしましたね。
本にして出版できますよその人。
夢枕獏とかに教えたら取材に来るんでない?わりとかなりマジで。
つかフクラギに食いつくヒラメって、それまさかしてオヒョウ?
そこの話、もっと詳しく知りたいです。

>>釣り人なら大なり小なり経験のある命の危険に晒された思い出話

花さんを見てても分かりますが、
一線を越えちゃった釣り師に「危険」というアドバイスをしても、理解しかしてもらえません。

「冷静になれ!!花さんから理性を取ったら何が残るんだ!!」と思ったこともありますが、
まるっと全部残りそうで、言いだせませんでした。

こないだの仕事関係の件でも「外堀を埋めてから攻める」って言ってたくせに、
いきなり本丸にカミカゼアタックしてるし……。おっかねえ……。

つまりまた花さんの武勇伝も楽しみにしているということです。
次回会うまでに、一杯スパークしておいてください。
返信する
感化 (花見月)
2015-11-01 12:36:13
話を聞いていて、私も直感的に「あっ、これ本にできる」って思いましたよ。
それほど味わい深いお話であり、今回のブログは稚拙な文章ながらも思わず筆が走りました。
自分でもメモを取らず、よくここまで覚えていたものだと感心しましたが、それほど印象的な内容であったのだと思います。
私も、堤防でライフジャケットつけて、安全な釣りばかりをしていましたが、もう少し貪欲になろうと思いました。
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凄い! (隊員s)
2015-11-01 19:16:55
花さん、お久しぶりです。
西海の凄い漁師さん凄すぎです(^^)/
私も一度お会いして武勇伝直にお聞きしたいです。
昨日、西海漁港に釣りに行きましたが全く釣れませんでしたか(^^;
サヨリの刺身と干物が食べたいんですが(^^)v
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お久しぶりです! (花見月)
2015-11-01 19:34:36
まぁ、ホントに凄い方です(^^)
西海釣行、お疲れ様でした。
激シブだったようで・・
サヨリはよく身内が釣りに行っていますので、今度ポイント聞いておきます(^^)/
花は、もうエギングタックルは片づけて、メバリングに移行します。
近々、竿出してきますので、釣れたらまたブログアップしますね~
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Unknown (グランツ)
2015-11-14 12:23:04
花見月さん♪ ご無沙汰しております(^_^;)

久しぶりにブログを覗いてみたら・・・

とってもいい話がアップされていたので

読みいってしまいました♪

ここに出てくるJ氏の武勇伝は自分も過去に何回か

聞かせてもらいました(笑

自分もJ氏は憧れの人で今でもリスペクトしています♪

向こうは自分のこと覚えてもないでしょうけど・・・爆

でもこれだけ人を引き寄せるJ氏は

ある意味、「海の神」なのかもしれませんね(^^♪


久しぶりにJ氏の武勇伝 聞きに行きたくなりました♪
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Unknown (花見月)
2015-11-14 17:49:07
グランツさん、お久しぶりです(^^)/
お元気でしたか。

グランツさんも、J氏のお話を聞かれたことがありましたか。

釣り人にとっては熱く、ロマンのあるお話ですね。

ぜひ、また武勇伝を聞きに、羽咋までお越し下さい。

・・いや、でもグランツさんにも数々の武勇伝がありそうですね。
今度機会があれば語ってください。そして、物語にしてUPします(笑)
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